テーマ [ガイディング研究所]
ガイドの一般教養講座 研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」
文:リュウ・タカハシ
2010年5月7日
■ 収容避難場所スタッフ訓練 ■
こんにちは、研究員のリュウです。皆さんGWはいかがでしたか? ニュージーランド(以下NZ)はGWでもなんでもありませんので、僕は災害時の収容避難場所のスタッフ養成コースを受講したりしてました。ほとんどの人は「一般スタッフ養成コース」だけでしたけど、ガイディング研究所専任研究員が危機管理関連の講習を見逃すわけにはいきませんから、僕は欲ばって「所長養成コース」もとりました。
まずは一般コース。軍に20年勤務、その次は首都ウェリントンでMinistry of Civil Defence & Emergency Management(危機管理災害対策省、とでも訳しておきましょうか)に20年勤務、そして半リタイアした今はCivil Defence教育機関に所属する、災害対策・危機管理のプロ中のプロの じいちゃん 講師に分厚い資料をボンと渡されて、「げ、これを一日でカバーするの!?」と参加者一同息をのみました。ところがやたらハイペースなのに非常に分かりやすく、気づけばちゃんと終わってました。あっぱれ。
NZの講習の常で、ディスカッションやロールプレイなどの実技も豊富。最後の課題は受講している建物を収容避難場所に使う想定でレイアウトを考えなさい、というものでした。一日の勉強の成果がモロにでる面白い課題でしたね。
その翌々日は所長養成コース。こっちはさらに盛りだくさんでハードでした。必要な備品をリストアップして発注、災害対策本部への報告書作成、職員のストレスを減らす対策などと、実技もややこしいのばっかり。イヤハヤ収容避難場所の運営って大変っす(^_^; 災害、起こりませんように。
来月で僕自身が日本で開催するプロガイド・ワークショップにも、いろいろ参考になりました。ありがたや、ありがたや。
■ あらためまして、危機管理の三つのステージ ■
さて本題。カスタマーケアの続きは後回しにして、久しぶりに危機管理をとりあげることにしました。
研究発表vol.10:危機管理「日本人の弱点?」 で、危機管理には三つのステージがあることにふれました。覚えてますか? 前回宿題にしておきましたよね。はい、山田くん、いってみて。なに忘れた? 廊下に立ってなさい。
引用してみましょう。
- 防止:事故や失敗を防ぐのが、まず最初のステージ。
- 対処:事故・失敗が起こってしまったら、迅速に対処。
- 処理:事態が落ち着いたら、事後処理。
ほら、思い出してきましたね?
ちょいと脱線。
危機管理用語は、実は人によってまちまちです。英語のリスクマネジメントだって、人によって意味がずいぶん違います。調べてみたんですが、どうやら日本でも統一用語はないようです。
この三つの用語も、「ガイディング研究所が認定した用語」です。他の研究者は別の用語を使うかもしれません。ややこしい話ですが、いちおう心にとめておいてください。
さて、今回はそれぞれのステージをザッと概観することにしましょう。
■ 第一ステージ:予防 ■
事故は、まず避けることが大切。いくらエアバッグ、サイドインパクトバー完備で衝突安全性の高い車でも、安心してガンガンぶつけてたらそのうち死にますよ。逆に昔の車でも、事故らなきゃ大丈夫。
ちなみに自動車の予防装置は、グリップの良いタイヤ、アンチロックブレーキ、視界の良いボディ設計やミラー、明るいライトなどなどです。
さて、この予防ステージで大切なことはなんでしょう?
当研究所は、まず「事故を完全に防ぐことはできない」という事実をちゃんと認識しよう、と提案したいと思います。
ほら、ときどきいますよね、「オレ安全運転だから、シートベルトいらねぇよ」とか「ビールコップ一杯くらいなら大丈夫だから」っていう人。アウトドア業界でも、たとえば「荒れないゲレンデだから、ウチは大丈夫」なんてうそぶくツアー会社もあるとかないとか。
彼らは「事故をゼロにすることはできない」ということが分かってません。結果論と確率論を混同してます。20年無事故でも、明日事故るかもしれないでしょ?
事故は起こります。安全運転でも起こりますし、内水面でも裏山ハイキングコースでも当然起こります。こういう「分かってない人たち」の場合、なおさら事故率は高いでしょうね、皮肉なことに。
でも「事故は防ぎきれない」ってことを肝に銘じて予防につとめれば、事故率を限りなく下げていくことはできます。またしっかり予防してれば、事故が起こっちゃっても、被害を小さくおさえることもできます。
というわけで復唱しましょう、事故を完全に防ぐことは、残念ながらできません。これが予防の第一歩です。
さて、心構えはできました。では実践面のポイントはなんでしょう?
「危険の特定」です。英語ではハザード・アイデンティフィケーションといいますが、試験には出しませんから覚えなくて良いです。
例えば階段の手すりのネジがゆるんでるなぁとか、自動車のタイヤが減ってきてるなぁとか、今日は雲行きが怪しい上にやたら釣り船やジェットスキーがウロウロしてるなぁとか、そういう危険要因をリストアップすることです。
人間には心理的盲点がありますから、口でいうほど簡単じゃありません。リスト作りにはけっこう練習や研究が必要なんですが、また後日の研究発表にゆずることにします。
ともかく、事故はリスト漏れしてるところから起きるものです。
またリストに載ってる危険が原因の事故と、リスト漏れした危険が原因の事故を比べると、後者の方が重大事故になりやすいでしょう。
余さず危険を特定し、漏れのないリストを作るよう心がけましょう。これが予防の第一歩です。
このリストをもとに予防マニュアルを作るわけですが、その辺の詳細もまた後日。
■ 第二ステージ:対処 ■
残念ながら予防がうまくいかず、事故が起こってしまいました。ここからは「対処ステージ」です。自動車にたとえれば、いよいよ 自爆装置 エアバッグやシートベルトの出番です。
研究発表vol.10でもふれましたが、事故の瞬間から頭をパチンと「対処モード」に切り替えることが一番のポイント。予防モードのまま呆然としてたり、「誰の責任だッ!?」と処理モードにワープしちゃいけません。被害が拡大します。
この切り替えが下手なのが、日本人の弱点の典型だということは研究発表vol.10でふれましたから、ここでは繰り返しません。
今回は実践テクニック面から、対処ステージのポイントをいくつかあげてみましょう。
- サルでも分かる対処マニュアル
- 連絡先リスト
- シンプルな指揮系統
最初の二つは、後日の研究に譲ります。ここでは三つ目の「シンプルな指揮系統」をとりあげましょう。
まず次のリンク先をご覧ください。先日偶然発見したブログの中のコンテンツです。
ちなみに文中に「処理」という言葉がありますが、当研究所用語の「対処」に対応しますので、読み替えてください。
◎教育問題の解決方法を考える「事故対策は予防、状況把握、速やかな対応を - 高階玲治」
さてさて、執筆者の高階先生には大変失礼で恐縮なんですが、そこをあえて率直に申し上げますと、この一文に対処ステージに弱い日本人の特徴が見事にあらわれています。どの部分が問題か、分かりますか? 続きを読む前に、ちょっと考えてみてください。
正解は第二段落の中にあります。分かりました? まだお分かりでない? じゃ、順にみていきましょう。
最初の二つの文、「事故が起きたとき、 ~ 速やかな対応を第一とする」は、問題ありません。まことにごもっとも。
間違いは、次の文「教師一人で処理せず、直ちに管理職に連絡し、指示を仰ぐ」です。
一事が万事トップダウン式の日本社会では、危機管理の処理ステージでも、ついこういう風に考えてしまいがちですが、研究発表vol.9でふれた通り、危機管理のノウハウやメソッドは世界共通です。文化によって左右されちゃいけません。日本人の悪癖は捨てましょう。
第二文と第三文を続けて読んでみましょう。
そして人命にかかわることもあり、速やかな対応を第一とする。教師一人で処理せず、直ちに管理職に連絡し、指示を仰ぐ。
こうすれば第二文と第三文の矛盾がはっきりします。「速やかな対応」といいながら、舌の根も乾かぬうちに「指示を仰ぐ」と遠回りするのは、やっぱり変です。
しかもその上司とやらだって、危機管理訓練バッチリ対処能力バツグンとは限らないのが日本の厄介なところでして、下手に指示を仰げばますます対処が遅れてしまったりして......。
高階先生ご指摘のとおり、対処ステージではスピードが命です。対処が遅れれば遅れるほど、被害は拡大すると思ってください(予防ステージや処理ステージではスピードよりも正確さが大切ですから、上司の指示を仰いでもいっこうに構いません)。
危機管理のプロたるアウトドアガイドがこれを添削すると、こうなります。
そして人命にかかわることもあり、速やかな対応を第一とする。現場の教師の判断でただちに対処を開始する。
これぞ危機管理のグローバルスタンダード。
具体的には、学校で生徒が怪我をしたとき、そこにいあわせた新任の先生が「校長先生、どうしましょうか?」ってんじゃ失格です。
正解は、「校長先生、私はファーストエイドをしますから、速やかに救急車を呼んでください。その次に親御さんへの連絡もお願いします。他の生徒はB先生にお願いしてください」という指示であるべきなんです。
あるいは自信がなければ「校長先生、ファーストエイドしに来てください、私は救急車や親御さんへの連絡をします、B先生は他の生徒をお願いします」でも構いません。
もちろん一人ですべて対処可能と判断すれば、報告は後回しですべて一人で対処してしまっても構いませんし、どうしても自分では判断ができない場合は、判断可能な人(上司、管理職とは限らない!)の応援が必要でしょう。ともかく判断を放棄して、最初から現場にいない上司の判断を仰ごうとするのは、時間の無駄、ダメ危機管理です。
というわけで、「シンプルな指揮系統」の意味するところは、「事故現場に居合わせた人間が、最高指揮官であるべし」ということです。「上司に指示を仰ぐ」のではなく、「現場の人間の判断を尊重し、上司に対しても対処策を命令して実行させ権限を与える」ってのが正解です。
アウトドアガイドに置きかえると、もっと分かりやすいかもしれません。
とあるガイドが、ツアー中にVHFラジオ(あるいは携帯電話)でベースに連絡してます。
「マネージャー呼んでください。......(しばし待たされる)......。
え、いない? じゃ副マネージャーは?......(再び、しばし待たされる)......。
あ、副マネージャー、お客さんがスズメバチに刺されたんですよ。どうしましょう?
え、今の状況? ちょっと待ってくださいね......(今度は、しばし待たせる)......。
えっと、四カ所刺されてて、今は呼吸も脈も止まっちゃってるみたいっす。
どうしましょうか?」
コラ。どうしましょうかじゃありません。ブラックジョーク好きのイギリス人でもこりゃ笑えません。
お分かりですね。危機管理に関しては、日本もNZもアウトドア業界も学校もへったくれもありません。繰り返しますが、メソッドは世界共通です。学校でも会社でも同じことです。
研究発表vol.10で、頭をパチンと切り替えるためには訓練が大切だと書きましたが、要するにこういうことです。
訓練さえしておけば、新任の先生が現場で判断して校長先生に指示を出すことも可能です。逆に訓練が足りなきゃ、指示を求められた校長先生が頭を抱えてフリーズするだけかもしれません。
「シンプルな指揮系統」=「現場の人間が最高指揮官、現場の判断を尊重」を心にとめて、訓練を繰り返しておきましょう。
「現場の平に判断させて、責任問題になったらどうするんだ?」
ってな声が聞こえそうですね、ジャパンあたりから。
ご心配無用、今はあくまでも対処ステージです。責任問題はここでは関係ありません。とにかく事態の迅速な沈静化だけに神経を注ぎ、一番速くて効果的だと思われる方法を選びましょう。
責任問題は次の「処理ステージ」でやるべきことです。
そもそも責任逃れのために判断を放棄し、上司に相談して対処を遅らせる方が、よかれと思って迅速に判断・行動した結果の過失・失敗よりも、よほど罪が重いと思います。
そういうコンセンサスを日本に作り上げてグローバルスタンダードに近づけていくことも、課題の一つかもしれません。アウトドアガイドがそういう動きの先鞭をつけなくて、他に誰がやるんですか? いや、別に教育界がやってくださっても構わないんですけどね、いちおうガイディング研究所ですからガイド業界を応援しておくことにします(笑)
■ 第三ステージ:処理 ■
現場でツアーを担当するアウトドアガイドにとっては、上記二つのステージ、「予防」と「対処」が主な仕事になります。
でもそこで終わってしまったんじゃ困ります。ヒヤリハットや事故の体験は、将来の事故防止に活かさなきゃダメですよね。
あるいは事故によっては補償賠償、場合によっては民事訴訟、刑事訴訟などのややこしい問題も出てくるかもしれません。
というわけで、三つ目のステージ「処理」も忘れちゃいけません。
先ほどちょっと書きましたが、処理には二つの側面があります。一つは類似事故の発生防止のためのフィードバック、そしてもう一つは責任、補償、裁判などです。
当研究所はガイディング研究所ですから、後者の社会的問題は棚上げし、前者の類似事故発生防止のための処理をとりあげることにします。
ここでやるべきことは、予防ステージや処理ステージに比べると、比較的シンプルで分かりやすいです。
- 原因究明:文字通り、事故原因の究明です。
- インシデントレポート作成:事故未満なら「ヒヤリハットレポート」です。
- マニュアル改訂:予防マニュアル、対処マニュアルをバージョンアップ。
分かりやすいっしょ?
でも研究発表vol.10でふれた通り、日本人には事故や失敗を隠そうとする心理が特に強く働く傾向が顕著なので、処理ステージがおろそかになりがちです。「失敗は成功の元」という言葉をよくかみしめて、しっかり処理ステージと向きあいましょう。
なんせインシデントレポートやヒヤリハットレポートは、できる限り広く公開するのが望ましいんです。より多くの人が、類似事故発生防止に役立てられる可能性が広がりますから。
恥ずかしいから公開はしないというなら、それでも構いません。でも内部では、キチンとこの三つのプロセスは踏みましょう。少なくとも身内の類似事故発生防止にはなりますから。
ちなみに「予防」、「対処」、「処理」と書いているので、処理ステージは事故の対処ステージのあとに続くようなイメージを持たれるかもしれませんが、必ずしもそうじゃありません。幸いにも事故にはつながらなかったが(「予防」が功を奏したが)、危うく事故になりそうだった「ヒヤリハット」が起こった場合でも、処理ステージは必要です。この場合は「予防」→「処理」ですね。
やること自体は同じで、原因を究明し、ヒヤリハットレポートを作成し、危機管理マニュアルを見直します。
■ 今回のまとめ ■
- 危機管理は、「予防」、「対処」、「処理」の三つのステージでできています。
- 事故をゼロにするのは無理ですが、「予防」で事故率は下げられますし、被害もおさえられます。
- 「対処ステージ」では、トップダウン式指揮系統は忘れてください。
- 事故はかくさず、きちんと「処理」して将来のために役立てましょう。
- 研究員リュウは地元の収容避難所の側に住んでいるので、災害時にはひょっとするとホントに所長に任命されてしまうかもしれません......(号泣)
■ 次回予告&宿題 ■
さて、次回は、前回の続き、カスタマーケアの問題点其の弐を取り上げようと思います。
というわけで、宿題は同じく「問題其の弐はどういうものでしょうか?」です。他のサービス業の常識が通用しないアウトドアツーリズム業界の二つ目の問題点を考えてみてください。
回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
ではまた!
■ オマケ ■
英語のサイトですが、最近はサイト翻訳機能も発達してきてるので、まぁいいでしょう、ご紹介しちゃいます。
冒頭の雑談に出てきたNZの危機管理災害対策省(適切な訳かどうか知りませんよ)のウェブサイトです。
◎Ministry of Civil Defence & Emergency Management
Twitterにも対応してますね。もちろん僕もフォローしてます。
僕が今回受講した収容避難場所関連の項目はここです。
◎「Welfare provision in the CDEM environment」
これ以外にも、災害関連、危機管理関連の項目が非常に充実したサイトです。お暇なときにウロウロしてみると面白いと思います。特にアウトドアガイドの方は、ぜひ一度ご訪問を。
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