テーマ [森]
身近なフィールド「森と林」を見直す
今から3年ほど前のこと。昔、アウトドアのイベントなどを一緒に行っていた友人と、久しぶりに再会した。
彼、梅木智則氏は、根っからのアウトドアズマンで、リバーカヌー、ロッククライミング、テレマークスキーとオールラウンドにこなせるオーソリティで、若い頃は「ジャングルに落ちた一滴の水の旅」(マレーシアのバラム川300kmの川下り)で95年オペル冒険大賞特別賞受賞したり、まだ草創期のアドベンチャーレースに挑戦するなど、かなり先鋭的な活動をしていた。
「梅木さん、最近はどんなことしてるの?」
と、問いかけると、
「じつは、今は木登り一筋なんですよ」
と、意外な答えが返ってきた。
先鋭的なアクティビティが得意な彼の口から出て来た、「木登り」という長閑な響きの言葉が、どうもピンとこない。
「木登りと言っても、子供の頃のように木に縋って枝を掴んで登ったり、日本の林業家がやるように職人芸のような技術で登るんじゃなくて、ロープとハーネスを使うんですよ」
ぼくの訝しそうな表情を見て、彼は言った。
そこで、『ツリーイング』という言葉を初めて聞いた。
木登りといっても、実質は高い木の枝にロープを掛け、ハーネスで宙づりになって登るロープクライミングだと、彼は説明してくれた。
それにしても、様々なアクティビティをこなしてきた彼が夢中になる『ツリーイング』とは、どんなものなのだろう......俄然興味が湧いてきた。そして、さっそく彼に体験会を開いてもらうことにした。
会場となったのは、埼玉県上尾市にある水上公園。ここは、ナラやクヌギ、カシ、桜などの大木が林を成している。その一角にロープがたくさん垂れ下がり、空中にハンモックが渡されていた。
さっそく、梅木氏が登り方の説明をしてくれる。
枝に掛けたスリーブと呼ばれる筒の中をロープが通り、そのロープの末端をもう一方に垂れたロープの途中に結びつける。すると、スリーブを支点とした細長い輪ができる。その輪にぶら下がって、ツリーイング独特のロープの結び方を使って、輪を縮めていけば、体は自然に昇っていく。言葉で説明してもなかなかイメージし難いが、これは、実際にロープにぶら下がってみると、うまく考えたものだと感心させられる。
ロープが直接木に触れないので、摩擦によるロープの消耗や、木へのダメージも少ない。また、枝が出た又の部分にロープを掛けるので、枝が折れる心配もない。ツリーイングは、元々、アーボリスト(樹芸士)と呼ばれる木の上で作業する技術者が、安全に効率よく作業をするために考えられたもので、高い樹上でノコギリやチェーンソーを使って剪定ができるように、安定した姿勢でロープに宙づりになっていられるよう工夫されている。
体をハーネスでロープに吊るし、腕力で昇っていくのではなく、フットループと呼ばれる鐙用のロープに立ち上がることで体を上に持ち上げていく。階段を上るのとほとんど同じ要領で垂直に10mも軽々と上がっていけるのだ。
子供の頃に木登りをしたといっても、枝伝いに昇っていけるのはせいぜい4、5m。昇っても木にしがみついていなければならないから、周囲をのんびり見渡す余裕もない。その点、ツリーイングでは、楽々とフリーで木に登る倍の高さまで達し、そこで余裕をもって景色を眺められる。さらには、樹上に渡したハンモック「ツリーモック」に移って、そこでランチを楽しむといったこともできる。
どこにでもありそうな街中の公園。その木に取りついて登り始めると、急に景色が変化しはじめる。普通ではあり得ない位置から周囲を見渡してみると、木の枝に止まった鳥たちが、ぼくたちが想像するのより遙かに広い世界を見ていたことがわかる。その視界の広がりが新鮮だった。
そして、木と一体になっていることで、風に柔軟にしなる感じや、木肌に触れたときの温もりも、今までに経験したことのない感覚で、ぼくもツリーイングというアクティビティに一回で惚れ込んでしまった。
「とにかく、一度経験してもらえばわかりますよ」
と、梅木氏は言ったが、確かに、この新鮮な驚きは体験してみないと味わえない。
アウトドアアクティビティというと、どうしても「大自然」へとイメージが飛躍してしまう......3000mクラスの山を縦走したり、シーカヤックで透き通った海に浮かび、無人島に上陸してキャンプしたり......。そうしたダイナミックなアウトドアアクティビティももちろん素晴らしいけれど、ふと、身の回りを見渡せば、林や森がそこら中にある。何しろ、日本の国土の約70%は森林で、街中にも木々が多い。今まで、アウトドアアクティビティの対象としてなどまったく考えていなかったそんな森や林に目が行くようになると、日本が非常に自然に恵まれた国であることが、あらためて感じられる。
3年前のこの体験会をきっかけとして、梅木氏がツリーイングに魅かれていったのと同じように、ぼくも、木と向き合って、木に触れる体験を深めれば深めるほど、このアクティビティの魅力と、森や林というフィールドの魅力に取り憑かれていった。
**3年前の春、初めて「ツリーイング」を体験する**
**月並みに思っていた公園の景色が、ほんのわずか7、8m登っただけで、別の世界に変わることに感動する**
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