テーマ [ガイディング研究所]
ガイドの一般教養講座 研究発表vol.16:アウトドアガイドって? その3
文:リュウ・タカハシ
2010年3月11日
■ アウトドア専攻の高校生相手の仕事 ■
ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
前回書きましたとおり、二月半ばにアウトドアレクリエーション専攻の高校生22人を相手に三泊四日の訓練シーカヤックツアーの仕事をしました。もちろん場所は僕の縄張りエイベルタズマン国立公園です。昨年とうって変わってとても良い子達ばかりがそろった今年は、ウソのように楽チンなしごとをさせていただきました。いやぁ、楽しかった。でも来年はまた悪ガキどもばっかりなんだろうなぁ......。
やれやれと一息ついていたら、そっくりな仕事がまたまいこんできました。今度は地元の女子校で、今月末に二泊三日だそうです。17、8歳の女の子って一番苦手な生き物なのでかなり躊躇したんですが、ガイディング研究員がこういう仕事を断ってたんじゃ渡世の義理がたちません、って任侠道じゃござんせんが、ともかくありがたくお引き受けすることにあいなりました。
■ もう一つの類似品 ■
さてさて。
今回は「vol.13:アウトドアガイドって? その2」の続きです。
え? 次回予告では別のこと言ってた? そうでしたっけ? いえね、アウトドアガイドやってますとね、天候とかなんとかで、コース変更しなきゃいけないこと、よくあるんですよ。当連載も同じ。って、苦しい言い訳ですが。
それはともかく、「vol.5:アウトドアガイドって? その1」を書いてるときは二回でまとめるつもりだったんですが、例によって例のごとく気が変わりまして、その2にどうしても補足編を追加しておきたくなりました。何を書いても長くなっちまうのが、研究員リュウの悪い癖です。すみません。
その2では、「アウトドアガイド」を三つの類似品「アウトドアインストラクター」、「アマチュアリーダー」、「冒険家」と比べてみました。
ところが実は、あえて取り上げなかったもう一つの類似品があるんです。
でもこれを省いちゃうと、画竜点睛を欠くと申しますか、仏作って魂入れずと申しますか、青のりのかかってないお好み焼きと申しますか、やっぱりどうにも落ち着かなくなって来ちゃいました。というわけで、片付けてしまいます。
■ もう一つのアウトドアガイド ■
当研究所は、アウトドアガイドをサービス業、観光業の一つとして話を進めてきました。でもそれって正確にいえば「狭義のアウトドアガイド」なんです。
というからには広義があるわけですが、「広義のアウトドアガイド」は実は二つに分けられます。当研究所が今まで扱ってきたのは、その中では近年登場した「新しいアウトドアガイド」とでも呼ぶべきものです。
このサービス業アウトドアガイドのことを、今回に限ってツーリズムガイドと呼ぶことにします。
vol.1からvol.15までの当連載の中でアウトドアガイド、ガイドと呼んでいたのは、今回ツーリズムガイドと呼ぶもののことです。後述のもう一つのアウトドアガイドのことは、わざと省いていました。
次号vol.17以降も、今まで同様にアウトドアガイド、ガイドをツーリズムガイドの意味で使用します。念のため。
さて、今回はもう一つの「古いアウトドアガイド」にスポットを当ててみましょう。その仕事は、本当の冒険・探検をサポートする道案内です。世界地図から空白が消えてしまった現在ではマイナーな職業ですが、これこそ太古の昔から存在するアウトドアガイド本来の姿です。
本稿ではこれをエクスペディションガイドと呼びます。
つまりアウトドアガイドは、古くからあるエクスペディションガイドと、近年登場したツーリズムガイドという二種類に分けられるのです。
そして今回は、この二つを比較してみましょう、というわけです。
■ エクスペディションガイドとは ■
エクスペディションガイドって、ツーリズムガイドとどう違うのでしょう?
まず数の問題があります。今日アウトドアガイドといえば、99.9%以上がツーリズムガイドで、エクスペディションガイドは希少種です。
でもこれは本稿にとってはあまり大切なポイントではありません。
もっと大事な点は、顧客の違いです。エクスペディションガイドを雇う顧客は、「楽しみ」や「娯楽」や「サービス」を望んでいるわけではありません。彼らが求めているのは、もっと具体的な「成果」です。
たとえば記録に挑戦している冒険家に雇われたエクスペディションガイドの仕事は「冒険を成功させること」です。僕はそんな仕事したくないなぁ......。
顧客は冒険家だけではありません。エクスペディションガイドが世界一多い場所は、おそらく南極でしょう。僕の元同僚にも南極ガイド経験者がいます。
映画『デイ・アフター・トゥモロー』の主人公は超タフで、エクスペディションガイドなしでフィールドワークをこなす科学者ですが、実際には南極で研究している科学者たちは、外に出るときはエクスペディションガイドに引率してもらうわけです。
この場合、顧客は科学者、目的は研究。つまりエクスペディションガイドの仕事は「科学者に研究成果を無事持ち帰らせること」です。中には千載一遇のチャンスに狂喜乱舞していて、天候悪化の兆しが見えても「死んでもこのサンプルは採取するんだ」と撤退をいやがる科学者もいるでしょう(映画やTVでありがちなお約束シーンです)。そういうおバカさんをどやしつけ、首根っこに綱くくりつけてお尻ペンペンしながら引っ張って帰ってくるのも仕事になるでしょうね。やっぱりこういう仕事は、僕には向かないなぁ......。
ツーリズムガイドである僕からみると、エクスペディションガイドってきわめて異質な職業です。
その2で見たように、ツーリズムガイド(その2では「アウトドアガイド」と表記)って、アウトドアインストラクターやアマチュアグループリーダーとは違うのですが、それでもまだ親戚という感じです。顧客や参加者が娯楽を求めているという点で共通するからです。
でもエクスペディションガイドはむしろ、警察だとか、消防だとか、自衛隊だとか、セキュリティ会社だとかのように、純粋にセキュリティやリスクマネジメントを提供している業種の仲間だと感じます。「サービス」の有無は、僕にとっては天と地の差なんです。
ただしツーリズムガイドの中にも、エクスペディションガイドの要素を色濃く含んだジャンルがあります。なんだかお分かりでしょうか? 答えは10行後。
はい、時間です。正解は「釣りガイド、ハンティングガイド」です。
彼らもツーリズムガイドの一員には違いありません。顧客サービスが命です。
でも他のジャンルのツーリズムガイドと違って、彼らは顧客に「獲物」を持って帰らせる使命も背負ってるわけで、その点はすごくエクスペディションガイド的です。
つまりツーリズムガイドとエクスペディションガイドの両方の要素をあわせ持った特殊ジャンルというわけで、広義のアウトドアガイド業の中でも文句なく一番ハードなジャンルでしょう。いやぁ、僕にはぜったいにつとまりません......。
■ エクスペディション風ツーリズムガイド ■
さて。
「本格的な冒険」とか「非日常のエクスペディション」などを売り文句にしたアウトフィッターもあります。そういう業者は、エクスペディションガイドなんでしょうか、それともツーリズムガイドなんでしょうか?
答えはもうお分かりですよね。
顧客が求めているものによって、決まってくるのです。レジャーを求める顧客を想定している場合は、ツーリズムガイドです。とてもシンプルです。
ですから冒険風味を売りにしているアウトフィッターだって、もちろんツーリズムガイドです。そもそもアウトドアツアーなんて、たいてい冒険風味を宣伝文句にするもんです。いちいち全部エクスペディションガイドに分類してられません。
■ なぜ区別しておかなくてはいけないか? ■
というわけで、アウトドアガイドという職業が、一般的な「ツーリズムガイド」と、特殊な「エクスペディションガイド」の二つに分類されることがわかりました(両者の中間に位置する釣り・ハンティングガイドのことは、ひとまず忘れてください)。
今日では、もちろん前者が圧倒的多数で、後者はマイナーな存在です。ですから当研究所でも前回までは「アウトドアガイド」という言葉を、ツーリズムガイドの意味で使い、エクスペディションガイドのことは無視して話を進めてきました。
じゃぁなんでそんなマイナーな仕事を、わざわざ一回分のスペースを割いてとりあげているのか、という疑問が聞こえてきそうです。はい、理由があるんです。
さきほど「アウトドアガイド」といえば、普通は前者の「ツーリズムガイド」の意味だと書きました。
ところが世間一般では「アウトドアガイド」ときくと、このマイナーな「エクスペディションガイド」をイメージする方がいまだに圧倒的に多い、という事実があるからなんです。
この勘違いは、マスコミの影響に負うところが大きいでしょう。アウトドアズマンがマスコミに登場する場合、たいていの場合は冒険家です。ですからアウトドアガイドがマスコミに登場する場合も、冒険歴のある人の方が登場頻度があがる傾向があります。あるいは、冒険経験者がガイド業をはじめることが多いという事実もあります。
あるいは小説、TV、映画などのお話に登場するガイドも、ほとんどが単なる道案内、つまりエクスペディションガイドなんですね。
こうした流れで、いまだに「アウトドアガイド=エクスペディションガイド」というイメージが根強く残っているんじゃないかと思うんです。
ちなみにもうお分かりだと思いますが、実際のところ日本国内には本物のエクスペディションガイドはほとんどいません。活躍できるフィールドそのものが、ほとんどないからです。
日本人エクスペディションガイドはもちろん存在します。でも彼らの仕事場はたいてい海外です。そして彼らが日本で仕事をするときは、まず間違いなく娯楽ツアー、つまりツーリズムガイドをやることになるわけです。
それはともかく、さらに困ったことに、この間違ったイメージは一般消費者もさることながら、アウトドアガイド志望者(あるいは現役アウトドアガイド)の間でも根強いらしいんです。
たとえばとある南の島のマングローブ・カヤックツアーで、写真を撮ってるお客様に対して
「何写真なんか撮ってるんだよ! サッサとついて来ないと、置いていくぞ!」
などと怒鳴り散らしているガイドがいたとかいないとか。
当研究所には、この手のタレコミエピソードが無数にファイリングされておりまして、いちいち書いてたらそれこそ紙面がいくらあっても足りません。一回そういうツアーにこっそり参加して、ひどいガイディングぶりを当研究所で実名レポートしてやろうかしら。
残念なことですが、サービス業の自覚のまったくないエクスペディションガイド気取りのタワケたツーリズムガイドは、まだ相当棲息しているようです。といいますか、そういうタワケモノは、年々増加しているという意見も少なくありません。ムスッとした顔して「つべこべ言わずに黙ってオレについてくりゃいいんだ」的なガイディングをする前時代の遺物のような連中は、できることなら19世紀に送り返してやりたくなります。
わざわざ一回分のスペースを割いてエクスペディションガイドとツーリズムガイドの違いを研究した理由、もうお分かり頂けましたね? これからガイドを目指そうという皆さん、くれぐれもこういう勘違い野郎にならないでくださいね。本物のエクスペディションガイドになるなら話は別ですが、普通「アウトドアガイドを目指す」といえば、ツーリズムガイドのことなんです。ツーリズムガイドたるもの、サービス業の誇りを決して忘れてはいけません。肝に銘じておきましょう。
■ 今回のまとめ ■
- アウトドアガイドは、実は二つに分類できます。
- 大多数はサービス業のツーリズムガイドです。
- 安全な道案内だけを仕事とするエクスペディションガイドは、希少種です。
- 釣り・ハンティングガイドは、大変ごくろうさまです。
- 自分をエクスペディションガイドと勘違いしてるアホなツーリズムガイドは、うようよいます。
- 当研究所の研究対象は、ツーリズムガイドです。
- よって次回からは、またツーリズムガイドを「アウトドアガイド」、「ガイド」と呼びます。
- 軟弱な研究員リュウは、南極ガイドより南極1号を選びます。
■ 次回予告&宿題 ■
次回こそアイスブレイクをとりあげてみよう、と今のところ思っています。でもまた雲行き次第で変わっちゃうかもしれませんねぇ。ま、開けてみてのお楽しみ、と。
宿題は前回のをそのまま引き続いて、アイスブレイクのアイディアをいくつかあげておいてください。面白いアイディアを編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
■ オマケ ■
危機管理の導入部として、「vol.9:危機管理の話に入る前に」、「vol.10:危機管理『「日本人の弱点?』」をアップしました。ものすごく乱暴にまとめると、「とにかく人命尊重が一番大切」、「予防、対処、処理のステージ毎にきちんと頭を切り換えて対応することが大事」ということですね。ですから処理の段階でやるべき責任論を、レスキュー開始前に議論・吟味するなんてのは、大間違いのコンコンチキだというお話でした。
そしたら、また出ましたよ、「無謀な遭難者はレスキューしなくていい」なんていう記事......。
うんざりです。どうせ出るんだったら、幽霊が出てくれる方がよっぽど面白いんですが......。
でもうんざりしているだけじゃいけません。もうわざわざ当研究所で重複して書き連ねることもないでしょうから、僕の個人ブログで反論してみました。よろしければご一読ください。
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