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ガイドの一般教養講座 研究発表vol.24:危機管理「予防」の流れ その1

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文:リュウ・タカハシ
2011年2月24日



■ また震災 ■

 こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。

 昨年9月に続いて、クライストチャーチがまたもや大震災にみまわれました。前回は奇跡的に死者ゼロだったので日本メディアの扱いが小さくて、そんなこと知らなかったという人も多かったようなのですが、今回は相当大きく取り上げられているようで、僕の家族を心配してくださったメッセージも、前回の十倍近くちょうだいしました。ありがとうございます、震源地から300km近く離れているので、ここは無事です。

 本来なら、僕もネルソン市役所の救援部隊に加わって現地入りすべき立場なんですが、前回お伝えしたとおり、膝の皿を割って休職中の身。これじゃ文字通り足手まといですから、メンツから外れました。実は昨年9月のときも、どうしても抜けられない用事があって辞退せざるを得なかったので、二回連続です。我ながらなんとも使えないヤツで、情けない限り。
 今回の震災直後にNZ首相より発表された概算によると、NZ$6,000,000,000(約4,000億円)の被害だそうです。少なくとも我が家も義援金支援くらいはしようと思っております。文末のオマケに日本の義援金受付先を記しましたので、よろしければお願いいたします。

 ともあれ、ご心配やご声援をいただいた皆様には、心より感謝申し上げます。もしよろしければ、義援金などお願いできれば、本当にありがたいです。
 被災された現地の方々、本当にお気の毒です。一日も早い復興をお祈りしております。

 ついでにケガの方ですが、一ヶ月前にロボコップのような無骨なサポーターが外れ、まるっきり曲がらなくなった膝関節をむりやり曲げたり、腕のように細ってしまった右脚の筋肉をビシビシ鍛え直したりと、日々ハードなリハビリに励んでおりましたが、昨日ようやく主治医から復職許可が出まして、来週月曜日から週三日パートタイムで徐々に図書館の仕事に復帰することになりました。まだビッコをひいてますし、運転する時も左足でブレーキ踏んでるんですが、まぁそろそろ動き出した方が良い頃合いでしょう。リハビリがきつすぎて、痛みで夜よく眠れないんですけどね、ま、なんとかなるでしょ。

 カヤックガイドとしての仕事の方はですね、前回書いたとおり、毎年担当している某高校のシーカヤックツアーが先週末から今週頭にかけて実施されたんですが、僕は代役を立てて断らざるをえませんでした。残念無念。
 でも地元女子校のツアーは4月なので、こっちは受託しました。これに間に合うようにあと一ヶ月半リハビリに精進しなくては。



■ 「予防」の流れ ■

 さて今回のトピックは研究発表vol.22:危機管理「予防」のゴールの続きです。
 大怪我して休んでるヤツが、すぐ近くの都市で大災害が起こったばかりのタイミングに予防危機管理のことを書くってのは、厚顔無恥が自慢の僕でもさすがに身の置き所がない感じで、どうもスッキリしないのですが、でも気にしていても始まりませんね。何食わぬ顔して話を進めることにします。

 でも、災害危機管理ってのは本当に大変ですね。今回の被害をみていて、つくづくそう感じます。企業経営危機管理も、アウトドア危機管理も大変ですが、災害・天変地異ってのはやっぱりレベルが違います。当研究所でも、まだまだ研究が足りないなと感じてます。精進します。

 さてさて。
 vol.20では危機管理の大きな流れとして三つのステージをご紹介しました。

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 そして続くvol.22では、最初のステージ「予防」のゴールを設定しました。ハインリッヒの法則のピラミッドを、底辺小さく、角度はなだらかに変えて、こぢんまりとした丘にしよう、というものでした。

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 この「ハインリッヒの小さな丘」を実現するためには、「君子方式」ではだめで、「リスク計算方式」をとらなきゃダメですよ、というところまでご説明しました。

 今回から、そのゴールに向かう大まかな流れを見てみることにしましょう。今回のメニューはこんな感じです。

  1. ハザードリスト作成
  2. 予防マニュアル作成



■ 予防第一段階「ハザードリスト作成」 ■

 「hazard」とは、危険要素のことです。最近は日本でもよく見聞きするようになってきているようですから、カタカナ嫌いの僕ですがそのまま使うことにしました。

 vol.22で、「君子方式」はやめましょう、ガイドは「リスク計算方式」でいかねばなりません、とご説明しました。
 二つの方式の最大の違いは、ハザードリストをキチンと作るかどうかです。
 リストを作らずに、なんとなく避けているつもりになっているのが、君子方式です。
 一方のリスク計算方式では、ハザードをちゃんと洗い出してリストアップします。そのリストをよく検討して、計算された予防マニュアルを作るわけです。
 違いがお分かりいただけましたか?

 というわけで、予防の最初に、この「ハザードを洗い出してリストアップする」という作業をやるわけです。いいかえれば、危機管理のまず最初の一歩が、ハザードのリストアップです。

 とはいえ、コツを知らないままにやみくもにやっても、漏れの多い虫食いだらけのリストができてしまうものです。人間の認識って案外「盲点」だらけで、よく見ているつもりでとんでもないものを見落とすってのは日常茶飯事。
 交通事故を起こした人も、「自動車が近づいてきているのなんか全然見えてなくて、気がついたらすでに目の前だった」と証言するケースがすごく多いそうです。自動車のような大きなモノでも、平気で見落とすのが人間の目玉です。
 というわけで、見落とさないための工夫があるわけですが、それはまた後日にまわしましょう。



■ 予防第二段階「予防マニュアル作成」 ■

 ハザードリストができた!ってんで、ここで安心しちゃいけませんよ。ハザードリストってのは、料理の材料リストのようなもんです。材料リストだけじゃ、料理は作れません。次に必要なのは、調理手順をまとめた「レシピ」です。危機管理の場合は、「予防マニュアル」にあたります。

 予防マニュアルは、日々の仕事の中で事故防止のために気をつけること、手順などをまとめたものです。
 一度できあがったマニュアルを使うのは簡単ですが、このマニュアルを作るのはかなり骨の折れる仕事です。なんせハザードリストってのは、相当項目数が多いんです。職場にもよりますが、リストが数千項目、数万項目で埋まってしまうこともあるでしょう。それを全部マニュアルに落とし込んでいくのは、手間のかかる仕事です。

 残念ながら、これを一気に片付ける魔法のメソッドなんてのは、ありません。あったら教えてください。
 ただ、コツのようなものは三つほどあります。

  • 優先順位付け
  • エスケープルートを念頭に
  • ガイドの安全を優先



■ 予防マニュアルのコツ「優先順位付け」 ■

 予防マニュアル作りは時間のかかる仕事ですが、その間だって日々の業務はこなさなきゃいけないわけですよね。ということは、重要な項目から順にマニュアル化して、どんどん日常業務のなかに落とし込んでいかなきゃいけないってことです。些細な項目は後回し。
 ですからまず大切なのは、ハザードリストをザッと眺めて、どの項目から優先的にマニュアル化していくべきか、いいかえればどの項目がより危険度が高くて要対策かを見極めること。

 そんなのビジネス危機管理でも常識だ、という声がきこえてきそうですね。
 おっしゃるとおり、ビジネス危機管理でもこの点に関してはマトリックス図を使った方法が広く紹介されています。でもガイディング研究所がアウトドアツーリズムに当てはめてこのマトリックス図を拝見しますと、もう一つ別のパラメータを加えないと片手落ちだと感じるんです。この点については、また後日少し詳しくふれることにします。



■ 予防マニュアルのコツ「エスケープルートを念頭に」 ■

 「優先順位付け」は、マニュアルを作る前にまずやることでした。
 二つ目の「エスケープルートを念頭に」は、実際にマニュアルを作っているときに気をつけるべきことです。
 面白いことに、予防マニュアルを作るのに没頭しているとついうっかりして、できあがった予防対策そのものが、新たなハザードになってしまっていることがあります。いや、面白い、なんていってちゃダメなんですけどね。
 予防マニュアルとはちょっと違うんですが、分かりやすい例だと、こんな感じです。

「係長、防災グッズ、買いそろえてきました」
「おぉ、ご苦労さん。うわ、段ボール箱三つか、かなりの量だな」
「はい。これ、どうしましょう?」
「避難キットを作って各部署に配らなきゃらなきゃいけないんだけど、今週はちょっと無理だな、とりあえずどっか空いてるところに置いておいてくれる?」
「分かりました。」
ってんで、彼は非常ドアの前に大きな段ボール箱三つ重ねましたとさ。

 この手のミスは、思っている以上に頻発します。予防マニュアルも、この点に注意してよく読み直してみると、
「ありゃりゃ、こりゃかえって危ないんじゃないの!?」
ってな部分が一つや二つは発見できたりするもんです。
 シーカヤックツアーでも、悪天候を避けるための変更ルートが、かえって退路が少ない危険ルートだったってな例は、何度も見聞しました。
 ま、現場でのとっさの判断は難しいので、ツアー中の判断ミスを防ぐのはまた別問題になってくるのですが、少なくともマニュアル作成時には、上記の例のような「退路をふさぐ」パターンには、よく注意しましょう。

 さらに、「退路」は一つより二つ、二つより三つの方が良いのは言うまでもありません。バックアッププランがちゃんとあるかどうか、予防マニュアルを読み直してみると、やっぱり
「う~ん、ここを突破されたら、あとは事故に一直線だなぁ......」
ってな箇所が十や二十は発見できたりするもんです。
 実際問題としては、すべてのハザードに対して二つ、三つのバックアップ予防対策を用意するのは、ぶっちゃけた話、無理です。どうしても、「ここは対策がとりきれないなぁ」ってなとこが出てくるものです。
 でもとにかく「退路確保」「できれば複数の退路を」を念頭にマニュアルを作ってみましょう。そうすれば、別の逃げ道がないサドンデスのハザードが出てきた時に、特に慎重に予防対策することができるようになります。



■ 予防マニュアルのコツ「ガイドの安全を優先」 ■

 ここまで見てきた「優先順位」、「エスケープルート」の二つは、あらゆる業種の予防マニュアルに通用する黄金律です。
 それに対して、三つ目の項目「ガイドの安全を優先」ってのは、我々ガイド業、ツーリズム業に特有の項目かもしれません。
 日本人は「我が身を犠牲にして、他の人を守る」ってな美談をことさら好む傾向があります。最近のハリウッド映画観ててもその手の話が増えてきているようなので、ひょっとすると今やグローバルな傾向かもしれませんが、まぁそれはさておき。

 こういう美談が好きな人がガイドになると、やっぱり我が身を犠牲にしてお客様を守ろうとするわけですね。素晴らしい姿勢ですね。

 でもちょっと待ってください。アウトドアツアー中に、やたら「我が身を犠牲」にするガイドって、困りものじゃありませんか? ガイドがケガして動けなくなったら、その後は誰がお客様の安全を確保するんですか? お客さんに背負ってもらって帰るの?

 そうなんです、ガイドにはお客様を無事に連れて帰る責任があるんです。つまり、ガイドは常に五体満足じゃなきゃ、仕事にならないということです。ですから自分自身の安全を最優先に考えなくてはいけません。予防マニュアルも、それを念頭に作っておく必要があるわけです。

 これが、案外盲点になるんですね。
 「いざとなったら我が身を呈して」なんてセリフを軽々しく口にするガイドは、三流以下です。

 逆に「いざとなったら、お客様一人を見捨ててでも、他のお客様を安全に連れ帰る」と、口に出さないまでも、そう心を鬼にして仕事に臨んでいるガイドの方が、一流です。
 お客様を見殺しにしてでも、自分は他のお客様といっしょに生還するってのは、ガイドにとっては身の毛もよだつほど恐ろしいことです。マスコミで叩かれまくります。長いこと裁判になります。一生その事故の責任を背負って、後ろ指差されながら生きて行かなくてはいけません。絶対に避けなくてはいけない事態です。
 だからこそ、ガイド業につこうという方には、そういう覚悟をしておいていただきたいんです。そこまで覚悟しているガイドは、いやでも危機管理能力が高くなるからです。「いざとなったら我が身を呈して」なんて安易な態度は、真剣に危機管理を考えていない証拠です。何やら詭弁めいていますが、実際には「いざとなったらお客を見捨てて」と考えているガイドの方が、よほど真面目で有能だという理屈、お分かりいただけましたよね?

 ってなわけで、脚を折って休職中の身ながら、恥を忍んでここだけは声を大にして強調しておきます。なんとも因果な話ですが、「ガイドは遭難したり、ケガしたりしちゃいけない」のです。「ガイド自身の安全確保を優先して、予防マニュアルを作る」ってのは、大切なポイントです。



■ 今回のまとめ ■

  1. ハザードリストを作成するところが、「リスク計算方式」予防のスタート地点です。
  2. ハザードリストを検討、計算して、予防マニュアルを作成します。
  3. マニュアル作成には、まず優先順位をつけます。
  4. エスケープルートとガイド自身の安全を忘れないように盛り込みましょう。
  5. 「我が身を呈して」を標榜するガイドは、危機管理的には三流です。
  6. 実際問題として、災害予防危機管理は、やはり非常に難しいです。
  7. 収容避難場所所長訓練を受けてるくせに、いざというとき出動できない研究員リュウは、本当に役立たずのノロマなカメです......。


■ 次回予告&宿題 ■

 今回はマニュアルを作るところまでを取り上げましたが、まだまだ「予防」のステージは終わりません。次回「危機管理『予防』の流れ その2」では、できあがったマニュアルを元に、日々の業務の中で予防対策を実践する際の注意事項についてふれてみたいと思います。
 マニュアルができただけで安心していては、やっぱり事故は防げません。というわけで、次回までに、日々の業務の中で予防対策を実践する場合の「落とし穴」を考えてみてください。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!



■ オマケ ■

 【クライストチャーチ震災に関するちょっとしたリンク集】

 状況はCivil Defenceのサイトに簡潔にまとまっていて分かりやすい(ただし英語)。

 ◎Civil Defence
 ◎Twitter「@NZcivildefence」



 Googleがリリースした人捜しサーチエンジン。

 ◎Person Finder: Christchurch Earthquake, February 2011



 NZ国内からの義援金はNZ赤十字が募集。

 ◎NZ Red Cross



 日本からの救援金は日赤へ。

 ◎日本赤十字社「ニュージーランド地震救援金受け付けます」



 日赤への救援金は、Yahoo!ボランティア経由でも受付可能。

 ◎Yahoo!ボランティア「ニュージーランド地震救援金(日本赤十字社)」



 昨年9月の震災以降現在までの地震をすべて見られる地図。実はこの半年間ズッと余震が続いていたことが一目で分かる。

 ◎Christchurch Quake Map



 Twitterではハッシュタグ「#eqnz」で地震情報が流れている(ただし大半は英語)。

 僕もTwitterfacebook個人ブログなどで、目についた情報などを中継、RTしております。

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