テーマ [ガイディング研究所]
ガイドの一般教養講座 研究発表vol.22:危機管理「予防」のゴール
文:リュウ・タカハシ
2009年11月25日
■ ごぶさたしました ■
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
大変ごぶさたしてしまいました。6月に日本でプロガイド・ワークショップをやったらすっかり真っ白な灰になってしまい、息を吹き返したとたんに体調を崩し、やっと回復したら今度は野暮用でバタバタと、落ち着いて執筆できない状態が続いてしまいました。
ともかく6月7日(月)~9日(水)の三日間は、「プロガイド・ワークショップ2010」を西表島で開催しました。
直前の予報だと滞在中一度もお天道様を拝めない梅雨空。ところが雨具は使わずじまい、美しい珊瑚の海を楽しめました。しかも僕が島を離れたとたんに大雨になったそうです。僕って晴れ男だったんですねぇ、知りませんでした。
今回は大幅に内容を改訂してのぞみました。第7回までを「基本編」だとすれば、今年の第8回は「応用実践編」といった感じ。西表島の稼働率が日本トップクラスだと聞いていたからです。
総勢12名(8業者)がご参加くださいましたが、やはり応用実践編にしておいて正解でした。理解力、質問内容など、たくさんのお客さんをさばいているプロならではのレベルでした。気候に負けない熱い気迫に、僕もたじたじでした。
もちろん彼らは一握りのトップレベルで、島全体の平均はもっと低いんだとは思います。でも1割以上がこの水準なら、全体に波及して島全体が急にレベルアップするのも、そう遠い未来の話ではないだろうと感じました。
しかしあのレベルが西表の平均になったとしたら、「エイベルタズマンは世界一」などとのんきなことは言ってられなくなります。エイベルタズマン育ちの日本人ガイドとしては、どっちを応援したら良いのかちょっと困ってしまいます。ま、いいや、どっちもガンバレェ。
■ 危機管理雑感 ■
さてさて。
久しぶりの当講座、危機管理集中講座から再開したいと思います。
実は先週末、e4編集長がわざわざNZまで僕の危機管理講座を受講しに来てくれました。当研究所もずいぶんとインターナショナルになったモノです、ワハハハ。
6月の西表会場からさらにパワーアップした講座を提供すべく、色々資料を調べなおしてみました。日本でアウトドア危機管理のオーソリティーと目されている(らしい)団体のサイトにもザッと目を通してみたんですが、やっぱり研究発表vol.10でふれたような「予防モード偏重、対処モードおろそか」という傾向があるような気がしました。
そのサイトには立派なリンク集がついていたので、リンク先のNPOなどの指導マニュアルなどもいくつか拝見したんですが、これまた対処モードがおろそかなモノが少なくないようです。さらに、やたらにややこしい言い回しで分析、解説した学術っぽい資料が多いのも気になりました。分かりにくく書いたんじゃ、かえって逆効果だと思うんですけどねぇ。
危機管理、安全管理が盛んになってきている風潮はとても良いことだと思います。でも弱点をキチンと認識してそこを重点的におさえ、分かりやすくメソッドを伝える努力を重ねていかないと、なかなか効果は上がらないんじゃないかと思いますよ。
当研究所も、その辺はまだまだ研究不足ですが、今後ますます充実を図っていきたいと思っている所存です。
■ ステージ1「予防」のゴール ■
ま、それはさておき。
研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」では全体の流れをザッと見ました。図にするとこんな感じです。
今回からもう少し詳しく見ていきましょう。まず最初のステージ「予防」からです。
とりあえずこちらの図をご覧ください。
ご存じ「ハインリッヒの法則」です。リンク先(ウィキペディア)に詳しい説明がありますが、アメリカの損害保険会社に勤めていたハインリッヒ氏による労働災害調査論文(1929年)が出典だそうです。
80年前の外国の社内論文ですからね、「300:29:1」という数値そのものは重要じゃありません。時代、場所、業種などで変化します。「ハインリッヒの300:29:1」とか「メラビアンの7:38:55」とか、数字をやたら強調する研修屋さんもいらっしゃるそうですが、そういう輩に出会ったら眉にツバをしっかり塗りつけておきましょう。
別に僕が歳食って数字が覚えられなくなったから、ひがんでるわけじゃないっすよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
ともかく大切なのは、細かい数字じゃなくて、「重大事故の背後にはその数十倍の軽微な事故、その背後にはさらにその数十倍のヒヤリハットが隠れている」というコンセプトを理解することです。
さてさて、予防がうまく機能すれば事故が減るわけですが、これには大きく分けて二つのシナリオが考えられます。
まず一つ目はヒヤリハットの件数そのものが減り、ピラミッドが小さくなるというパターン。
もう一つは、割合の比率が変わってピラミッドがなだらかになるパターン。この場合は、ヒヤリハットの件数そのものが変わらなくても、結果的に軽微な事故や重大な事故の件数が減るというわけです。
具体的にどういうことかといいますと、ヒヤリハットを軽微な事故に繋げない予防技術、軽微な事故を重大事故に繋げない対処技術が洗練されてくると、このようにピラミッドがなだらかになってくる、っていうわけです。
どちらがより有効かといえば、やっぱり後者だと思います。割合が変わらない場合(前者)、ヒヤリハットが1割減ったら、事故も1割減ります。でも傾斜を1割なだらかにすると、減る事故は1割じゃききませんよ。もっと劇的に減ります。数学的に証明してもいいんですが、ここで三角関数を持ち出すと、とたんにブラウザを閉じてしまう方が続出しそうなので控えておきます。僕が歳食って数学弱くなってしまったからじゃないっすよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
理想的には、もちろんこれら二つのコンビネーションですね。底辺も小さくなり、角度も緩やかになる、と。
というより、実際のところ、予防技術や対処技術がアップすれば、当然ヒヤリハットそのものも減って底辺も小さくなるはずなんです。
最初のオリジナルの図が「ハインリッヒのピラミッド」だとすれば、こちらは「ハインリッヒの近所の小さな丘」ってな趣で、これならずいぶんと安心な感じです。
というわけで、危機管理のステージ1「予防」が目指すゴールは、この「小さな丘」です。
あ、念のため繰り返しますが、ここに挙げた150:5:0.1なんて数字も、もちろん適当ですからね。モノのたとえです。「ピラミッドの底辺をより小さく、傾きをよりなだらかに」という目標だけご理解ください。
■ 「君子方式」の問題点 ■
今までにも何度かふれましたが、日本人は「君子、危うきに近寄らず」方式の危機管理を得意としています。つまりこの予防ステージは割とよくできているということです。
実はこの「君子方式」は、上記の二つでは一つ目の「底辺を小さくする」というパターンに該当します。
ところがガイディング研究所の視点からは、「君子方式」には、いろいろ弱点や問題があるんですよ。
たとえば、自分から危険に近寄らなくても、向こうからやってくることだってあります。「君子方式」は、向こうからやってくる危険には無力です。事故になります。つまり「君子方式」にはピラミッドの底辺を小さくする効果がある程度期待できるのですが、角度をなだらかにすることはできないというわけです。
向こうからやってくる危険まで視野に入れて予防したり、ピラミッドの角度を小さくしたりするには、別の方法が必要です。答えをいきなりズバリ言っちゃいますが、「リスクを計算すること」です。英語では「カリキュレイテッド・リスク」と呼びますが、この「リスク計算方式」がガイドにとって特に大切な技術なんです。
「君子方式」の別の弱点は、油断、過信です。やみくもに危険を避けるだけの人は、おうおうにして
「自分は危ないことはしないし、今までも大丈夫だったから、これからも大丈夫だ」
みたいな変な自信を持つ傾向があるようです。「僕は安全運転だから、大丈夫だ」なんてのは、典型的な例です。
これってゆゆしき問題です。「今まで大丈夫」と「これからも大丈夫」がイコールで結べないのは、ちょっと考えれば中学生にだってわかることです。
でも君子方式の特徴は、計算なんかしないでとりあえず避けておくだけ。つまり計算とは縁遠いわけで、こういう勘違いが起こりがちなんですね。リスクを計算した結果、「大丈夫だ」っていうんだったら良いんですが、結果論を未来予測にすり替えるのはムチャな話です。
さらにもう一つ、次の「対処」ステージで大変大きな問題が出てくるんですが、これは後日に回しましょう。
というわけで、当研究所では「君子方式」は推奨しません。僕が品性下劣で君子にほど遠いヤツだからってわけじゃありませんよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
「君子方式」には上記のようなデメリットがあります。もちろん危機管理なんぞ何処吹く風、っていう人よりは君子方式の人の方がずっと良いわけですが、でもガイドは「リスク計算方式」でいきましょう。
さてさて、じゃぁその計算とやらはどうすりゃいいの、ってのが次なる疑問ですよね。それはまた次回のお楽しみ。
■ 今回のまとめ ■
- ハインリッヒの法則の「ピラミッド」を「近所の丘」にするのが予防のゴールです。
- 「君子方式」は効果が限定的ですし、のちのち色んな弊害も出てきます。
- ガイドは「リスク計算方式」でいきましょう。
- 研究員リュウは加齢による計算能力の低下に悩まされていますが、これはどうやって予防すればいいのでしょう?
■ 次回予告&宿題 ■
次回は今回に引き続き、危機管理ステージ1「予防」をとりあげます。次回のトピックは、予防の流れです。
というわけで、次回までに「君子方式」に頼らない積極的な予防手順を、ご自分なりに考えておいてください。どういう段取りで予防をすれば、ヒヤリハットを減らせるのか? どういう予防をすれば、ヒヤリハットで食い止め、軽微な事故に繋げずにすむのでしょう? 回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
■ オマケ ■
まったくそうだそうだ!のウェブページをご紹介。
◎アウトドアをまちづくりに!「親子自然体験、参加費一日500円!?」
有限会社ピューパ代表渡邉 隆氏の鋭いご指摘です。
一回安い値段つけちゃうと値上げは至難の業です。観光業ってのは、人件費のかかる業種です。何も考えずに補助金、助成金を使ってタダのような商品を出してしまうと、もうそのフィールドは終わったも同然です。だってタダ同然の商品があるところには、後から参入できませんもの。競争のないフィールドには、進歩もありません。
そうでなくても、商業アウトフィッターって原価ギリギリの弱気な価格設定する傾向が強くて、死ぬほど忙しいのにその割に儲かってないという業者さんが少なくないようです。その上に業者数が増えて価格競争が始まると、そのエリア全体総崩れの危機。
そこに補助金使ったタダ同然の商品が登場したんじゃ、完全にトドメです。ライバル業者を殺すだけじゃなくって、そのフィールド全体が死にます。観光業界全体も弱体化します。
これって、消費者側にも問題があります。確かにパソコン買うなら、100円でも安く売ってる店探したくなるのは人情。僕だってそうします。だって中身は同じですもん。
でも「プロの技」を買うのに、お金をけちるってのはどんなもんでしょう? 特にアウトドア観光の場合は、思いっきり「命を預ける」わけですよね。それでもやっぱり価格で選ぶんですかねぇ??? 中身はぜんぜん違いますよ。ガイドの質のピンからキリまで見てきた僕だったら、むしろ値段の高いガイドを選びますけどね。
色々と考えなくてはならないことが山積みです。
特に深く考えもしないで、なんとなくエコな雰囲気に流されて、なんとなくこの手の格安野外ツーリズムが、なんとなく適当になんとなくあちこちで催行されちゃってるようです。もうちょっと考えましょうよ。別に難しいことを考えようってんじゃないです。当たり前のことを考えましょう。何が業界を殺すのか? 何が業界を育てるのか?
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