カルチャー [書評]
The Mysteries of Harris Burdick
文&写真:リュウ・タカハシ
2011年11月28日
中学生の時、城をのせた巨岩が虚空に浮かぶ絵に出会い、時を忘れて凍りついたことがある。ルネ・マグリットという画家の名やシュルレアリスムというジャンル名を知るのはずっと後のことだ。
つい最近ある本と出会って、30年以上前のあの衝撃が鮮やかに甦ってしまった。たとえばこんな絵が収められてる本だ。
MR LINDEN'S LIBRARY
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He had warned her about the book.
Now it was too late.
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彼はちゃんと本の注意事項を彼女に伝えた。
でももう手遅れだ。
THE SEVEN CHAIRS
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The fifth one ended up in France.
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五つ目は、フランスに行ってしまった。
ANOTHER PLACE, ANOTHER TIME
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If there was an answer, he'd find it there.
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もし答えが存在するなら、きっと彼はそこで見つけるだろう。
こんな調子で、それぞれ何の関連もない14枚の絵が並んでいる。そう、たった14枚。つまり画集ですらない、薄い絵本だ。
しかし、それぞれの絵の饒舌さはご覧の通り。横に添えられた短いキャプションがさらにイマジネーションを刺激して、1枚1枚時を忘れて見入ってしまう。まるでマグリットとの出会いの再現だ。
実は14枚の絵に先だって、これらの絵の由来が巻頭に記されている。
著者(映画『ポーラー・エクスプレス』の原作者として有名なクリス・ヴァン・オルスバーグ氏)の友人ピーター・ウェンダース氏は児童書出版社勤務。
あるときハリス・バーディックと名乗る人物が14本の物語を売り込みに来た。渡されたのは1枚ずつの挿絵と一言ずつのあらすじ。興味をもったウェンダース氏は完全な原稿を所望し、バーディック氏は再訪を約束して絵をおいて立ち去ったが、二度と現れることはなかった。
30年後ウェンダース氏は隠居を期にオルスバーグ氏に絵を譲った。
この短いエピソードを1滴たらすだけで、14枚の絵がみるみるうちに動き出し、14本の短編、いやあなたの想像力次第では14本の映画にも負けない長編連作に化けてしまう仕掛けには、つくづく恐れ入った。シュルレアリスムの真骨頂を通り越して、もはや魔法だ。
児童書として売られてる本だが、むしろ脳ミソが少し乾涸らびた大人が雑事を忘れてしばし呆然とするための道具として必携という気がしている。我が家でも、この本の定位置は子供部屋ではなく、僕の書斎のPCの横だ。
もちろん英語の読めない小さな子どもにだって、極上の絵本だが。
実は村上春樹氏による日本語版『ハリス・バーディックの謎』も出ている。未読だが、きっと上のような拙訳とはひと味もふた味も違う、良い訳なのだろうと思う。
でもここは一つ、原書版の雰囲気をご自分で味わうことをお薦めしておこう。短いキャプションはとても平易だし、そもそもこれは眺めてぼぉっとするための本なので、オリジナルの方が絶対によろしい、と決めつけてしまう。
いやもちろん、あなたが春樹ファンだったら、ムリにとはいわないが(笑)
ま、日本語版か英語版かを問わず、くりかえしぜいたくな時間が楽しめる14本の物語がつまってこの値段ってのは、とてもお買い得だ。
The fifth one ended up in France.
Now, it's your turn.
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