カルチャー [書評]

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魚柄仁之助の楽膳のすゝめ

文:リュウ・タカハシ
2009年7月10日

 常識にとらわれるな、自分なりの発想をしろ、なんてセリフはよく聞く。誰でもいう。そこら中で聞く。
 でも魚柄仁之助氏ほど奔放な超合理的発想をする人には、めったにお目にかかれない。

 美味しくて、調理が簡単で、健康にもいい食事を月9,000円(当時)でまかなおうってのは、常識人なら思いつきもしない非常識&不可能だった。それをさらりとやってのけるどころか、後になって「実は7,500円だったが、見栄をはって9,000円にした」なんて告白するんだから、カッコイイ。

 さらに彼は、自分の開発した型破りなオリジナルの方法さえ、あまり重視していない。彼が大切にするのは「やり方」じゃなくて、そこに至る「発想」。一人一人の発想が大事だから、結果として出てくるやり方も万人にピッタリとは限らない。
 だから、平気で「自分のやり方を真似しようとしたって、そう簡単にはいかないだろうし、真似したって意味はない」と言い切る。カッコイイにもほどがある。

 カッコよさにしびれまくった僕は、彼の著作を片っ端から読みあさり、心の師と仰いだ。
 だからといって、僕のヒゲロン毛は別に彼を真似したわけではない。じゃぁ誰の真似かって? もちろんオーランド・ブルームだ。ウソ

 当然ながら彼の料理法はとても理にかなっていて、手早く簡単なのが多い。アウトドアにもピッタリだし、料理下手、忙しい人には救世主だ。
 現役シーカヤックガイド時代は、料理も仕事のうちだったわけだが、彼の「発想」がどれだけ役に立ったか、いちいち書いてたらきりがないほど。強風で火力が安定しないときに10人前のご飯を鍋で炊くのはけっこう厄介だが、保温調理法を使えばまず失敗しない。
 二口のバーナーで10人前フルコースを料理するのも、彼の方法論を使わないと、やたら時間がかかって話にならない。実際他のガイドたちは、僕の倍近く時間をかけてたり、もう一つツーバーナーをムリして持ち込んでたりしたようだ。

 彼の発想法は、何も料理に限らない。話は経営学や環境問題、ライフスタイルなどにも縦横無尽に及ぶ。一貫して「常識を疑って、独自の合理的な発想」を重視するので、痛快無比。

 さらにもう一つ彼のすごいところは、人間をよく観察しているところだと思う。
 机上で合理性を追求する人は、たくさんいる。学者とか研究者といわれる人たちは、皆そうだろう。でも彼らのアイディアが必ずしもうまく機能しないのは、人間の行動心理を考慮していないのが一因、ってことも多々あるらしい。社会主義革命なんてその最たる例かもしれない。

 ところが彼は人間の行動をよく観察し、気分的に取っつきやすい実践メソッドを考え出す達人。
 「環境に良いですよ」というと一過性の流行に終わるかもしれないが、「安上がりで簡単で身体に良いですよ」といえば定着する可能性が大きいという意見は、当たり前といえば当たり前の話。でも世の中の言説をあらためて眺めてみると、この当たり前をキチンとおさえている人の何と少ないことか。
 この点については、僕自身も大いに自戒せねば。

 たとえばリサイクルだって同じだろう。ボランティア運動をベースにしてると、流行、風潮が変わればすたれるかもしれないが、ビジネス(古道具業)として成立すればうまく循環し続ける可能性が高いという彼の意見は、卓見だと思う。
 僕は何でもかんでもボランティア頼り、善意頼りってのは、まったく信用していないのだけど、その考え方の基本は彼から学んだ。
 確かに善悪の基準は、時代の空気でいとも簡単に変わる。天皇陛下万歳からアメリカ礼賛へ、モーレツからビューティフルへ、国土改造から地球にやさしいへ、価値観はどんどん変わる。そのたびに「善意」も「ボランティア」もコロリと変わる。
 これも自戒。

uotsuka.jpg さてさて、そんな彼の著作にふれるようになって早十数年。一番よく読みかえしている本は何かと考えてみると、僕の場合はどうやら魚柄仁之助の楽膳のすゝめ―安い、早い、簡単、うまい、そして体にいい-めしの極意 (マキノ出版ムック)のようだ。
 続編で魚柄仁之助のもてなし楽膳―手間かけない、金かけない、ゴミ出さない、楽膳の極意 (マキノ出版ムック)ってのもあるが、こちらはあまり読まない。

 僕は家では料理をしないので、心身ともに疲れてて「何か軽いものを読みたい」と思った時に、楽しく気軽に読めるギャグ混じりのこのレシピ本を手にとっていることが多いようだ。

 発想法がどうの行動原理がどうのっていう話は、この本には一切書かれていないが、彼の基本姿勢はすみずみまでキチンと行きわたっていて、やっぱり読んでて気持ちが良い。

 つまり、実用レシピ本としても、楽しい読み物としても使える一冊で二度美味しい本。もちろんちゃんと料理まですれば、三度美味しい。さすが魚柄師匠、なんてお得なんでしょう。

 また読みたくなってきた。明日の午後は、これ読んで昼寝するとしよう。




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