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ガイドの一般教養講座 研究発表vol.21:カスタマーケア 第弐回

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文:リュウ・タカハシ
2010年5月26日



■ 出発目前になって ■

 こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。

 いよいよ来週の木曜日、宮仕え(人目を忍ぶ仮の姿)を終えてすぐに飛行機に飛び乗り、日本に向かいます。まだまだ先だと思ってたのに、あっという間に締め切り間近! ヤバイッ!
 と、ただでもテンパリ気味のところに、本日宮仕え中(人目を忍ぶ......、もういいですか?)に、携帯が鳴りました。出てみると妻からの電話です。
 「ジェットスターから電話。すぐに電話が欲しいって」

 ......。航空会社から電話がかかってきたことなんて、今までに一度もありません。しかも相手は悪名高い格安航空会社。イヤな予感800デシベル(意味不明)。

 すぐにかけてみたんですが、これがつながらないのなんのって。PCのサポートセンターとどっこいどっこいです。やっとつながったと思ったら、案の定バッドニューズ。帰りの便は、ゴールドコースト(オーストラリア)乗り換えのオークランド(ニュージーランド)行き、オークランドから最寄りのネルソン空港までの接続もスムーズで、なかなか良い感じだったんですが、いきなり変更されちゃいました。オーストラリアでの乗り換えがケアンズとシドニーの二カ所、関空を出発してからオークランドに着くまでなんと24時間かかります。ヨーロッパに行くんじゃねぇんだぞ、コラ!
 しかもオークランド到着が23時。コラ、国内線なんか飛んでねぇだろうが。結局翌朝一番の国内線にブッキングしなおし、24時間の国際線フライトの後、オークランド空港で夜明かしして、そのまま出勤と相成りました。なんでこうなるの???

 教訓。プロガイド・ワークショップは、やっぱり一筋縄ではいかない厄介な仕事です......。

 あ、そうそう、その肝心のプロガイド・ワークショップですが、今のところ9名様からお申し込みをいただいております。大盛況。スゴイスゴイ。
 一日だけ参加のバラ売りもOKですし、当日飛び込み参加も受け付けますから、まだまだどうぞ。



 

■ 問題其の弐 - プラスを重ねるか、マイナスを消していくか ■

 さてさて、今回は研究発表vol.19:カスタマーケア 第壱回の続きです。
 前回は、他のサービス業にはみられないアウトドアツーリズム界特有の問題の一つ目を取り上げました。覚えてますか? 過剰なカスタマーケアがアウトドアの神髄をスポイルしてしまう可能性について、でしたよね?
 今回はもう一つの問題に焦点を当ててみましょう。

 ホテルやレストランでは、お客様を気持ちよくさせるためにひたすらカスタマーケアを重ねていきます。清潔感あふれる店舗、おしゃれな内装、礼儀正しくにこやかな従業員、落ち着いたBGM、気持ちの良い部屋や美味しい料理、絶妙のタイミングで供される細やかなホスピタリティなどなど、カスタマーケア一つ一つの積み重ねが「商品力」になるわけです。
 ホテルやレストランでは、カスタマーケア、サービス、ホスピタリティそのものが商品であり、それらを抜きにすると売るべきモノはなくなっちゃいます。これを「プラスを重ねるカスタマーケア」と呼ぶことにしましょう。

 アウトドアツアーでも事情は同じでしょうか?
 私見かもしれませんが、似たようなアプローチをするアウトフィッターが、近年増えてきているような気がします。

 「何だと、となりのB社が、ウチの真似してダッチオーブンチキン丸焼きランチを始めたぁ!? なめやがって、じゃぁウチは豚の丸焼きランチにかえるぞ!」

 「A社は豚の丸焼き? ほなうちは食器をロイヤルコペンハーゲンにかえまっか」

 「何だって、となりはロイコだぁ!? ならコッチはランチにワインつけよぉじゃねぇか!」

 「ワイン? ほいたらあたしらはロマネコンティ奮発しまひょか。ニワトリもやめてカモやな」

 「ロマネコンティにカモだとぉ!? くそ、こぉなりゃ奥の手だ、カヤックを全部ピニンファリーナにデザインさせて特注してやる!」

 これってちょっと違いません?
 確かに美味い料理がでればそりゃ嬉しいですよ。僕が主宰しているプロガイド・ワークショップでも、そういう差別化を提案してた頃がありました。テーブルクロス一つ、食器一つで雰囲気変わりますよ、って。
 でも今の日本のアウトドアツアー業界を眺めなおすと、どうもそっちの方面に行き過ぎちゃってる傾向がなきにしもあらず、って気がします。ときどき「なんでそんなに食い物の宣伝ばっかりするんだろう?」って思うんですよ。
 そもそも日本アウトドア界って、自然の中で身体を動かすことよりも、「外で飯食うと美味い!」方面に走りがちな傾向があるんですよね。アマチュアキャンパーの中には、朝から晩まで料理(およびその後片付け)ばっかりしてる人もいたりします。欧米のアウトドアズマンには、まず見かけないタイプだと思います。

 ま、料理好きキャンパーはさておき、ガイドの仕事をちょっと冷静に考え直しましょう。アウトドアツアーの主役は何でしょう? 「美味い食事」ですか?
 やっぱり「自然」と「アクティビティ」、つまりハイキングとかカヤッキングだとかマウンテンバイキングだとか、そういうものですよね。つまり美しい自然と魅力的なアクティビティが揃ってりゃ、それだけで十分に高い商品力を持つわけです。人間が何かしないと商品力が産まれないホテルやレストランとは、ここに大きな差があります。

 じゃぁアウトドアガイドがやるべきことは何でしょう? お客様があえてお金を払ってツアーに参加する値打ちは、どこにあるのでしょう?
 ずばり、「マイナスを消していくカスタマーケア」です。マイナスってのは、不安とか不満とか恐怖とか危険とか楽しめないほどの不便とか、そういうものです。
 だっていくら自然がきれいでマウンテンバイクが面白くても、不安で不便で怖くて危ないツアーだったら、全部帳消しになっちゃいますよ。お金払った値打ちがまったくありませんよね。そこに少々「プラスを重ねるカスタマーケア」をしてみたって、焼け石に水です。意味がありません。
 逆にこうしたマイナス要因をカスタマーケアでつぶしていけば、後は自然とアクティビティが勝手に良い仕事をしてくれる、というわけです。ここを忘れないようにしましょう。あくまでもアウトドアツアーで大切なのは、「マイナスを消すカスタマーケア」の方なんです。他のサービス業と比較すると、危険や不便が格段に大きいからです。



■ こった料理は邪道なのか? ■

 ただし勘違いしないでくださいね。別にこった料理を出すのが悪いっていってるわけじゃないんです。また、「プラスを重ねるカスタマーケア」は無視して良い、手を抜いて良い、というわけでもありません。
 あくまでも高級ホテルマン、高級レストランのウェイター(ギャルソンっていう方がいいですか?)に負けないほど、お客様に目を光らせて万全のカスタマーケアをしなきゃいけませんし、もちろんこだわりの料理が出ればお客様はうれしいです。アウトドアの神髄をスポイルしない範囲で「プラスを重ねる」のは、もちろんお客様により大きな満足を提供することにつながるでしょう。

 ただ商品の本質(=自然とアクティビティ)を忘れて、「ウチの売りは料理だ!」と盲目的にこだわり始めてしまうと、カスタマーケアが明後日の方に迷走して、マイナス要因を消すことを忘れてしまいますよ、ってことです。
 そもそもお客様が不安イッパイ不満タラタラなのに、それを放ったらかしにしてこった料理出してみたってダメっす。そんなことばっかりやってると、観光業のグローバルスタンダードから外れて、ガラパゴス化の道をまっしぐら。いまや観光業は世界産業ですからね。日本のガラパゴス化は、携帯電話くらいにしておきましょう。

 逆に「自然とアクティビティ」の魅力を引き出すことを心がけ、マイナスをきちんとつぶしてあるならば、プラスアルファとして料理にこってみるのも、もちろん素晴らしいことだと思います。特に日本人客は、美味しい料理がないと納得しない傾向がありますから、「日本人客対策」として美味しい料理を出すのは正解だと思います。
 また、「美味い料理」ってのはカスタマーケアの最後の砦でもあります。たとえば氷雨と向かい風にたたられ、みんな疲労困憊ビショ濡れでふるえているカヤックツアーでは、温かくて美味しい料理が、三点差で迎えた九回裏二死満塁からの本塁打になることがあります。僕自身も、そういう「食事に救われたツアー」は何度も体験してます。
 でもその場合だって、それまでガイドが一所懸命マイナスを消す努力をしていればこそ、最後に逆転できるわけです。

 たとえが食事ばかりに終始しちゃいましたが、他の「プラスを重ねるカスタマーケア」に関しても同じです。たとえばよくある勘違いは、
 「うちはエコツアーだから、インタープリテーションが命だ!」
なんてもの。インタープリテーションとかガイドトークってのも、やっぱり「プラスアルファ」なんです。やたらに乱発すればいいってものじゃありませんし、使い方を間違えたら逆効果の場合も大ありです。この「インタープリテーションの勘違い」は、面白いトピックですから、後日あらためて研究してみましょう。

 ともかく、こういうのはあくまでもプラスアルファであって、そこに命をかけてライバルと競い合うほどの重要事項じゃないですよ、ってこと。確かにこういう部分が差別化になるんですが、でもまず大事なのは「マイナスを消すカスタマーケア」をきちんとやること、です。



■ 二つの問題をまとめると ■

 というわけで、ホテルやレストランと比べると、アウトドアツアーのカスタマーケアには、ちょっと厄介な点があることがお分かり頂けたかと思います。

 研究発表vol.19と今回のテーマを、二つまとめて要約します。
 アウトドアにはそもそも「不便を楽しむ」という要素が欠かせないので、カスタマーケアが過剰になるとお客様から達成感を奪ってしまい、味の薄いツアーになってしまう危険性があります。つまりアウトドアツアーのカスタマーケアは、「自然とアクティビティ」というアウトドアツアーの魅力を存分に引き出すため、マイナス要因を消していくような形で使われるべきであり、なおかつ「ある程度の不便」はアウトドアの魅力をひきだすスパイスとして残しておくのが望ましい、ということです。



■ バランス感覚を磨く ■

 ならば具体的にはどうすればいいのでしょう?
 残念ながら、「こうすればいいですよ」という蛮人向け、じゃなかった、万人向けのメソッドなんてものは、ありません。

 ポイントは、バランスの取り方です。
 どこまでマイナスを消していけばいいのか? そして、どこからが残しておくべき「楽しむための不便」か?
 自然解説はどこまでやるべきか? どこから黙して、お客様自身に肌で自然を実感していただく時間とすべきか?
 疲れたお客様に、どこまで手をさしのべるか? 苦しみを乗り越えて自力踏破する達成感を尊重すべきか? それとも背負って帰るべきか? どちらがお客様にとって、後々良い思い出として残るだろうか?
 考えるべき項目はまだまだいくらでもありますし、バランスの取り方にも正解はありません。そのときそのときで違いますし、お客様によっても変わってきます。まわりの状況やお客様たちをよく観察して、どのお客様がどの程度のカスタマーケアを「必要」としているのかを見抜く必要があります。

 この「バランス点の見極め方」を文章で表現することは、残念ながら現在の当研究所には不可能です。また、バランスの取り方こそ、ガイドの個性が一番出る部分でもあります。ですからここは一つ、皆さん現場で試行錯誤して、自分自身のバランス点を見つけてください。



■ サイレントニーズ ■

 ちなみに先ほど出てきた「お客様を観察して、お客様のニーズを見抜くこと」を、NZでは「サイレントニーズを読む」といってます。
 サイレントニーズとは静かな要望、つまりお客様が口に出さずに心の中でおもっているだけの要望のことです。それを読むってことですから、要するに「空気を読む」ってことです。
 空気を読むって日本特有の文化だとおもってた人いませんか? んなこたぁありません、NZのアウトドアガイドはみんな(?)サイレントニーズを読む訓練つんでます。
 ちなみに僕はお客様のサイレントニーズを読むのは得意ですが、場の空気を読むのは苦手です(笑)

 ここで話題が、研究発表vol.19の冒頭のタモリ氏のエピソードにつながるわけです。人見知りしないタイプはアイスブレイクは得意だけど、往々にしてサイレントニーズを見落としがちだ、というわけです。
 つまり人見知りタイプはアイスブレイクを中心に修行が必要で、人見知りしないタイプはサイレントニーズを読む訓練をしっかりやらなきゃいけない、というわけです。



■ 今回のまとめ ■

  1. アウトドアツーリズムでは、「マイナスを消すカスタマーケア」が基本です。
  2. 「プラスを重ねるカスタマーケア」は、マイナスを消し去ったあとで考えましょう。
  3. ただし「楽しむための不便」は、残しておいた方がよさそうです。
  4. サイレントニーズを読んでバランス点を探りましょう。
  5. 研究員リュウは、もはや日本社会の空気が読めません......。


■ 次回予告&宿題 ■

 さて、もうすぐ日本でプロガイド・ワークショップを開催します。ということは、次回はそのレポートになるんじゃないかなぁという気がしてます。
 ってなわけで、今回の宿題は、自由研究としておきます。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!



■ オマケ ■

【ガイディング研究所版 映画評 vol.1】

 先日友人から邦画「ハッピーフライト」を借りて観ました。友人曰く「主役の子(綾瀬はるか)が、メイちゃん(我が長女)に似てるから観て観て」だとか。なんちゅう理由ですか、それは。
 この映画のことは聞いたこともありませんでしたし、綾瀬はるかも知りませんでした。
 で、とりあえず観ました。どこが娘に似てるんだろうと思ってたんですが、確かに素っ頓狂な言動は似ているかもしれません......。

 って、そんなことはどうでもいいんです。この映画、予備知識も期待もなんにもなく観始めたんですが、途中から座り直して真剣に観てしまいました。
 ガイディング研究所的に観ると、シナリオがものすごく良くできてるんですよ! 実際に航空業界で働いてらっしゃる方が、すごく細かいところを観れば、突っ込みどころはあるのかもしれませんが、類似他業種である僕のような人間が観ると、
 「あぁ、そうそう、こういうケースあるんだよなぁ。」
 「あのお客さん、絶対やばいぞ。ほら、だからいわんこっちゃない!」
の連続。
 インシデントの連鎖の仕方もなかなかにリアルで、
 「そうなんだよねぇ、ちょっとしたミスがたまたまこうやって二つ三つ重なって、事故になるんだよなぁ」
っていう感じ。

 さらに対処の仕方が、これまたすごくリアルなんですよね。キャビンアテンダントもパイロットも、おそらく本物もこういう対処をするだろうなというシナリオになってて、相当研究して書いてあることがうかがえました。ちなみに「へぇ!」と思ったのは、食中毒のリスクを減らすために、機長と副機長は別の食べ物をとるということ。なるほどですね。勉強になりました。

 この映画観て「楽しめたか?」ときかれれば、僕の正直な感想は「過去の仕事の悪夢のような経験がたくさんフラッシュバックして、脂汗かきました」なんですが、それくらい良くできた映画だったと思います。
 もちろん一般の方がご覧になれば、素直に楽しめる作品だと思うんですけどね、ガイディング研究所的な「変な見方」をすれば、本当に見所満載の「勉強になる映画」です。お奨め。

 しかし、ため息ついちゃいましたよ。確かにパイロットもキャビンアテンダントの皆さんも大変そうでしたが、シーカヤックガイドなんてもっと大変なんっすよ。なんせこちとら分業されてませんからね、パイロット、キャビンアテンダント、地上クルーのすべてを一人でこなさなきゃならないんですよね。いったん海が荒れて非常事態になったら、ベースと連絡とって安全に誘導してもらうとか、そんな悠長なこともしてられませんしね。お客様の命をお預かりしてるのはまったく同じなんですが。
 でもだからこそ、あの映画のクライマックスのカタルシスは、非常に良く理解できます、ハイ。

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