コラム [Viva New Zealand]
「がんばれ」と「Thinking of you」と「Kia kaha」
写真&文:リュウ・タカハシ
2011年6月10日
英会話を習いはじめると、
「『○○○○』って言いたいのに、英語にはそういう言い回しがない!」
という壁にすぐにぶつかります。「よろしくお願いします」、「お世話になります」、「ご苦労様です」などは定番ですね。この手のセリフを封じられると、99.7%の日本人が挨拶ができなくなって立ちすくむそうです。あ、この数字はデタラメだから信じちゃだめですよ(笑)
もちろん無理矢理なら英訳できないこともないんですが、そんな変な挨拶されたって相手は「へ???」って顔するだけですから、かえって挨拶としては逆効果。ここはあきらめて英語流の挨拶を覚えて、それに慣れるのが得策です。つまり、日本流の挨拶を忘れるってのが、大切なポイント。
別に挨拶に限った話じゃありません。外国語を勉強してると、この手の「的確な言い回しがない」というジレンマは、相当上達するまでかなりの期間ついて回ります。
僕も色んな壁にぶつかって数え切れないほどもだえ苦しんだものですが、在住年数が二桁を数えるようになると、逆転現象が起こってきたりするのが面白いところです。つまり
「こういうとき英語だったら『********』っていう便利な表現があるのに、なんで日本語には適切な言葉がないんだ!」
ってなストレスが出てくるんです。
実は「日本語には良い励まし方がない!」ってのが、ここ数年すごく気になってたトピックの一つです。
鬱病に苦しんでる人が「がんばれ」を負担に感じるというと言うのは昔からよく耳にしてましたし、3.11以降は被災者に「がんばれ」が禁句だとあちこちで見聞するようになりました。
英語圏の人がこういうときよく口にするのが
「I'm sorry」
です。別に謝ってるわけじゃありません。sorryには「気の毒に思って;残念に思って」という意味があるので、「お気の毒様です」といってるわけです。でも謝罪の言葉とまったく同じことを口にするのが面白いですよね。これならいわれた方も、負担には感じないでしょう。
他にポピュラーなところで、
「I'm thinking of you」
ってのもあります。日本語で「あなたのことを考えています」なんていうと、クサイ口説き文句みたいですね。英語でも口説き文句として使えるらしいんですが、励まし、お見舞いにも使える便利なセリフです。僕が昨年暮れに脚を折ったときに職場から届いた寄せ書きお見舞いカードにも、過半数の同僚がこのセリフを書いてくれていました。これもやっぱり、言われて負担に感じる言葉ではありません。
このように、謝ってるのやら口説いてるのやらよく分からないのが、英語の励まし言葉の定番なんです。
こうやって日英を並べてみると、面白いことに気づきませんか?
英語の方は主語が一人称、つまり「『私は』あなたをお気の毒に思う」、「『私は』あなたのことを考えてます」と、あくまでも自分の思いを相手に伝えようとしてるんですね。
ところが日本語の「がんばれ」や「負けるな」ってのは、主語が二人称、つまり「命令形」なんですよ。気づいてました? 僕もこれに気づいたときはビックリしました。何気なく使ってた言葉なので、英語と比較してみてやっと気づいたんですが、そりゃたしかに被災者や鬱病の方たちが嫌がるはずです。
僕はもともと非常識な上に口べたなもんで、挨拶の類がとっても苦手で無口だったわけなんですが、このことに気づいてからは日本語の挨拶に対する苦手意識にさらに磨きがかかり、ますます無口でハードボイルドなオッサンと化しています。
日本語にも、もっと汎用性の高い、「私」を主語にした、「あなた」に何も命令しない・押しつけない励ましの言葉ってないもんでしょうかねぇ?
無いなら、作ってしまいましょうか。
実は日本語にも、悲嘆に暮れている人に対する一人称主語の挨拶があります。「ご愁傷様です」がそれ。ただし使える場面があまりに限定的すぎます。この挨拶をたたき台にして、汎用性を高めるべく改良してみたらどうでしょう?
この中の「愁う」という言葉は使えそうです。「うれう」には別の字「憂う」もありますね。どちらも、挨拶を口にする一人称が主語の動詞です。そしてうまい具合に、この二つを重ねた「憂愁」という言葉もあるじゃないですか。
これって、英語の「I'm sorry」や「Thinking of you」のニュアンスで使えそうな気がしませんか? しますよね? してください、じゃないと話が進みません。
というわけで満場一致で「ご憂愁様」ってのはどうでしょう? 「お気の毒でなりません、あなたのことを考えてます、何か力になれればいいんですが」という気持ちだけをこめ、相手に何も命令しないた挨拶です。「ごゆうしゅうさま」、いかがなもんでしょ?
ま、アホな言葉遊びはさておき、本当にどん底の状況で苦しんでらっしゃる方に「何も命令しない、何も押しつけない」優しい言い回し、日本でもどなたか賢い方に考えていただいて、一刻も早く普及すると良いなと思ってます。
ところで英語の場合は、逆に日本語のような「がんばれ」と命令する言葉が貧弱です。あることはあるんです、「Come on!」、「Hold on!」、「Hang on!」などがそういうニュアンスです。とはいえ「Come on!」は「それ、いけっ!」ってな感じだし、残りの二つは「あとちょっとの辛抱だ!」ってイメージなので、被災者や病人にかけるお見舞いの励ましには、どうもしっくり来ません。
そこでNZの場合、クライストチャーチ震災への励ましにマオリ語が使われてます。妻Ryokoのエッセイニュージーランド歯をくいしばってのんき暮らし「折り鶴に祈りをこめて」にも書いてあるとおり、「Kia kaha」です。英語では「Be strong」と訳されますが、日本語だと「がんばれ」と訳すのがぴったりです。
ちなみにクライストチャーチの被災者から「Kia kaha!」っていわないでくれっていう苦情が出てるなんて話は、耳にしてません。やっぱり日本人が「がんばれ」といわれるのとは、ニュアンスが違うんですね。
言葉の違い(=文化の違い)って、ホントに面白いなと思います。
残念なのが、日本の中学校や高校の英語教育が、こういうところを教えてくれないことです。十年以上暮らしてみて痛感するんですが、外国語を学ぶ意義ってのは、外国語というフィルターを通して自国語、つまり自国文化を発見しなおすことができるってのが、すごく大きいと思うんです。「too ~ to ~ = so ~ that S can't ~」なんてパズルみたいな文法を教えるよりは、こういうことを教える方が100倍ためになると思うのは、僕だけでしょうか???
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