カルチャー [書評]
ムツゴロウの人生上達の術
文:リュウ・タカハシ
2009年7月17日
大工がDIY雑誌を毎号愛読してるなんて話はあまり聞かないし、科学者が素人向け科学雑誌をコンビニで買ってたら変だ。一般向けの本・雑誌って、その道の専門家には物足りないに決まってる。
アウトドアだって事情はいっしょ。僕の場合もガイディングの参考にしようと、各種図鑑や歴史、地理、レスキュー、天候、危機管理、接客、あるいは教授法などの専門書は必要に応じて調べてたけど、一般的なアウトドア本・雑誌にはいつしか一切目を通さなくなった。
もちろんアウトドアのプロが皆そうだってわけじゃない。仕事から帰ったらアウトドア雑誌を読み、休みの日にはもっと激しいアウトドアスポーツで身体を痛めつけるのが好きな、心身ともに余裕たっぷりの同僚もたくさんいた。でも僕にとっては、仕事だけで身体も心もいっぱいいっぱいのあっぷあっぷだった。
思えば哀しい話だ。好きで好きでたまらなくて結婚した彼氏なのに、あれよあれよという間に腹が出はじめぇの、生え際が後退しはじめぇの、TV観ながら鼻毛抜きぃの、そこらで屁をこきぃの、パンツに手ぇ突っこんでボリボリかきむしりぃの、あぁ何をトチ狂ってこんな粗大ゴミなんかといっしょになったんだろう、アタシってば......、ってのとよく似てる。ん? 似てない? 関係ない? あ、そうですか。
あれれ、横で家内が笑死してる。身に覚えでもあるんだろうか? まさかね。
えっと、何だっけ? そうそう、プロになってアウトドア本を読まなくなったって話。
そんなわけで、アマチュア時代は「歩くアウトドアカタログ」と呼ばれていた僕だが、いまどきの道具はなぁ~んにも知らない。ジェットボイル? 聞いたことくらいはあるな。たしかジェット燃料をつかって3秒で湯を沸かすストーブだっけか? 違うの? 飛ぶんだっけ? それも違う? ま、いいや、別に。
ただ、こんなすれっからしにとっても、とびきりの良書ってのはやっぱり面白い。そうした数少ない本物の中の本物に巡りあったときの喜びは、アウトドア本なら何でも楽しいという人にはわからないだろう。いわばすれっからしならではの愉しみといったところ。
すれっからしの頬をゆるませる手練れといえば、たとえば開高健氏のエッセイ。あるいは日本では無名かもしれないがイギリスののブッシュクラフト専門家Ray Mears氏の著書の数々。日本で彼に張り合えるのは、関根秀樹氏と遠藤ケイ氏だろうか。
こうした巨人たちの本は、やっぱりすごい。彼らの作品に共通しているのは、内容が専門書の域に達していたり、作品世界が余人を寄せつけないレベルに到達しているところ。でも一般人が気軽に読めるというのが何より素晴らしい。
そして最近このリストに加わったのが、畑正憲氏。ムツゴロウさんは昔から動物王国のTV番組でおなじみで、ムツゴロウシリーズの小説も学生の頃に何冊か読んだことはあったのだが、彼がここまで本腰を入れたアウトドアズマンだということは、うかつにもまったく知らなかった。
動物王国の王様なんだから、ちょっと考えてみりゃアウトドアズマンでないはずがないんだけど、なぁ~んで気づかなかったかな?
再認識のキッカケは、『ムツゴロウの人生上達の術』。
ただこれは、厳密にはアウトドア本ではなくて、人生を充実させるためのヒント集。
私は、人生の充実には、大義名分は必要がないと信じている。
自分の中の生きている部分、命がよろこぶ生き方が一番いいのではなかろうか。
「はじめに」からの抜粋だが、この言葉どおり、彼が自分の命をよろこばすためにやっている趣味の数々のムツゴロウ式上達法をつづってある。目次をみるとアウトドア、スキューバダイビング、釣、乗馬などのアウトドアに関する話が約三分の一、残りは海外旅行、語学、競馬、麻雀、グルメ、ペット、ゴルフ、囲碁と、多彩なことこの上ない。どの話題もとことんのめりこみまくった人間にしかかけない深い含蓄にあふれていて、彼がいかに楽しく人生を送ろうと努力しているかがひしひしと実感でき、彼の持っている常人の数十倍のエネルギーを、少しお裾分けしてもらえるような気がする名著。
趣味の高じやすい男性にはもちろん文句なく面白いが、畑氏自身が「はじめに」の中で、子供が巣立ってしまって人生にポッカリと穴があいた女性のことにも言及し、本文を読んでてもどうやら女性読者を意識していると思われるところが少なくないので、アウトドアには無縁のお母さん方にもお奨めできる。
ただし、アウトドア技術のマニュアル本ではない。彼なりの多少のコツのようなものも書いてあるが、プロの目から見るとどれもあくまでも「ムツゴロウ流」という感じで万人に通用するやり方だとは思えない。細かいメソッドを学ぶための本ではなく、あくまでも彼のいうとおり上達法のヒントにするための本だろう。
ともかく、すれっからしがお薦めするのだから、レベルの高さはおして知るべし。これからのシーズン、台風で家に降り込められることもあるだろう。そんなときのために、この一冊を机の端っこに待機させておいても損はないかと思うが、いかが?
最新記事
- The Mysteries of Harris Burdick (2011年11月28日)
- Physics of the Future (2011年7月 8日)
- 瀬戸内国際芸術祭でトークライブ(2010年10月21日)
- "Born to Run 走るために生まれた" (クリストファー・マクドゥーガル)(2010年5月15日)
- 『レイラインハンター --日本の地霊を探訪する--』(2010年4月16日)
この記事のトラックバックURL
https://e4.gofield.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/247