ライフスタイル [手作り生活]
手作りのススメ ビール編#1
文・写真:内田一成
手作りのススメ
なぜ、今、手作りのススメなのか。時代がたいへんなことになってしまったから、俄に生活防衛のために手作りしようというわけではなく、ずっと、「身の回りを手作りのもので埋め尽くそう」と考えてきて、ようやくこれから本腰を入れて『手作り生活』に取り組む決心をして、開始しただけで、そんなところに、折良く??社会情勢が重なったというわけで、それ以上の他意も含意もない。
どうせやるなら「家作り」からと、昨年は2泊3日のストローベイルハウス作りのワークショップに参加したりして、やる気は満々なのだが、そうした大物に手を出すにも予算もないし土地もないしで、とりあえずは手近なところから取り組むことにした。
そもそも、ぼくが手作り志向なのは、エコやサステイナブルといったことから発想しているのではなく、このコラムでも度々紹介している、幼い頃の様々なものを当たり前に自給していた暮らしを取り戻したいと切に思うからだ。
茨城の片田舎にあった実家は、田舎にしては猫の額ほどの100坪あまりの敷地だったが、その三分の一は祖母が耕した家庭菜園程度の畑で、傍らに常に鶏が二、三羽いる鶏小屋があり、葡萄だなや柿の木、梅の木など食用になる樹木も植わっていた。
祖母、父母、ぼくと妹の五人家族の野菜と卵はほとんど自給できて、小さな物置には、いつも漬け物や梅干し、梅酒などのストックがあった。醤油、味噌、砂糖などは近所の雑貨屋で量り売りしていて、肉や魚は行商から買っていた。無駄なゴミはほとんどなく、わずかに出る生ゴミは畑の横に掘った穴に投入して、土をかけると数日で分解されて、肥料として畑に還元された。
今、あの頃の暮らしを思い出すと、なんて豊かで充実していたのだろうと、目が潤んでしまうほど懐かしい。生活の些細な部分にまで深い意味があり、意識せずともいつも恵みに対する感謝の気持ちがあった。
ぼくは1961年の生まれだが、小学校の高学年に差し掛かる頃......ちょうど大阪万博が開かれた1970年頃......までは、田舎はまだ大量消費社会の波を被っておらず、そんな「前世紀的」なのんびりした生活が営まれていた。
それが万博あたりを境に、カラーテレビや電話(携帯じゃなくて電電公社の有線のほう)が普及しはじめ、どの家庭でも自家用車を持つようになると、『消費は美徳』といった今に繋がるスローガンが叫ばれて、大きく社会が変わっていった。
まあ、40年も経てば時代がガラリと変わってしまうのは当たり前なので、手作り生活を実践して、昔へ回帰したいと思っているわけではない。『消費は美徳』という押しつけられたスローガンを鵜呑みにしてしまったことを反省し、この新たな社会の変革期に合わせて、もう一度、昔の生活のいいところを見直し、取り入れ直していきたいと思うのだ。
その第一歩をぼくは『手作り』からはじめたいと思うのだ。
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・手作りは安心だ
・手作りは安全だ
・手作りは安価だ
・手作りは安らぎを感じさせてくれる
・そして何より手作りは「楽しい」
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祖母に尻を叩かれて、畑仕事や漬け物を手伝わされていたときは、それが楽しいとは思わなかった。だが、今は、そうした思い出を与えてくれた祖母に感謝したい気持ちで一杯だ。
といったわけで、まずは、たまたま手に入ったビール作りキットから、手作り生活の再スタートを切ることにした。
ビール編#1 仕込み
**手作りビールセットの中身。・「うまいビールの素"B"プレミアム」907g1缶、ビール酵母・作り方説明書、王冠(100個)、打栓器、洗ビンブラシ、ホームブルースプレー、発酵容器セット(発酵容器(20L)・タップボトルフィラー(オリヨケ付)・エアーロック・シール温度計)。e4ショップの『手作りビール新基本セット』**
ビール造り=醸造というと、大手酒造メーカーの専売特許で、素人が軽々しく手出しできないもののような気がするが、欧米では家庭で気軽に醸造が楽しまれているという。今回使うビール造りキットもそうした欧米の家庭向けキットに日本語の簡単なパンフレットを添付したといった体裁だ。
日本では酒税法の問題があって、庶民が気軽に酒を造ることができない。それも「醸造」というハードルを高く感じてしまう原因の一つだが、このキットでは、酒税法に触れないようにアルコール度数を押さえられるので、胸を張って「醸造」に勤しむことができるのだ。
ビール手作りキットは、ビール作りから瓶詰めに必要な材料が全て揃っている。これで1万円弱で、あとは必要な数だけのビンと砂糖を用意すればいい。総額でもちょうど1万円程度。一度ここまで揃えてしまえば、次からは1500円程度の「ビールの素」を買えば、何度でも醸造できる。この醸造樽で約16リットル作れるので、大瓶換算で23本弱、ほぼ1ケース製造できるというわけだ。
イニシャルコストこそやや掛かるものの、あとは1500円で1ケース、大瓶1本あたり約70円となる。これはビール好きにはたまらない。
とはいうものの、手間をかけて失敗しては悲しいので、失敗しないコツを周囲の経験者に聞いてみた。すると異口同音に返ってきたのが、「とにかくアルコール消毒をしっかりやること、それだけ」とのこと。細かい手順や神経質な管理は必要なく、仕込んだらほったらかしておけばいいとのことなので、まさに手作り初心者向けだ。
●第一日 2月7日
**男ヤモメの一人暮らしでゴミ溜めと化していたシンクの掃除・消毒から取りかかる。じつは、 いちばん大変だったのはこの作業だった(笑)**
**さらに醸造樽と空気栓や蛇口などのパーツを洗浄・殺菌する。殺菌は、 付属のアルコールスプレーで**
「殺菌にだけ気をつければいいなら簡単だ」と、高をくくっていたものの、いざ作業を始めようとして、男ヤモメの一人暮らしでは、これがけっこう難題であることにいきなり直面してしまった。
食べ散らかしてほったらかしとなった食器やらトレーがスモーキーマウンテンがごとく山を成した台所のシンクは、ビール醸造以前に、荒んだ生活スタイルを質さなければならないことを如実に物語っている。
そこはしかし、「ビール醸造を企てたおかげで、生活改善の意識も芽生えてくるとは、やっぱり手作り生活はいいものじゃわい」とご都合主義に考え、腕まくりしてシンクを磨き上げた。そして、2時間あまりの格闘の末に、ピカピカになったシンクを見て、「よしよし、これで、今日の作業は大満足だ」と、危うく本来の目的を喪失しそうになる。
きれいになったシンクの上に醸造樽を置き、その内外と空気栓や蛇口といったパーツも入念に洗浄して、台所全体を燻蒸殺菌するかのごとくアルコールスプレーを吹きまくって殺菌する......アルコール充満の室内で、危うく、こっちまで『殺菌』されそうになったが。
**洗浄・殺菌の終わった醸造樽にパーツを取り付けて、準備完了**
醸造樽のセッティングを終えたら、いよいよ仕込みだ。
うちにはまともな鍋もないので、これを急遽調達し、まともなガスコンロもないので......昔から「生活感のない奴とよく言われてきたが、今は生活感どころか生活の片鱗もない(笑)......、ティファールで湧かした湯を借りてきた鍋にマニュアルに従って2リットル張って、ここに『ビールの素』 1缶と砂糖600グラムを投入する。ビールの素は、水飴状の非常に粘りけの強い液体で、缶を開けるとかなり強い納豆に似た匂いが鼻を突く。それが次第に麦芽糖のような甘い匂いに変化していく。
ほんとうは、ここで味見をしてみたかったのだが、「殺菌、殺菌」という言葉が頭に染みついていたせいで、雑菌いっぱいであろう指をこの怪しげな液体に突っ込むことができなかった。考えたら、缶に残ったわずかな液体を舐めてみればよかったのだが、そのときは作業に手一杯で思いもつかなかった。
**醸造の材料は、麦芽とホップの混合液である「ビールの素」と砂糖、イーストの三つだけ。 添加物のない健康的な飲み物であることがわかる**
**ビールの素は、水飴状の粘りの強い液体で、 かなり強い納豆のような匂いが鼻を突いてくる**
**沸かした2リットルのお湯に、ビールの素と砂糖600gを入れて、よく溶かす。煮沸はせず、 まだこの段階ではイーストは入れない**
あらかじめ醸造樽に10リットルの水を入れておいて、ここにビールの素と砂糖を溶いた液を流し入れる。
水は、本来はミネラルウォーターがいいらしいのだが、今回はあえて蛇口から出てくるさいたま市の上水道の水を使うことにした。これで果たして旨いビールが造れるのか、いずれミネラルウォーターで仕込んだものと比較しようと思う。
ところで、これまた生活感のない話だが、醸造樽に張る水を計量するカップがないので、代わりにいつもアウトドアで使っている容量目盛りつきのナルゲンボトルで500mlずつ量りながら20杯で10リットルを計量した。「...... 18、19、20杯」と、ようやく規定量を入れ終わってから、傍らを見ると、 2リットルのミネラルウォーターの空きペットボトルが床に転がっていた......。
最終的に全量が16リットルになるように調整して、液の温度が18~26℃の範囲内にあることを醸造樽に貼り付けられたシール温度計で確かめ、ビールの素に付属のドライイーストをサラサラと投入する。
以上で、第一段階の仕込みは終了だ。
**10リットルの水の中に、「ビールの素」と砂糖の混合液を流し込む**
**液の全量が16リットルになるように調整し、液温度18~26℃の間にあることを確かめて、 ドライイーストを投入する。イーストが液面全体にサッと広がり、いかにも「戦闘開始!!」 といったたのもしい様子**
今回ははじめての仕込みということもあって、殺菌にかなり神経質になって、それだけが手間に感じたが、仕込み作業自体は、材料を溶いて、さらに醸造容器に入れた水に混ぜるというただそれだけでとてもあっけないものだった......自分の性格を考えると、二回、三回と仕込みをするうちにだんだんずぼらになって、いずれ殺菌が疎かな故の産廃を作り出すことは目に見えているが(笑)。
発酵に適当な温度は、18℃~26℃とあるが、今の季節でも仕事場の隅に置いてストーブを焚いていると、樽の温度計は20℃近くを指している。睡眠中や留守の間は10℃以下となるので、その分、発酵の進み具合は遅いだろう。それでも、通常の1次発酵の目安である5~10日より若干長めの2週間くらいでビンに移せるのではないだろうか。
これから、数日毎に経過報告をしていく予定なので、お楽しみに!!
**仕事場の傍らに鎮座する醸造樽。この中で、酵母が一生懸命仕事してビールを作っているのかと思うと、 躾けのいいペットを飼っているような気分になる。トラベラーズノートのリフィルを一冊卸し、「手作り日記」にした**
●第二日 2月8日
朝起きて樽の温度を見ると16℃。やや低い。発酵しているかどうか気になるが、怖いので、まだ中は見ない。
●第三日 2月9日
朝、室温は7℃まで下がっている。樽の温度は12℃。容器を透かしてだが、上面に泡が溜まっているのがわかる。発酵を始めているようだ。
今日は、今にも雪が降りそうな底冷えの日で、ストーブをつけていてもなかなか樽の温度が上がらないので、試しにシュラフを巻きつけてみた。
毎日メールで配信されてくる『日刊こよみのページ』をふと見ると、今日の十二直(北斗七星の動きから吉凶判断する歴注)は『危(あやぶ)』で、「酒造りだけは吉、他は全て凶」とあった。
気になって仕込みをした一昨日の暦を調べてみると、酒造りに関しては特段の記載はなくてホッとした。余談だが、今日の二十七宿は『翼』で、「種まき、出行などに吉。婚礼は離婚に至る」とあった。「......離婚に至る」と、自信を持って断定するところが、なんとも潔い(笑)。
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