テーマ [ガイディング研究所]
ガイドの一般教養講座 研究発表vol.26:危機管理「予防」の流れ その2
文:リュウ・タカハシ
2011年4月24日
■ まだまだリハビリ中 ■
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
2月24日発表の研究発表vol.24で「来週月曜日から週三日パートタイムで徐々に図書館の仕事に復帰」と書きましたが、先週月曜からやっとフルタイムになりました。火曜、木曜(と土曜)は拷問、もとい、リハビリがあるのでまだ半日勤務ですが、100%復職まであと一息のところまできました。
同じく「地元女子校のツアーは4月なので、こっちは受託」と書きましたが、これも先々週、17歳31人を引き連れて二泊三日シーカヤックキャンプツアーをやってきました。別に特殊な高校のアウトドア課とかじゃないですよ。普通の女子校の普通の体育の授業でこういうことします。NZの学校って面白いでしょ?
初日と最終日はそれぞれ12kmのツーリング、二日目は丸一日中海に浮かんで彼女たちのカヤック技術、レスキュー技術の試験官。膝は痛みましたが、拷問リハビリのおかげで現役時代並みに戻ってる体力のおかげで、なんとか乗り切ることができて大満足。
といいますか、映画『アバター』の主人公ジェイク・サリー状態でした。僕は「カヤックガイドは、カヤックオタクであってはならない」ってな仕事哲学をもってて、カヤックをなるべく冷めた目で眺めるよう気をつけていたんです。でも水に浮かんだとたんに自由自在、地上ではビッコだなんて忘れるほどの万能感、不覚にも涙が出るほど嬉しかったんです。惚れないように気をつけていたカヤックに、ついに恋をしてしまった今日この頃、今後は「趣味:カヤック」って言ってしまうかもしれません。なんて恐ろしいことだ......。
■ 「予防」の流れ 続き ■
今回のトピックは研究発表vol.24:危機管理「予防」の流れ その1の続きです。
前回は、「予防ステージ」の前半部分、マニュアル作成のところまでをザッと見ました。いわば、予防の準備段階ですね。
今回からは、「予防ステージ」の後半、予防の実践段階をおおまかに見ることにしましょう。今回のメニューは一つ。
- 心理的落とし穴
■ その前に、「予防マニュアルのコツ『優先順位付け』」の補足 ■
本題に入る前に、研究発表vol.24の「予防マニュアルのコツ『優先順位付け』」で後日に説明を回した点を片付けちゃいましょう。
ビジネス危機管理のメソッドでは、ハザードを優先順位付けするときに下のようなマトリックス図が登場します。
ここでは危険度、頻度ともに2段階のシンプルな図にしました(実際にはそれぞれ3~5段階くらい分けるのが一般的です)。
さて、この四つの部分に優先順位をつけて、どこからマニュアル化していくべきかを考えるわけです。1番と4番は、簡単ですね。
問題は、2番と3番です。
ビジネス危機管理理論をご存じの方なら、
「簡単じゃん、事故頻度が高いと損失率があがるから、『頻度高、危険低』が優先順位2番だよ」
と、即座に解答が出てくるでしょうね。
はい、正解。ただし、一般ビジネスの場では、という但し書きつきです。
vol.24で「ガイディング研究所がアウトドアツーリズムに当てはめてこのマトリックス図を拝見しますと、もう一つ別のパラメータを加えないと片手落ちだと感じるんです」と書きました。
ガイディング研究所の模範解答は、こうなります。
この差はどこから出てくるのでしょうか?
一般的なビジネス危機管理理論でいう「危険」は、経済的損失に還元されて考えられます。さらに、いわゆる「身の危険」とはあまり関係のないハザードが多いのも事実です。逆にいえば、ビジネスの場で「ハザード」、「危険」と呼ばれるものの多くは、実際には身の危険があるわけじゃないけど、お金にひびきそうなもの、というわけです。
ですから前述のような回答が出てくるわけですね。
ところがツーリズムでは、「ハザード」、「危険」といえば「人命の危機」に直結するものが多くなってきます。特に当研究所で取り上げているようん、「現場のガイディング業務」におけるハザードの場合は、基本的にすべて「人命の危機」と解釈しても差し支えないでしょう。
ですから危険度の高いものから処理を考えていく必要があるのです。
ということは、大きなツアー会社の場合は、現場のガイドの考える人命優先の危機管理優先順位と、会社経営陣の考える経営優先の危機管理優先順位は、食い違ってくる可能性がある、というわけです。
私事ですけど、実際に僕の働いていたシーカヤックツアー会社は巨大組織の一角でしたから、こうした理由で上とぶつかるのは日常茶飯事でした。ことはお客様の安全に関することですから、他のガイドが折れても、僕は絶対に折れずに上に楯突きつづけました。余談かもしれませんが、現場のガイドはそこまで覚悟しておいてくださいね。
■ 予防第三段階「心理的落とし穴」 ■
さてさて、先に進みましょう。
研究発表vol.24の手順通りにハザードリストを作り、それを元に予防マニュアルが完成したとします。
次の段階は、日々の業務中で予防危機管理の実践すること、ですね。
ところで、新聞、TVをにぎわすニュースをみていると、予防マニュアル無視による事故がよくあります。保守点検のスケジュール無視とか、手順がいい加減だったとか、義務づけられてる防護服を着用してなかったとか、いくらでも思い出せます。
がんばってマニュアル作っても、守らなきゃ意味ありません。ツーリズム業はお客様の安全をお預かりするのが仕事ですし、アウトドアツアーなんて特に危険山積みですから、予防マニュアル無視して仕事がつとまるはずがありません。
ですから、マニュアルをちゃんと読んだこともない、理解してない、守る気がない、なってな論外な例は、ここでは扱いません。今回焦点を当てるのは、「キチンと予防危機管理をする心づもりがあり、マニュアルも理解していて、普段はちゃんとやっているガイドが、ときにマニュアルを無視してしまう」という事例です。
実際、こういう例はよくあるんです。アウトドアツアー中の事故を調べると、
「あの人はとても慎重で、悪天候時はツアーを中止するんだけどなぁ......」
というコメントがきこえてくることがとても多いんです。なぜかたまたま例外的な仕事をしてしまったら、運悪く遭難というわけです。
運良く事故にはならなくても、普段遵守している予防マニュアルを無視してしまうことって、誰にでもあることだと思います。僕にも心当たりがないとはいいません。
というわけで、「じゃぁ、どういうときに予防マニュアルが無視されるのか?」をしっかり把握しておきましょう。いいかえれば、予防マニュアルをつい無視してしまう「心理的な落とし穴」を、よく理解しておこう、ということです。
■ 心理的な落とし穴とは? ■
ついつい予防マニュアルを無視してしまう。その理由、つまり心理的落とし穴は、実はいろいろあるようです。
そんな中で、ガイディング研究所がアウトドアツアーの現場で見られる落とし穴を一つだけ強調するとすれば、「あせり」です。
「時間が足りない」
↓
「仕事が納期に間に合わない」
↓
「効率を上げる必要がある」
↓
「作業完遂に無関係なところは省く」
↓
「予防危機管理が無視される」
という流れです。
ツーリズム業、ガイディング業の場合は、「時間内に目的地にたどり着けそうにない!」というパターンが典型でしょう。
突発的な事故渋滞に巻き込まれた、予想外の悪天候に見舞われたなどの理由で遅れる場合もあるでしょう。逆に、別段変わったことは起こってないのに、なんとなく時間配分をミスッて時間が足りなくなるケースもあるでしょう。
前者は不測の事態ですから今回のトピックとは直接関係ありません。問題は後者です。
特に大した理由はないのに、帰着時間が遅れがち。ツアー終盤に急ぎ足になりがち。初心者ガイドによく見られる傾向です。いうまでもなく、タイムマネジメントの失敗です。その結果、あせって予防マニュアルを無視する、という結果になります。
つまり、タイムマネジメント能力を上げれば、予防危機管理の能力もあがる、ということです。どちらもガイドにとっては必須の技術ですから、一挙両得じゃないですか。
当研究所のリサーチによりますと、タイムマネジメントを改善するには、主に二つの方法があるようです。
■ タイムマネジメント改善のコツ:その1 ■
まず一つ目は、欲ばりすぎないこと。
初心者ガイドの弱点は、欲ばって詰め込みすぎのツアーをやる傾向があります。サービス精神旺盛で熱心なガイドほど、この傾向が強くなるようです。
自分のもてる知識をかたっぱしから披露してたら、そりゃいくら時間があっても足りるはずがありません。
ベテランは初心者よりずっとたくさん知識を持ってますが、彼らが全部詰め込んだツアーをやってると思いますか? そんなはずはありませんよね。取捨選択してツアーを「デザイン」するのが大切なんです。そこにガイドの腕の差が出てくるわけです。つまり逆からいえば、なんでも詰め込むのは下手な証拠。
ベテランの場合、「ちょっと物足りないかな?」くらいのボリュームでツアーを設定して、その代わり「ここがハイライト」というところでジックリ仕事をするようなデザインをします。
もし時間が余ったらどうするかって?
いい質問です。実はベテランは、時間を上手につぶす技をいくつか身につけているものなんです。早く着きすぎそうだと思ったら、そういう技で上手にタイミングを合わせるわけです。これがあせらないコツです。
行程が決まっているツアーの場合でも、ガイドトークの量を調節すればタイムマネジメントができます。バスガイドさんの場合でも、おそらく初心者ガイドの方がベテランよりも喋りすぎて時間を食っちゃう傾向があるんじゃないかと思いますよ。
これは危機管理技術としても非常に重要なだけではなく、ツアーにアクセントをつけて、お客様を飽きさせずにより楽しく遊んでいただくためにも必須のカスタマーケア技術です。よく覚えておきましょう。
■ タイムマネジメント改善のコツ:その2 ■
二つ目は、お客様を観察する目を鍛えること。ツーリズム業は、人間を相手にする職業です。同じような時間配分でツアーをやっているつもりでも、お客様によって所要時間に差が出てきてしまいます。特にアウトドアツアーの場合は、速いグループと遅いグループに倍以上のスピード差がでたって、別に驚くには当たりません。
ベテランガイドは、「今日のお客様は、ちょっとよけいに時間がかかりそうだな」ってな勘が鋭くなっているものです。初心者ガイドはこの勘が働かないから、「いつも通り」のツアーをやって、結果的に時間が足りなくなるパターンが多いわけです。
もちろん初心者に最初から勘を働かせろってのもムチャな話なんですが、でも意識して観察眼を鍛えれば、あんがい短時間で勘が身についてくるものです。
どのお客様が体力がありそうか? 逆に体力がないのはどの方か?
理解度が高いのはどのお客様? 逆に低いのは?
従順そうなのは誰? 逆に話を聞かないタイプは?
危険発生時にパニックになりそうなのはどの人? 逆に落ち着いていそうなのは?
こうしたチェックポイントを用意しておいて、お客様に会った瞬間にとりあえず判断してみるクセをつけることです。最初は正解率が低いでしょうが、必ず上達します。
■ 時間以外の「あせり」 ■
さて、ここまでは時間配分ミスによるあせりをなくして、予防危機管理をしっかりやりましょうという話をしてきました。
ところで、さきほどあげた「あの人はとても慎重で、悪天候時はツアーを中止するんだけどなぁ......」という例をもう一度思い出してみましょう。これって、よく考えるとタイムマネジメントの失敗じゃありませんね。これはどう考えればいいのでしょう?
当研究所は、これを「経済的なあせり」と分類します。要するに懐具合が厳しくて、ツアーを中止して代金を返金するのがツライ、だからつい無理してツアーを催行してしまう、というパターンです。
これも非常に大切な問題点ですし、実際この手のアウトドアツアー事故もたいへん多いのですが、この講座では扱わないことにします。というのも、これは「ガイドの一般教養講座」、つまりツアーの現場でのガイディングに関するトピックを扱う講座だからです。いったん出発したツアーを、悪天候によって途中で中止して引き返すか否かという決断は、当然ツアーの現場でなされます。ですからこの講座にふさわしいトピックです。
でもこの例のようなツアーを出発させるか否かの判断は、ツアー現場のガイドレベルの仕事ではなく、経営陣によるオペレーションマネージメントレベルの仕事です。
というわけで、経済的なあせりに関しては、また別の講座に譲ることにしましょう。今のところ、こうしたトピックを扱う「ツアー会社経営講座」の予定はないのですが、ガイディング研究所を銘打っている以上、将来的には適任研究員をスカウトしてぜひとも実現したいと思っています。自薦、他薦を問わず適任者を随時募集しています。
■ 今回のまとめ ■
- ガイディングの現場では、「経済的損失」の多寡ではなく、「人身の危険」を避けることを最優先に危機管理を組み立てます。
- 予防危機管理は、「あせり」によっておろそかになります。
- 欲ばると、タイムマネジメントに失敗します。
- 顧客を見抜く目も、危機管理には大切です。
- 独身時代にもっと「人を見る目」を磨いておけば良かったと、後悔しきりの研究員リュウです。
■ 次回予告&宿題 ■
次回は今回に続いて「予防ステージ」の後半、予防危機管理を実践する際のコツとして、「ガイドの心得」に焦点を当ててみようと思います。
生身の人間を相手にするツアー業務の場合、タイムマネジメントに気を配って焦らないようにしたからといって、予防が完璧になるわけではありません。というわけで、タイムマネジメント以外に、主に「対人業務」としてガイドが心得ておくべきことを考えてみてください。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
■ オマケ ■
ずいぶん前に書評欄で『The Survivors Club』という本をご紹介したことがあります。昨年無事日本語版『サバイバーズ・クラブ』も出版されました。この中に、面白い話が載ってるんです。
フライトアテンダント(客室乗務員、いわゆるスチュワーデス、スチュワード)が乗客が搭乗してきて最初にやる仕事(離陸までの仕事)ってご存じですか?
座席に案内し、荷物収納を手伝い、シートベルトをチェックし、非常口やライフジャケットなどの非常時講習をし、その合間に乗客の細々としたリクエストにこたえてクルクルと動き回る彼らですが、これらはあくまでも「表面的」な作業で、そういうことをやりながら、実はこっそりと「もっと大事な仕事」をしているんだとか。さて、なんでしょう?
本文の「タイムマネジメント改善のコツ:その2」でチェック項目を書きました。フライトアテンダントも、似たようなことをやってるんだそうです。特に最後の「パニックになりそうな乗客、落ち着いていそうな乗客」を見抜いておくというのが最重要項目なんだとか。
というわけで、正解は「乗客のパニック傾向のチェック」です。
そりゃそうです、飛行機事故が起こった場合、パニックを起こす乗客は事故を悪化させる要注意人物です。
逆に落ち着いていて体力のありそうな乗客だったら、避難のためのアシスタント要員として使いたいですからね。
僕らアウトドアガイドもまったく同じことをやります。理由もまったく同じ。ですからこの話を読んだ時、すごく共感を覚えました。「あぁ、やっぱり彼らも同じなんだ」って。
ちなみに「飛行機事故時に要注意の客」と判断される乗客は、飛行機に乗り慣れている人と、初心者、どっちが多いと思います?
実は危険人物リストのほとんどが、飛行機慣れしてる人だそうです。搭乗直後に靴を脱いでアイマスクをして寝る体制に入る人なんかは、一発でブラックリストだとか。ウソかホントか知りませんが。
カヤックツアーも同じなんですよね、自称ベテランカヤッカーで、こっちの安全講習なんか「んなこたぁ知ってる」って顔してわざと聞かないようなお客さんがいる日のツアーって、ヒヤヒヤする場面が多いんです。
そういえば研究発表vol.21のオマケでも、映画『ハッピーフライト』のこと書きながら、アウトドアガイドとフライトアテンダントの共通点の話をしたことありましたね。他にもいろいろ面白い共通点があるんですが、ま、そういう話はまた折を見て。
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