カルチャー [書評]

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The Survivors Club

文:リュウ・タカハシ
2009年9月17日

 今週末から日本に一時帰国。滞在期間はたった3週間なのに、イベントやら講演やらの仕事が目白押しで「休暇」からはほど遠いが、それでも二年ぶりの日本は楽しみでワクワクしている。

 が、喜んでばかりもいられない。準備が山積みだ。
 今回は危機管理関連の仕事が多い。もちろん今までだって危機管理は仕事の中であつかってきたのだけど、今回はストレートな危機管理講座の講演などもあって、いつもよりクローズアップされてる感じ。中には某県商工会議所青年部の研修会に招かれてのビジネスマン向け講演もあったりするので、今回はビジネス危機管理の本も含めて何冊か関係書類を手に勉強しなおしてみた。
 ビジネス危機管理の本は退屈だったが、そのかわり何気なく手に取った本の中に、面白くて面白くて読むのが止められない大当たりがあった。

The_Survivors_Club.jpg この『The Survivors Club: The Secrets and Science that Could Save Your Life』がその本。ブラッド・ピット主演の映画を彷彿とさせるが、関係ない。
 僕は図書館員だから年間数千冊に目を通すわけだが、『リュウの選ぶ書籍大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最有力候補は、今のところコイツだ。

 だが困ったことに『The Truth About Killer Dinosaurs』と同じく、日本語版が出てないのね......。なんだかそんなのばっかり紹介してるなぁ。
 この本の場合は発行が今年なので、ひょっとするともうすでに誰かが翻訳作業に入っているのかもしれない(そう願いたい)が、未確認なので良く分からない。場合によっては確認をとってみて、誰も着手していなければ僕が翻訳してやろうかと思うくらい、ぜひとも日本に紹介したい一冊。
 そんなわけで、今は英語版しかない状態だけど、またもや紹介してしまうことにした。
(文末の追記の通り、2010年2月に日本語版が刊行された。)

 サバイバルの本というと、おおむね二つのタイプがある。
 一つは実用ノウハウ本。災害から身を守る秘訣だとか、アウトドアサバイバル術だとか、グリーンベレーのサバイバル術だとか、都市で犯罪から身を守る方法だとかを詳細に解説した書籍だ。
 もう一つが、実際にサバイバル体験した人を取材したドキュメンタリー。本人の手による手記もこれに含まれる。

 ところがこの本は、両者の間をとったような斬新な構成で、まずその手法そのものが面白い。具体的には、筆者が色んなタイプのサバイバーを訪ねて彼らの生還の秘訣を考察し、今度はそれを専門に研究している科学者のところに足を運んで、その秘訣の有効性を裏付けていくという手法。

 しかし切り口の面白さだけではない。内容そのものがとてつもなく面白い。
 たとえば「Ninety Seconds to Save Your Life(生死を決する90秒)」と題された第3章では、どう見ても一瞬で全員死亡としか思えない衝撃映像で全世界を震撼させた飛行機事故(僕は今でもあの映像をよく覚えている)から、奇跡的に生還したサバイバーの一人を取材した後、筆者は航空機事故の専門家をたずねて「飛行機事故は助からない」「飛行機は前の方が危険」などの、我々の間違った常識をことごとくひっくり返し、さらに知られざる客室添乗員の業務(能力)に仰天させてくれる。
 たとえば飛行機事故にあった人の生存率は、実際には何%かご存じだろうか? 何とこの本によると、95.7%だそうだ。死亡率ではない。生存率だ。飛行機事故そのものがまれな上に、死亡率はわずか4.3%。
 そして飛行機事故で死ぬ人は、そのほとんどは衝突のショックではなく、脱出に失敗したのが原因だそうだ。脱出失敗の原因には「どうせ事故ったら死ぬんだ」という態度がきわめて大きく影響を及ぼすのだとか。
 聞くところによると、日本では「危機管理なんてやったって仕方ない。事故に遭うときは遭うんだ」という態度の人も少なくないようだが、これを読むと膝を正さざるを得なくなるだろう。

 あるいは第8章「The Science of Luck(幸運の科学)」は、幸運悪運は本当に天が決めることで、人智の及ばないものなのかを検証している。
 確かにお金を落としやすくて事故にあいやすい不運な人と、お金をしょっちゅう拾ってるし一度も事故にあったことのない幸運な人がいて、サバイバル以前の段階でそもそもスタートラインが違うように見える。彼らが同じ車に乗ってて事故にあっても、前者は大怪我、後者はかすり傷ですむのかもしれない。これは天の采配だからしかたない、とあきらめがちだ。
 しかし結論から言えば、このテーマに取り組んだ科学者が「幸運も悪運も、自分の責任」と結論づけ、しかも「つまり運の悪い人を、運の良い人に変える方法もある」と、なんとも頼もしいことまで書いてある。
 再び「危機管理なんてやったって仕方ない。事故に遭うときは遭うんだ」という人は、襟を正すことになる。

 こんな風に各章に、いや、ページをめくるたびに衝撃の事実があらわれて、寝食を忘れてしまう。さらに後半には、「あなたはどんなタイプのサバイバーか?」なんていう判定のページもあるんだから、読者を飽きさせずに最後までどんどん読ませてしまう。大した手腕だ。

 章が多いので、ドキュメンタリーとしては個々の事例の掘り下げは十分ではないし、ハウツー本としてはメソッドの細かい説明が足りないのだが、そういう中途半端さを感じさせるどころか、むしろ「よくぞここまで取材した」、「なるほど、同じテーマをサバイバーと研究者の両方に取材して並べるという手法があったのかぁ」と感嘆させられる。何よりも「ゲゲゲッ、そうだったのかぁ!!」という目から鱗の事例が目白押しなので、非常に満足度が高い一冊だ。

 心理学の用語など、少々ややこしいものが出てくるが、なに、どうせこういうのはネイティブだって読み飛ばしているに決まっている。それ以外は比較的平易な言葉で書かれているので、英語アレルギーの方以外には超おすすめ。

 しかしあんまり面白すぎて、かんじんの仕事の準備を放り出してついつい読みふけってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ、時間がぜんぜん足りなくなっちまったじゃないか......。





■ 追記(2010年5月29日) ■

 この記事をアップした直後に、関係者の方から日本語版出版準備が進んでいるむねのご連絡をいただきましたが、どうやら今年2月に無事翻訳出版されたようですので、お知らせします。ホンット、お奨めですよ。



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