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    <title>カルチャー</title>
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    <updated>2010-01-28T04:19:51Z</updated>
    
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    <title>bed in a tree</title>
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    <published>2010-01-28T04:51:56Z</published>
    <updated>2010-01-28T04:19:51Z</updated>

    <summary>旅が大好きだ。日本にいるときは重度のノマド症候群患者だった。建物も好きだ。若い頃からセルフビルドにあこがれ、ようやく三年ほど前に自宅をなんとか形にした。だから、旅館、ホテルの類はもちろん大好きだ。</summary>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2010年1月28日</p>

<p>　旅が大好きだ。<br />
　ニュージーランド（以下NZ）に移民したら、なぜか憑きものが落ちたように悪い虫がおさまってしまったが、日本にいるときは「嫌いなところは『ここ』、行きたいところは『ここ以外ならとりあえずどこでも』」などとほざく重度のノマド症候群患者だった。</p>

<p>　建物も好きだ。<br />
　若い頃からセルフビルドにあこがれ、迷走に次ぐ迷走の末、ようやく三年ほど前に<a href="http://e4.gofield.com/life/archives/newzealand/">妻</a>がデザインした自宅をトンカチノコギリ振り回してなんとか形にした（ものの、永久に完成しそうにないのは、やはりセルフビルドの宿命......）。巨大なクラフトワーク、本当に楽しかった。</p>

<p>　だから、旅館、ホテルの類はもちろん大好きだ。<br />
　とはいっても、大型のホテルや旅館にはあまりひかれない。気になるのはやっぱり家族経営程度の小さな宿で、オーナーの遊び心がのびのびと全開しているような建物。旅の計画中にそんな宿を見つけたら、もうその旅はもらったも同然である（とは限らないのが、旅の難しくも面白いとこ）。</p>
<p>　そんな僕にとって、この本<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/0756642515?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=0756642515">『Bed in a Tree: And Other Amazing Hotels from Around the World』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=0756642515" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />は「うわぁ、やられたぁ！　卑怯なり！！」ってなシロモノ。<br />
　いや、きっと僕だけじゃないはず。旅が嫌いな人はめったにいないし、この本に登場するような超個性的な宿の数々を見て頬がゆるまない人も、なかなかいないはずだ。なんせ我が家のガキどもでさえ、「あ、ワンちゃんの家！　これに泊まれるの？　泊まりたい!　行こうっ！　あ、お魚の家！　あ、氷の家！」と大騒ぎ。タイトルだけ見て「ツリーハウスの本かな？」と勘違いして買ってしまった人だって、きっと後悔しないで「ヒョウタンから駒」と納得できることうけあい（ホントか？）。</p>
<br /><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bed_in_a_tree_474x474.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/bed_in_a_tree_474x474.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="474" width="474" /></span>
<br /><br />

<p>　ようするに世界中の超個性的な宿を紹介したホテル・ガイドブックなのだが、表紙に写ってる四軒だけでも、この本の恐ろしさがうかがい知れようというもの。<br />
　左上の写真が本のタイトルになっている「Bed in a Tree」、樹の上のベッドなる物件。樹齢500年の樹のしつらえられた地上数mのウッドデッキの上に、屋根もないままにベッドがポンと置かれている。ただ事ではない。<br />
　右上の「Glass-Floor Villa」は、ごらんの通り窓の外をお魚が泳いでいる物件。恐ろしすぎる。<br />
　右下の「In a Seashell」は巻き貝をモチーフにした美しい物件。海をテーマにした宿なんて腐るほどあるが、建物自体が巻き貝などという凝った物件は、そんじょそこらにあるはずもない。とんでもない。<br />
　左下は「Glass Igloos」は読んで字のごとく、イヌイットの氷の家をガラスで再現したファンタジー感あふれる物件。素敵すぎる。</p>

<p>　こんな調子で、いや、実はこんなのは序の口というようなすごい物件が、この他に23軒も全ページカラーで紹介されている。素晴らしい。ページをめくっていると、文字通り時を忘れる。旅先じゃあるまいし、のんびりしている場合じゃないというのに......。</p>

<p>　ちなみに僕がため息混じりで毎日のように眺めているのは、冒頭に登場している「Ball in a Tree」。ツリーハウスの一種なんだけど、文字通り完璧な球体を林の中にいくつもぶらさげた宿。球体が金属とか樹脂とかだと興ざめだが、ここはなんと木製。スターウォーズ・エピソード6に登場するイォークの森みたい。カナダはバンクーバー島だそうだ。良く造ったなぁ、泊まりたいなぁ。<br />
　もう一つよだれを垂らしつつ眺める物件は、三つ目に紹介してある「Earthships」。この物件だけ章のネーミングに工夫がない。というのも、この<a href="http://images.google.co.jp/images?hl=ja&client=firefox-a&rlz=1R1GGGL_ja___NZ355&hs=Bp4&q=earthship&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi" target="_blank">アースシップ</a>っていうのは工法の名前そのものだからだ。僕らも自宅計画中に、ゴミを再利用して建てるこのエコ工法に出会い、友人の大工（オランダ人）に「オレ、アメリカでアースシップ建ててたぜ。建ててやろうか？」とまでいわれたこともあるのだが、ゴミがここまで壮麗な物件に化けるとはつゆ知らず、あまりエコでない家を建ててしまった。後の祭りでドンジャラホイ。よし、次に家を建てるときは、絶対にアースシップだ。</p>

<p>　例によって例のごとく、今のところ日本語版が出ていない英語書籍だが、上記の通り全ページ美麗なカラー写真満載の本なので（さすがはドーリング・キンダースレイ社）、英語なんて読めなくったってなんの問題もなく写真集として楽しめる。<br />
　今ならどうやらアマゾンで値引き販売してるようで、2,400円弱で買えてしまうというんだから、こりゃ超お得だ。しかも、この手の本には珍しいことに2011年4月末日まで有効の宿泊料10％割引券がついている（ただしすべてのホテルではない）ので、もし一軒でも実際に泊まることになれば、この本の購入価格なんていとも簡単に元が取れてしまう！　いうことなし。<br />
　ただし日本の宿は残念ながら一つも紹介されていない（NZは、北島と南島からそれぞれ一軒ずつ登場しているが）。この本が売れて、日本の宿がフィーチャーされた第二弾がでるといいなぁ。</p>

<p>　ちなみに<a href="http://e4.gofield.com/culture/archives/000307.php">『The Survivors Club』</a>を「『リュウの選ぶ書籍大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最有力候補」とご紹介したが、2009年も残すところあと数日というときにあらわれたこの本が結局大賞をかっさらってしまった。この本は、スゴイ。これらのホテルを造った人たちも、エライ。<br />
　よし、金貯めて片っ端から泊まりに行くぞ！</p>
<br /><br />
<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0756642515&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

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    <title>脱常識の世界史　最終回</title>
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    <published>2009-11-19T04:02:05Z</published>
    <updated>2009-11-19T22:01:12Z</updated>

    <summary>実際に自分で家を建ててみたりしているうちに、だんだんと疑問がわいてきた。はたしてソーラーエネルギー、特に太陽発電ってのは、割にあうシロモノなんかいな？と。</summary>
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        <![CDATA[ <p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2009年11月19日</p>

<p>　江戸時代に興味を持つキッカケは杉浦日向子作品だったか池波正太郎が先だったか、今でははっきり覚えていないが、どちらにしろ二十代半ば頃だったはずだ。</p>

<p>　そして「江戸モノ」にアンテナを張っているうちに<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062636123?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062636123">『大江戸リサイクル事情』石川英輔 (講談社文庫)</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=4062636123" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />に出会った。それまでは僕の中で「江戸」ってのは単なる趣味的な位置づけだったが、江戸のサステイナブル社会という側面を解説したこの本は、僕のナチュラリストな部分を大いに刺激してくれた。年々消費エネルギーとゴミが増え続ける現代社会と比べて、江戸がずいぶんと先進的にうつった。<br />
　今の世で江戸のシステムをそのまま再現するのはナンセンスだが、少しでもサステイナビリティをあげるには、まず化石燃料にたよる率を下げてもっとソーラーエネルギーを活用せねば、ってな具合に、江戸趣味と環境への関心が合体したわけだ。</p>

<p>　ところが実際に自分で家を建ててみたりしているうちに、だんだんと疑問がわいてきた。はたしてソーラーエネルギー、特に太陽発電ってのは、割にあうシロモノなんかいな？と。<br />
　太陽光パネル自体の値段が高いの安いのっていうだけの単純な話ではない。パネルを作るときに使うエネルギー量とか、パネルの耐用年数なども全部計算に入れて、果たして発電量はちゃんと「元がとれる」んだろうか？</p>

<p>　というのも、<a href="http://e4.gofield.com/life/archives/000167.php">妻Ryokoが連載第一回目にかいている</a>通り、太陽光をアクティブに利用（太陽発電、太陽温水システムなど）する家を造るのはえらく高くつくので、貧乏人の我々は結局化石燃料に頼る家しか建てられなかったわけ。太陽光利用が本当に効率がいいのなら、こんなことにはならないはずでは？？？　これって、何かおかしいのではないのか？？？<br />
　太陽光パネルを作ってる会社は、パネルを生産するときのエネルギーも含めて全部太陽発電でまかなって、ちゃんと利益を出していけてるのだろうか？<br />
　もし太陽光発電の効率が悪いとすると、極端な話「太陽光利用は環境に悪い」って可能性もあるのでは？？？</p>

<p>　そこでちょっとググッてみたんだけど、僕の検索技術がヘボなせいか、これだという回答にはぶつからなかった。</p>

<p>　今後がんばって少しずつ太陽光をもっとアクティブに利用できる家に改造していきたいっつー思いは、もちろん今でもある。でもこの辺のもやもや感も、何とか解消したいなぁと思っていた今日この頃なのであった。</p>

<p>　そしたらアナタ、あった、あった、ありましたよ、明快な回答！<br />
　つい先日終了したばかりの<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090901/203916/" target="_blank">『脱常識の世界史 - 人口とエネルギー源が起こす地殻変動』</a>という連載がやたら面白くて、毎回目からウロコをぼろぼろ落としつつ楽しく読んでたのだが、なんとその<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091021/207734/" target="_blank">最終回</a>が、まさにこの「江戸時代はエコ」という話をまくらに「太陽光発電の『不都合な真実』」を、僕のような文系アウトドアズマンにもきちんと分かりやすく解説してくれているではないかぁ！</p>

<p>　ちなみにこの<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091021/207734/" target="_blank">日経ビジネスオンライン</a>というサイトは、<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/info/reguser/" target="_blank">会員登録（無料）</a>しておかないと2ページ目以降が読めないので少々敷居が高い。特に僕なんて、経済と聞くとクシャミと涙が、政治と聞くとジンマシンが出る体質なので、どうも登録するのがおっくうで敬遠していた。<br />
　でも登録（すぐにすむ）してみると、確かに読み応えのあるコンテンツがけっこう揃っていて、なかなか面白い。特にこの『脱常識の世界史 - 人口とエネルギー源が起こす地殻変動』は、わざわざ登録して読む値打ちあり（なんか日経の回し者みたいになってきたな......）。</p>

<p>　閑話休題。<br />
　人口とエネルギーの関係から歴史を見直すというのは、少なくとも僕にとっては今まで見たことも聞いたことのない斬新な視点で、この論点で魔女狩りや少子化や人口爆発、狩猟から農耕への移行、そしてなぜ石油がエネルギーのチャンピオンなのか、などなどの多彩な話題が、次々に見事に解きほぐされていくさまは、まるで手品を見ているような驚きと喜びがあった。</p>

<p>　問題の最終回だが、これは僕にとっては相当に効くワンツーパンチだった。<br />
　まず人口・エネルギーで斬った江戸は、石川、杉浦、池波諸氏の書物から得られるイメージとは相当に違った側面を見せてくれる。</p>

<p>　そして本題の太陽光発電は、僕の疑問にきっちりした回答を提供してくれる。1950年代の原子力推進政策と今の太陽光政策の類似性の指摘は、確かにいわれてみればその通りなのだが、そこまではまったく気がついていなかった愚鈍な僕には、いささかショックでもあった。</p>

<p>　結論は「地球環境問題は恐ろしく厄介な問題で、安易な解決策などあり得ないという予感」にとどまり、具体的な代替案が提出されていないので、人によっては「なんだ、尻切れトンボかよ！」と突っ込みたくなるかもしれない。<br />
　だがこの連載に関しては、あえて安易な代替案を出すかわりに、「脱常識」の視点を提供することに思いっきり力が注いであり、そこが新しくもあり、大切なところでもあるので、基本的には代替案なき批判は相手にしないことにしている僕も、この連載に関しては例外的に「これで良い」と感じた。<br />
　代替案に頭をひねるのは、僕ら一人一人の役割だろう。少なくとも我が家では、この連載が今後の家造りや暮らしぶりの大切な指針になりそうだ。</p>

<p>　大幅加筆の上で書籍化されるとのことなので、今から楽しみにしている。</p>

<br /><br />


<p>参考書籍</p>

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4062636123&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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    <title>HOME</title>
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    <published>2009-10-27T08:53:47Z</published>
    <updated>2009-11-11T05:12:49Z</updated>

    <summary>&quot;Mother Earth&quot; &quot;Gaia&quot; &quot;Water Planet&quot;...... 地球が人類にとってかけがえのないものであることを言い表す様々な言葉がある。どれも、今のこの環境危機の時代にあって、ズシンと心に響いてくる言葉だ。</summary>
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/file_20091026T112132777.JPG"><img alt="file_20091026T112132777.JPG" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/10/file_20091026T112132777-thumb-400x300.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="400" /></a></span><p><br /></p><p align="right">文:内田一成</p><p>　"Mother Earth" "Gaia" "Water Planet"......
地球が人類にとってかけがえのないものであることを言い表す様々な言葉がある。どれも、今のこの環境危機の時代にあって、ズシンと心に響いてくる言葉だ。潤いに溢れ、様々な生き物を育み、稀有な存在として宇宙に浮かぶ星。</p>
<p>　だが、一方でこれらの言葉は観念的で美しすぎ、現実の垢にまみれて生きている「生活者」の視点からは、
どこか遠い存在にも感じられてしまう。</p>
<p>　昨年公開された"Earth"という作品があった。氷が消えつつある北極、そこに住む白熊の追い詰められた状況から、世界中の生物を追いかけながら、環境悪化の現実と地球の自然の素晴らしさが語られていく。まさに、マザーアースを実感させる作品だった。
</p>
<p>　だが、まだ、「生活者」の感覚からは遠い感じを抱かせた。</p>
<p>　"HOME=家"、このシンプルな言葉は、「生活者」としての我々の感覚にすんなりと入ってくる。</p>
<p>　極地や熱帯雨林、タイガ、草原、砂漠......地球の「生=なま」の姿を丹念に追う一方で、集約された農業や畜産、都市、スラムといった、
近年に人間が改変して行った地球の姿が対比されていく。</p>
<p>　生=なまの自然は、見る者を無条件に神々しい気分にさせる。一方、人が自分たちの効率を追求するために作り上げた様々なモノは、周囲から調和を欠き、醜く見える。　</p>
<p>　"HOME"は何も語らない。だが、そこで綴られていく光景を見ていくうちに、「ゴミの中に住んでいると、自分の周囲を満たすものがゴミだとは次第に感じられなくなり、無感覚になっていく」といった思いが募っていく。</p>
<p>　快適な暮らしを享受する一方で、そのつけを押しつけられる人と土地がある。自分が住む小さなHOMEは快適で清潔でありながら、そこで生み出されるゴミは、車の窓から平気で捨て、様々な廃棄物も近所に垂れ流しする。きれいで現代的な小さなHOMEの周囲は、悪臭紛々たるゴミに覆われ、飢えて病んだ人たちが喘いでいる。</p>
<p>　小さなHOMEのエゴが大きなHOMEをどんどん破壊し、汚染していく。大きなHOMEがなくなれば小さなHOMEは成り立たない。
</p>
<p>　一方、古来の生活を守り、自然と共生した"小さなHOME"を営む人たちもまだ存在する。それが、
この"HOME"という作品の救いとなっている。</p>
<p>　長い時間をかけ、全地球を取材したこの作品は、Youtubeなどで無償公開されている。1時間半あまりの素晴らしいHD映像をいながらにして観られる。これは、インターネットの素晴らしい恩恵の一つだと思う。</p> ]]>
        
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    <title>パーマカルチャー　(ビル・モリソン／レニー・ミア・スレイ著　農文協刊)</title>
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    <published>2009-10-03T00:48:07Z</published>
    <updated>2009-10-08T00:44:38Z</updated>

    <summary>環境問題のキーワードとして、永続性=サステイナブルとともによく使われる「多様性」という言葉があるが、本書では、本来自然が備えている多様性を取り戻すことの重要性がわかりやすく説かれる。そして、自然界が多様性を生み出す原理を知り、これを利用することが、パーマカルチャーの本質であることが具体例の積み重ねから理解できてくる。</summary>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<div class="entry-content">
		<div class="entry-body">
			<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/img_20091003T000631799.jpg"><img alt="img_20091003T000631799.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/10/img_20091003T000631799-thumb-400x268.jpg" class="mt-image-none" style="" height="268" width="400" /></a></span>
<p><br /></p><p align="right">文・写真: 内田一成<br /></p><p>　7月上旬、ビッグサイトで開かれた東京国際ブックフェアを訪ねた。</p>
<p>　長らく出版不況と言われ続けているが、確かに、ブックフェアの会場を見渡すと、全体の人手も少なく、モーターショーかと思うようなコンパニオンを配したり有名作家のトークショーなどでなんとか盛り上げようとする大手出版社のブースも対して関心を集めていない。
</p>
<p>　そんな中、ただラインナップを平積みして並べているだけなのに、立錐の余地もないほど客を集めていたのが、社団法人・
農山漁村文化協会、通称「農文協」のブースだった。</p>
<p>　農文協といえば、月刊誌『現代農業』を筆頭に、農業や食にまつわるテーマの出版物を長年手がけている専門出版社で、今までは相当に地味な印象があった。そんな農文協が大手総合出版社を尻目に賑わっている。</p>
<p>　妙な活気に引き込まれるようにしてブースに足を踏み込んで、並んだラインナップを見ると、いずれも今もっともホットなテーマである環境や食の安全、そしてサステイナブルなライフスタイルに絡んだもので、みんなが熱心に内容を吟味している。ぼくも、人垣をかいくぐって、片っ端から立ち読みしてみる。</p>
<p>　農文協の本といえば、体裁も内容も地味な印象があったが、そこに並んでいる本は垢抜けたデザインで、内容や文体も専門的な話を取り上げていながら、とてもこなれていて読みやすいものばかりだった。</p>
<p>　結局、今年のブックフェアの印象は、「農文協が時代の波に乗った」の一言に尽きた。ラインナップを見れば、もう、時代が環境志向になることを見込んで、農文協なりの展開を何年も前から図っていたのだろうから、こちらが農文協のセンスに今まで気づかなかったといったほうがいいかもしれない。</p>
<p>　さて、今回紹介する『パーマカルチャー』も、このとき手に取った本の一つだった。</p>
<p>　昔、図書館で借りて読んだ記憶はあるのだけれど、失礼ながら農文協から刊行されたものだとは思わなかった。ブースで平積みになっている懐かしい表紙を見つけて、はじめて気がついた。奥付を見ると初刷が1993年で2008年が17刷となっている。農文協が今、時流に乗ったように、この本も地味に命脈を保ちながら、近年、部数を伸ばしたものだろう。</p>
<p>　以前読んだときは、農業の現場を知らず、将来実現したい田舎暮らしの参考にといった意識だったため、斜め読みしただけで、内容があまり記憶に残っていなかったが、今回は、e4プロジェクトで有機農産物を扱ったり、有機農法に関わる人を取材して記事にしたりしていたこともあって、最初から、心に文章がしみこんできた。</p>
<p>　「パーマカルチャーという語そのものは、パーマネント(permanent)とアグリカルチャー(agriculture)をつづめたものであるが、同時にパーマネントとカルチャーの縮約形でもある。文化というものは永続可能な農業と倫理的な土地利用という基盤なしには長くは続きえないものだからである......</p>
<p>　パーマカルチャーの基盤をなすのは、自然のシステムの観察と、昔からの農業のやり方の中に含まれている智恵、そして現代の科学的・
技術的知識である。それは生態学的モデルにもとづいたものではあるが、パーマカルチャーは「耕された」生態系(cultivated
ecology)を作り出す。すなわち、通常自然の中で見られる以上に多くの、人や動物の食物を生産しうるシステムをデザイン、設計するのである......</p>
<p>　パーマカルチャーは、自然に流動している比較的無害なエネルギーを用い、豊富に得られる食物や天然資源を用いて、しかも絶えず地上の生物を破壊していくこともなしに、われわれがこの地球の上で生存していけるようにするシステムである......」</p>
<p>　<a href="http://e4.gofield.com/">e4プロジェクト</a>では、阿波有機と協同で、有機農法によって農地の健康が蘇り、<a href="http://e4.gofield.com/feature/0905_nabetsuru/">ナベヅルが飛来するようになった田んぼから獲れた米</a>や、良質で安全な肥料になるミミズ糞土の商品化を進めている。阿波有機がプロデュースする徳島と小松島の農家や農業法人を取材すると、ここで、まさにビル・モリソンがパーマカルチャーで唱えているコミュニティとしての永続的で循環的な農業が実践されていると実感できる。</p>
<p>　そんなバックボーンがあって本書をあらためて読むと、ビル・モリソンが40年近く前にすでに、今、
社会が求めている永続的で健康的な暮らしの具体像を描き、試行錯誤の後に、それを確立していたことに驚かされる。</p>
<p>　環境問題のキーワードとして、永続性=サステイナブルとともによく使われる「多様性」という言葉があるが、本書では、本来自然が備えている多様性を取り戻すことの重要性がわかりやすく説かれる。そして、自然界が多様性を生み出す原理を知り、これを利用することが、パーマカルチャーの本質であることが具体例の積み重ねから理解できてくる。</p>
<p>　阿波有機の取り組みを取材していても、単一作物を大量生産する近代農業よりも、多様な作物を有機で栽培する農業のほうが収量が多い上に、人の手がかからず、また農薬使用によるリスクもなく、
まさに良いことづくめであることが理解できる。</p>
<p>　ただし、それを実践するためには、土地の性質を見極め、常に大地と対話しつつ、迅速に対応していく必要がある。土壌検査キットを使って酸性度やミネラル含有量を分析し、作る作物に合わせた土壌にするために、有機肥料やミネラルを添加する。さらに、作物の生長や病害虫の発生に合わせて、土壌の性質を調整したり、天敵や微生物を利用して作物を守っていく。それは、非常に知的な作業で、農業は高度な科学であり、思想である。</p>
<p>　本書では、さらにグローバルな視点から、気候帯や気象条件に合わせたシステムの構築の仕方とその維持方法が解説される。</p>
<p>　環境問題を云々するとき、頭でっかちの都市生活者の発想では、「地球を守らなければ」
といった上からの目線で地球=大地を眺めているように思える。だが、モリソンは、幼い頃から地球=大地と向き合ってきた大地の生活者としての目線で、環境を保全することは、自分たちが健やかで豊かに暮らすことに繋がると、明快に解き明かしてくれる。</p>
<p>　具体的な生活の方法論の中に、含蓄のある言葉が散りばめられ、時には痛烈な文明批判、反権力の姿勢を表明する。</p>
<p>「......問題は、大規模事業における権力の集中だ。人々に『石油の節約』を呼びかけるのには、多額の金が費やされる。ところが一つのコミュニティ、あるいは小さな街に燃料の自給自足を可能にしてくれるような、あまり金のかからない燃料抽出植物は『不採用だ』
とくる。その意図は明らかだ。つまり、石油会社がアルコール燃料の支配権をにぎるまでは、石油や石油製品、つまり鉛と汚染にとどまることを当然のこととして求めているのだ......</p>
<p>　(現代の教育制度に浸透している)競争心の哲学を、自由な結びつきのなかで協力し合う考え方へ改めること、物質に頼った不安定さを慈愛に満ちた人間性に改めること、また個人意識を集団意識に、ガソリンをカロリー(自分の足であるくことなど)に、金を産物に改めること、そういうことが必要なのだ」</p>
<p>　こうした言説を40年以上前から唱えてきたビル・モリソンの先見に敬意を表すると同時に、破滅的な状況を迎えた今の今まで、それをリアルにとらえられなかったことに恥ずかしさを覚えなければならないだろう。</p>
<p>　そして、改めて、パーマカルチャーの思想とシステムを生かした社会の実現に向かっていかなければ、ぼくたちは、近い将来、死滅してしまうだろう。</p>
<p><a href="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/file_20091003T000636315.jpg" target="_blank"><img title="DSC_0401" alt="DSC_0401" src="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/img_20091003T000632880.jpg" height="201" width="300" /></a><br />
<font color="#666666" size="2">**パーマカルチャーにおける動物が受け持つ機能の図式。生態系の中での個々の生物の役割が、
      随所で図式で説明されていて、とてもわかりやすい**</font></p>
<p><a href="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/file_20091003T000637257.jpg" target="_blank"><img title="DSC_0399" alt="DSC_0399" src="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/img_20091003T000633772.jpg" height="201" width="300" /></a><br />
<font color="#666666" size="2">**ニワトリの体温を利用した温室の保温システム。とにかく、徹底したエネルギーの高効率化がパーマカルチャーの一つの肝でもある**</font></p>
<p><a href="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/file_20091003T000638228.jpg" target="_blank"><img title="DSC_0400" alt="DSC_0400" src="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/img_20091003T000634603.jpg" height="201" width="300" /></a><br />
<font color="#666666" size="2">**ウサギ小屋の下に土壌改良の切り札であるミミズを置き、糞を自動的に良質の肥料に変換するシステム。ちょうどe4プロジェクトでミミズ糞土を取材し、さらにミミズ糞土の製品化を行っているところなので、ミミズの利用法をとても興味深く感じた**</font></p>
<p><a href="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/file_20091003T000743942.jpg" target="_blank"><img title="DSC_0402" alt="DSC_0402" src="http://obtweb.typepad.jp/obt//media/img_20091003T000742080.jpg" height="201" width="300" /></a><br />
<font color="#666666" size="2">**人間が視覚的に「美しい」と感じる風景は、じつは自然界の中では整然としすぎていて不自然であり、安定を欠いている。カオスとまではいかないが、雑然とした中に健全な多様性が含まれている......
      物事の見方をもう一度見直してみる必要があるということを痛切に感じさせられる**</font></p>
		</div>
		
		
	</div> ]]>
        
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    <title>n°__f°</title>
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    <published>2009-09-24T09:43:53Z</published>
    <updated>2009-10-08T00:37:54Z</updated>

    <summary>n°__f°は、昨年12月から刊行を始め、この9月に計4号が発行された。それを通読し、並行して表現されていたサイトを味わっていると、パタゴニアがより身近に、そしてますます自分の内にあるもっとも親しみ深い心象世界として迫ってくる。</summary>
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/DSC_0246.JPG"><img alt="DSC_0246.JPG" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/09/DSC_0246-thumb-400x268.jpg" class="mt-image-none" style="" height="268" width="400" /></a></span><br /><br /><div align="right">文・写真: 内田一成<br /></div><br />　子供の頃から広大な風景に対する憧れがあった。<br /><br />
<p>　ぐるりがすべて地平線まで続く草原。空には鈍色の雲がたれ込め、冷たい風が吹き渡っている。その草原の真ん中に一人佇み、ただひたすら風に吹きさらされている。そして、気づかぬままに悠久の時が経ち、ぼくは細かい砂となって広い大地に拡散していく......。
</p>
<p>　何度も、そんな夢を見た。</p>
<p>　いつしか、その荒涼とした草原は「パタゴニア」という具体的な地名と結びついた。それは、中学か高校の地理で南米の「パンパ」
という大草原の存在を知ったことがきっかけだったかもしれない。</p>
<p>　ぼくが幼い頃から白日夢のようにイメージしてきたその光景は、ガルシア・マルケスやボルヘスの作品を読むうちに、南米の風景として定着し、チャトウィンの『パタゴニア』に触れることで、確信へと変わった。</p>
<p>　そんな話をnさんとは夢中になって話した。nさんは、ぼくの心象風景としてのパタゴニアを同じようにイメージしてくれた。</p>
<p>　"n°__f°"は、nさんが南米チリに住むfさんとネットを通じて、互いの心象風景を交換したトポロジカルなpoetペーパーともいえる作品で、 n°= 35°27' N Yokohama
Japan　と　f°= 33°38' S Santiago de
Chileという地球の向こうとこちらの季節の風景とその風景に込められた想いがシンクロして、独特の世界観が形作られている。</p>
<p>　f°の世界では、湿った冷たい風が絶えず吹きすさび、それが人を拒む荒涼を生み出す、まさにマルケスやボルヘスの世界。でも、そこには自然が無機質で冷たいからこそ、人々は鮮やかな色彩で身の回りの世界を横溢させ、ひたすら朗らかに生きようとする。だが、人の生は儚く、気がつけば自然の無機質の力の前に色彩は色褪せ、荒涼に飲み込まれていく。だが、それが哀しいわけではなく、人々は代々、その移ろいを淡々と受け継いでいく。</p>
<p>　n°の世界では、繊細で色彩豊かな世界にあって、人は逆に自己の存在をひたすら透明にしていこうとする。
優しく吹き抜ける風のように、息を詰め、あるがままの自然の中に消えゆくようにして、自然を見つめる。</p>
<p>　そんなf°とn°の世界が並列的に置かれると、何故か、対極にあるはずの世界がどちらも馴染み深く懐かしい世界に見えてくる。結局、
「荒涼」といい「繊細」といっても、そこはマザーアースが人を包み込んでくれる世界であることに変わりがないということなのかもしれない。
</p>
<p>　子供の頃から、f°の世界に憧れてきた。そして、n°の感性に生まれ育った者として、f°の世界でも、自分はその荒涼の世界に
「無化」していきたいと思う。</p>
<p>　n°__f°は、昨年12月から刊行を始め、この9月に計4号が発行された。それを通読し、並行して表現されていたサイトを味わっていると、パタゴニアがより身近に、そしてますます自分の内にあるもっとも親しみ深い心象世界として迫ってくる。</p>
<p>　そろそろ本当のパタゴニアがぼくを呼んでいるのかもしれない。</p>
<p>■<a href="http://www.mitsubachi-kibako.net/nf/">n°f°</a><br /></p>]]>
        
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    <title>山男たちの死に方</title>
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    <published>2009-09-22T06:25:21Z</published>
    <updated>2009-10-08T00:50:12Z</updated>

    <summary>ぼくが登山を始めたのは1970年代の半ばだった。それから80年代の半ばまで、憑かれたように山に通った。この頃は、少人数で高峰にラッシュをかけるアルパインスタイルやソロの全盛期で、登山や冒険の世界は活気に溢れていた。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/DSC_0386.JPG"><img alt="DSC_0386.JPG" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/09/DSC_0386-thumb-403x600.jpg" class="mt-image-none" style="" height="600" width="403" /></a></span><br /><br /><br /><p align="right">文・写真: 内田一成<br /></p><p>　ぼくが登山を始めたのは1970年代の半ばだった。それから80年代の半ばまで、憑かれたように山に通った。</p>
<p>　この頃は、少人数で高峰にラッシュをかけるアルパインスタイルやソロの全盛期で、登山や冒険の世界は活気に溢れていた。</p>
<p>　<a href="http://obtweb.typepad.jp/obt/2006/11/post-5357.html">ラインホルト・
メスナー</a>が次々に無酸素単独行で8000m峰を制覇し、日本でも超人的なクライマーが輩出していた。植村直巳、長谷川恒夫、
加藤保男といったこの頃のクライマーは、それぞれに個性的で、自分独自の登山スタイルあるいは冒険スタイルを持っていて、彼らの記録を読んだり、ときには講演会を聴きに行ったりして、とても影響を受けた。</p>
<p>　今のように登山がアクティビティ化、スポーツ化しておらず、山に登るという行為は、命を掛けた自己確認ともいえるものだった。大量の人と金を動員し、国家の威信をかけて高峰に登ったり、極地を目指すのではなく、人に頼らず、ただひたすらに自分とだけ向き合って、未知の世界へと臨んでいく。人類の可能性を自分の身を持って拡張することが、トップクライマーや冒険家の目標だった。</p>
<p>　自分では、そこまで先鋭的な世界はついに憧れで終わってしまったが、どうせ死ぬなら病院のベッドや座敷ではなく、山で死にたいと思っていた。雄大な自然と対峙し、自分の体力と気力の限界を尽くしてその自然に臨み、精根尽き果ててそこで命を終わらせたい...
 ...そう思っていた。</p>
<p>　この時代に活躍したぼくの憧れのクライマーたちは、まさにそのようにして、山に散っていった。彼らは決して山で死のうと思っていたわけではない。自分の技術を磨き、超人的な体力と気力を身につけ、入念な下準備とシミュレーションを重ね、そして臨んだ先に死が待っていた。彼らは、死に際して、無上の満足感を持ち、そしてちっぽけな人間の命をいとも簡単に奪う自然の崇高さと向き合った感動を胸に抱いたまま自分の運命を受け入れた。そんな、山に散っていった男たちの生きざまをスポーツノンフィクションの名手、山際淳司が丹念に掘り起こしていったのが本書だ。</p>
<p>　1982年、厳冬期のエベレストに登頂を果たしながら、力尽きたパートナーを見捨てず消息を絶った加藤保男に始まり、1980年にグランドジョラス北壁で遭難死した森田勝、新田次郎の『孤高の人』のモデルとなった加藤文太郎、槍ヶ岳で遭難死した後
『風雪のビバーク』として手記が出版された松濤明、本書が出版されたときにはまだ存命だった長谷川恒夫といった、いずれも日本だけでなく世界の登山誌に名を刻むクライマーたちの死に至る足跡が紹介されている。本書では詳しく紹介されていないが、84年にマッキンリーで消息を絶った植村直巳もまさにこの時代を代表するクライマーだった。</p>
<p>　本書の中で存命でありながら、多く紙数が費やされている長谷川恒夫もまた、91年にウルタルⅡ峰で還らぬ人となった。山際淳司は、この長谷川の死に大きなショックを受け、この年に再版した本書を『みんな山が大好きだった』と改題した。</p>
<p>　「男にとって"幸福な死"と"不幸な死"があるとすれば、山における死は明らかに前者に属するのではないかと思う」と、本書は始まる。
</p>
<p>　死は誰にでも必ず訪れる。必ず訪れるものなら、やはり幸福な形でそれを迎えたいと思う。自然と対峙し、その自然に飲み込まれて自然へと還っていく山での死は、ぼくもこれ以上にない幸福な死だと思う。ただし、それは、自ら臨んで命をかけて極限へと臨んでいった場合に限られる。</p>
<p>　今でも、多くの人が山で命を落とすが、技術不足や経験不足による事故死や未熟なガイドによって殺されたような死は"幸福な死"などではない。</p>
<p>　山で死ぬということに崇高な意味があった時代......今、改めて本書を読むと、そんな時代が懐かしくも感じられる。</p>
<p>-------------------------------</p>
<p>一月六日　フーセツ<br />
全身硬ッテ　力　ナシ<br />
ナントカ湯俣マデト思ウモ<br />
有元を捨テルニシノビズ<br />
死ヲ決ス</p>
<p>オカアサン　アナタノヤサシサニ　タダカンシャ<br />
一足サキニ　オトウサンノ所ヘ行キマス<br />
ナンノコウコウモデキズ　死ヌツミヲ　オユルシ下サイ</p>
<p>有元ト死を決シタノガ　六・〇〇　今十四・〇〇<br />
ナカナカ死ネナイ</p>
<p>ヨウヤク腰マデ硬直ガキタ</p>
<p>有元モ......ソロソロクルシ　ヒグレトトモニスベテオワラン......<br />
サイゴマデタタカウモイノチ<br />
友ノ辺にスツルモイノチ<br />
共ニユク　(松ナミ)</p>
<p>我々ガ死ンデ　死ガイハ水ニトケ<br />
ヤガテ海ニ入リ　魚ヲコヤシ　マタ　人ノ身ヲ作ル<br />
個人ハ　カリノ姿<br />
グルグルマワル</p>
<p>有元　井上サンヨリ二〇〇〇エンカリ　ポケットニアリ<br />
松濤　西糸ニ米代借リ　三升分　</p>
<p>-------------------------------</p>
<p>　1949年の冬、松濤明は力尽きた友を置いて行くに忍びず、槍ヶ岳北鎌尾根で共に死ぬ。その時の最期の日記は、凍りついた手でぎこちなく記されている。</p>
<p>　山際淳司は、この文章の中にアルピニズムの本質を嗅ぎ取り、クライマックスで全文を引用している。その山際も、1995年、仕事盛りの絶頂に、病を得て他界する。</p>
<p>　"生"に輝きが乏しくなってしまった現代、この書に記された男たちの生きざま、そして、スポーツノンフィクションに命を掛けた山際淳司の生きざまが、ことさら輝いて見える。<br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title> The Survivors Club</title>
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    <published>2009-09-16T18:06:46Z</published>
    <updated>2009-09-17T08:43:07Z</updated>

    <summary>僕は図書館員だから年間数千冊に目を通すわけだが、『リュウの選ぶ書籍大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最有力候補は、今のところコイツだ。しかしあんまり面白すぎて、かんじんの仕事の準備を放り出してついつい読みふけってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ、時間がぜんぜん足りなくなっちまったじゃないか......。</summary>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2009年9月17日</p>

<p>　今週末から日本に一時帰国。滞在期間はたった3週間なのに、イベントやら講演やらの仕事が目白押しで「休暇」からはほど遠いが、それでも二年ぶりの日本は楽しみでワクワクしている。</p>

<p>　が、喜んでばかりもいられない。準備が山積みだ。<br />
　今回は危機管理関連の仕事が多い。もちろん今までだって危機管理は仕事の中であつかってきたのだけど、今回はストレートな危機管理講座の講演などもあって、いつもよりクローズアップされてる感じ。中には某県商工会議所青年部の研修会に招かれてのビジネスマン向け講演もあったりするので、今回はビジネス危機管理の本も含めて何冊か関係書類を手に勉強しなおしてみた。<br />
　ビジネス危機管理の本は退屈だったが、そのかわり何気なく手に取った本の中に、面白くて面白くて読むのが止められない大当たりがあった。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="The_Survivors_Club.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/The_Survivors_Club.jpg" class="mt-image-right" style="margin: 0pt 0pt 20px 20px; float: right;" width="240" height="240" /></span>　この<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/0446580244?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=0446580244">『The Survivors Club: The Secrets and Science that Could Save Your Life』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=0446580244" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />がその本。ブラッド・ピット主演の映画を彷彿とさせるが、関係ない。<br />
　僕は図書館員だから年間数千冊に目を通すわけだが、『リュウの選ぶ書籍大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最有力候補は、今のところコイツだ。</p>

<p>　だが困ったことに<a href="http://e4.gofield.com/culture/archives/000261.php">『The Truth About Killer Dinosaurs』</a>と同じく、日本語版が出てないのね......。なんだかそんなのばっかり紹介してるなぁ。<br />
　この本の場合は発行が今年なので、ひょっとするともうすでに誰かが翻訳作業に入っているのかもしれない（そう願いたい）が、未確認なので良く分からない。場合によっては確認をとってみて、誰も着手していなければ僕が翻訳してやろうかと思うくらい、ぜひとも日本に紹介したい一冊。<br />
　そんなわけで、今は英語版しかない状態だけど、またもや紹介してしまうことにした。</p>

<p>　サバイバルの本というと、おおむね二つのタイプがある。<br />
　一つは実用ノウハウ本。災害から身を守る秘訣だとか、アウトドアサバイバル術だとか、グリーンベレーのサバイバル術だとか、都市で犯罪から身を守る方法だとかを詳細に解説した書籍だ。<br />
　もう一つが、実際にサバイバル体験した人を取材したドキュメンタリー。本人の手による手記もこれに含まれる。</p>

<p>　ところがこの本は、両者の間をとったような斬新な構成で、まずその手法そのものが面白い。具体的には、筆者が色んなタイプのサバイバーを訪ねて彼らの生還の秘訣を考察し、今度はそれを専門に研究している科学者のところに足を運んで、その秘訣の有効性を裏付けていくという手法。</p>

<p>　しかし切り口の面白さだけではない。内容そのものがとてつもなく面白い。<br />
　たとえば「Ninety Seconds to Save Your Life（生死を決する90秒）」と題された第3章では、どう見ても一瞬で全員死亡としか思えない衝撃映像で全世界を震撼させた飛行機事故（僕は今でもあの映像をよく覚えている）から、奇跡的に生還したサバイバーの一人を取材した後、筆者は航空機事故の専門家をたずねて「飛行機事故は助からない」「飛行機は前の方が危険」などの、我々の間違った常識をことごとくひっくり返し、さらに知られざる客室添乗員の業務（能力）に仰天させてくれる。<br />
　たとえば飛行機事故にあった人の生存率は、実際には何%かご存じだろうか？　何とこの本によると、95.7%だそうだ。死亡率ではない。生存率だ。飛行機事故そのものがまれな上に、死亡率はわずか4.3%。<br />
　そして飛行機事故で死ぬ人は、そのほとんどは衝突のショックではなく、脱出に失敗したのが原因だそうだ。脱出失敗の原因には「どうせ事故ったら死ぬんだ」という態度がきわめて大きく影響を及ぼすのだとか。<br />
　聞くところによると、日本では「危機管理なんてやったって仕方ない。事故に遭うときは遭うんだ」という態度の人も少なくないようだが、これを読むと膝を正さざるを得なくなるだろう。</p>

<p>　あるいは第8章「The Science of Luck（幸運の科学）」は、幸運悪運は本当に天が決めることで、人智の及ばないものなのかを検証している。<br />
　確かにお金を落としやすくて事故にあいやすい不運な人と、お金をしょっちゅう拾ってるし一度も事故にあったことのない幸運な人がいて、サバイバル以前の段階でそもそもスタートラインが違うように見える。彼らが同じ車に乗ってて事故にあっても、前者は大怪我、後者はかすり傷ですむのかもしれない。これは天の采配だからしかたない、とあきらめがちだ。<br />
　しかし結論から言えば、このテーマに取り組んだ科学者が「幸運も悪運も、自分の責任」と結論づけ、しかも「つまり運の悪い人を、運の良い人に変える方法もある」と、なんとも頼もしいことまで書いてある。<br />
　再び「危機管理なんてやったって仕方ない。事故に遭うときは遭うんだ」という人は、襟を正すことになる。</p>

<p>　こんな風に各章に、いや、ページをめくるたびに衝撃の事実があらわれて、寝食を忘れてしまう。さらに後半には、「あなたはどんなタイプのサバイバーか？」なんていう判定のページもあるんだから、読者を飽きさせずに最後までどんどん読ませてしまう。大した手腕だ。</p>

<p>　章が多いので、ドキュメンタリーとしては個々の事例の掘り下げは十分ではないし、ハウツー本としてはメソッドの細かい説明が足りないのだが、そういう中途半端さを感じさせるどころか、むしろ「よくぞここまで取材した」、「なるほど、同じテーマをサバイバーと研究者の両方に取材して並べるという手法があったのかぁ」と感嘆させられる。何よりも「ゲゲゲッ、そうだったのかぁ！！」という目から鱗の事例が目白押しなので、非常に満足度が高い一冊だ。</p>

<p>　心理学の用語など、少々ややこしいものが出てくるが、なに、どうせこういうのはネイティブだって読み飛ばしているに決まっている。それ以外は比較的平易な言葉で書かれているので、英語アレルギーの方以外には超おすすめ。</p>

<p>　しかしあんまり面白すぎて、かんじんの仕事の準備を放り出してついつい読みふけってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ、時間がぜんぜん足りなくなっちまったじゃないか......。</p>

<br clear="all" /><br /><br /><br />

<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0446580244&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>


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    <title>モーターサイクルダイアリーズ</title>
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    <published>2009-07-31T04:50:27Z</published>
    <updated>2009-10-08T00:54:22Z</updated>

    <summary>モーターサイクルダイアリーズは、チェ・ゲバラが若い時に友人のアルベルトと二人で、おんぼろのノートンに跨って南米を旅したときの記録だ。DVDで観て、原作を読んで、ぼくは自分自身の『モーターサイクルダイアリーズ』をありありと思い出し、ゲバラの体験と重ね合わせた。</summary>
    <author>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/51MAS11MEZL.jpg"><img alt="51MAS11MEZL.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/07/51MAS11MEZL-thumb-400x564.jpg" class="mt-image-none" style="" height="282" width="200" /></a></span><br /><br /><div align="right">文:内田一成<br /></div><br /><br /><p>　あれは27年前の夏。HONDAの250ccのオートバイに貧弱なキャリアを取り付け、キャンプ道具を満載して日本一周の旅に出た。
</p>
<p>　当時はコンビニもなく、地方に行くとガソリンスタンドもまばらで、地平線の彼方まで続く砂利道を陽炎を追いかけながら走っていると、気持ちの良い反面、ガス欠の心配にいつも囚われていた。</p>
<p>　ガイドブックもなく、ただ大縮尺の大雑把な地図だけを頼りに、寂しそうな「辺境」と呼べそうな場所ばかりを探して、道を辿っていった。日が暮れて疲れたら、路傍で野宿し、洗濯物がたまってくるとキャンプ場やユースホステルに泊まって、汚れ物を洗った。
</p>
<p>　文字通りの貧乏旅行で、地方の名産なんてほとんど口にできなかったけれど、最高に充実した時間を過ごしていた。まだまだ地方色の濃かった風景や個々の土地に刻まれた歴史をしっかりと心の中のアルバムに焼き付けた。様々な人たちと出会い、この世には、いろいろな生き方があることも知った。</p>
<p>　今でもオートバイには乗り続けているが、あの旅の感動以上のものをその後に味わったことはない。</p>
<p>　モーターサイクルダイアリーズは、チェ・ゲバラが若い時に友人のアルベルトと二人で、おんぼろのノートンに跨って南米を旅したときの記録だ。</p>
<p>　DVDで観て、原作を読んで、ぼくは自分自身の『モーターサイクルダイアリーズ』をありありと思い出し、ゲバラの体験と重ね合わせた。</p>
<p>　べつにオートバイでなくたっていい。若い頃の貧乏旅行は、大人になるための......
まともな社会人になるための通過儀礼として必須なものだと思う。</p>
<p>　金がなく、惨めで、自分がどこへ向かって行くのか、何をすればいいのか、皆目見当がつかず、焦りを感じながらも、自由だけはたっぷりあって、それに浸る日々。そんな漂泊の日々の中で、若者は何かを掴み、進むべき方向を模索する小さな一歩を踏み出していく。</p>
<p>　旅をしない若者は、いったい何をもって自分が向かうべき方向を見いだすのだろう?</p>
<p>　今年は"Che!!"二部作が公開され、前編ではキューバ革命へと突き進むCheが、後編では革命を南米全域へと広めようとして夢破れていく姿が描かれている。だが、"Che!!"二部作だけでは、ゲバラが革命へ邁進していく心の原動力が不明確だ。ゲバラの心の奥底と、彼が革命を広めなければならないと使命感に駆られた原因である荒んだ南米社会の様子は、『モーターサイクルダイアリーズ』のほうに、よりはっきりと描かれている。</p>
<p>　おんぼろノートンが途中で壊れ、ゲバラとアルベルトは、脱モーターサイクルのダイアリーズを刻み始める。モーターサイクルに乗っている間は、旅の序章にすぎない。それを捨てて、現地の人たちと同じ足並みで動き始めたときから本当の旅が始まり、南米が......世界が置かれた真の姿が見えてくる。</p>
<p>　映画は、老いたアルベルトがキューバの空をずっと見続けるシーンで終わる。遙か昔に逝ってしまった相棒を回想して、自分の人生もゲバラの人生も原動力は、あの旅にあったと噛みしめる。</p>
<p>　若い日の心に残る旅......それさえあれば、どんなことがあっても逞しく生きていける。そして、道を踏み外さずに進んでいける。<br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>The Truth About Killer Dinosaurs</title>
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    <published>2009-07-31T01:59:25Z</published>
    <updated>2009-08-01T04:57:51Z</updated>

    <summary>『リュウの選ぶDVD大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最右翼の作品、とにかくこれはスゴイ、面白い、素晴らしい、e4でさっそく紹介しなくてはっ！と意気込んでしまった。ところがっ！　なんてこったいっ！　調べてみると、なんと......。</summary>
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        <![CDATA[<p>　今年に入って、ノンフィクションのDVDをよく観ている。近所のレンタルDVD屋は映画ばかりでダメなのだが、図書館がどんどんノンフィクションを入荷しているので、最近はBBC（英国国営放送）制作の涙がチョチョ切れそうになるほど面白い科学ドキュメンタリーなどに、プチはまり気味。</p>

<p>　しかしBBCって、なんであんなにスゴイんだろ。ニュージーランド（NZ）国営放送TVNZや日本国営放送NHKもがんばってると思うのだが、やっぱり博物学のお膝元だからだろうか、自然科学ドキュメンタリー系では昔からずっとBBCが頭一つ先行しているような気がする。</p>

<p>　ま、それはともかく、つい先日、『リュウの選ぶDVD大賞 2009』のノンフィクション部門大賞最右翼の作品にあたってしまった。2009っつっても、今年リリースされた新作という意味じゃなくて、あくまでも僕が今年観たっていうだけの意味だけど、ま、とにかくこれはスゴイ、面白い、素晴らしい、e4でさっそく紹介しなくてはっ！と意気込んでしまった。</p>

<p>　ところがっ！　なんてこったいっ！<br />
　調べてみると、なんと和訳されていないっ！　日本語版が発売されていないっ！　なんとゆーことだっ！<br />
　同じくBBC制作の<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005IX03?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00005IX03">『ウォーキング with ダイナソー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=B00005IX03" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />や<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0019R0XO6?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0019R0XO6">『ウォーキング with ビースト』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=B0019R0XO6" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />は、ちゃんと日本語版があるのに、なぜもっともっと面白いこちらの作品はないんだっ！<br />
　でもこれを紹介しないわけにはいかんだろう、やっぱり。えぇい書いちゃえ！</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="the_truth_about_killer_dinosaurs.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/the_truth_about_killer_dinosaurs.jpg" class="mt-image-right" style="margin: 0pt 0pt 20px 20px; float: right;" height="480" width="320" /></span>　タイトルは<a href="http://www.amazon.com/gp/product/B001MPUHN2?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-20&linkCode=as2&camp=1789&creative=9325&creativeASIN=B001MPUHN2">『The Truth About Killer Dinosaurs』</a><img src="http://www.assoc-amazon.com/e/ir?t=ryuslogboo-20&l=as2&o=1&a=B001MPUHN2" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />。</p>

<p>　さっきのウォーキング・シリーズと何が違うかって？　あっちは全世界で相当に話題になったらしいのでご覧になった方も少なくないと思うが、動物ドキュメンタリー映画によくある手法で作ってあるとこがミソ。最近だと<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00148S74I?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00148S74I">『北極のナヌー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=B00148S74I" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（変な邦題！　原題は『Arctic Tale』なのに......）なんかもそうだったが、主人公を擬人化したドラマ仕立ての動物映画は、感情移入がしやすいからだろうか、昔からポピュラー。ウォーキング・シリーズもその手法で作ってあるのだが、ドラマの作り方はやはりさすがのBBC品質だし、CGのクオリティもなかなかみごとなモノで、こりゃたしかにヒットするわいなってな出来映え。</p>

<p>　それに対して『The Truth About Killer Dinosaurs』の方は、謎解き仕立てになってるのが白眉。迫る謎とはずばり、「本当にティラノサウルスとトリケラトプスは闘ったのか？」。<br />
　この対決は、映画が発明されてすぐの頃にストップモーションアニメーションで映像化されているほど、大昔からポピュラーなモチーフ。僕らが子供の頃の恐竜本にも、必ずこの対決は出ていた。想像の対決の定番ということでは、猪木対馬場と、Tレックス対トリケラトプスが東西の横綱といってもさしつかえないだろう（独断）。</p>

<p>　しかし本当に闘ったのだろうか、それとも人間の勝手な想像ではないのか、というのがこの番組のテーマ。Bill Oddieというやったらテンションの高い面白い案内役のオッサンが、ウォーキング・シリーズばりのCGはもちろん、化石の細密な検証、原寸大のロボットをわざわざ作っての再現実験（おいおい、ここまでやるか！？ってな出来映え）、現生動物を観察して類推考察など、考え得る方法や技術をフル活用して謎に迫る。まず最初の課題「ティラノサウルスは本当にハンターだったのか？　それとも屍肉あさりだったのではないか？」からはじまり、順々に階段を上るように一つ一つ謎を解き明かした末に、現時点の科学で可能な限り再現した夢の対決をリアルに描いてみせてくれる！！！</p>

<p>　編集も凝っていて、非常にスタイリッシュな映像をテンポよく展開してくれるので、飽きるヒマなんかなく、椅子の前の方にお尻引っかけて身を乗り出したまんまの姿勢で、あっという間に一時間。<br />
　なんせ我が長女は大変な恐がりの7歳児なのだが、それでも食い入るように1時間観てたし、3歳児の次女も案内役のユーモラスさに引き込まれて、これまたちゃんと最後まで観てた。落ち着きのなさでは天下一品のウチの3歳児と7歳児が、そろって1時間ちゃんと座っているノンフィクションなんて前代未聞。</p>

<p>　第二部には<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0026P1KJM?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0026P1KJM">『ジュラシック・パーク』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=B0026P1KJM" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />で一躍脚光を浴びたベロキラプトルがアッと驚く姿で登場し、さらにその闘い方も映画とはまったく違っていたことが次第に解き明かされていく。こちらも第一部と同様、あらゆる手法を駆使してみせてくれる。例のナイフのようなかぎ爪のロボット実験は、必見！</p>

<p>　もし僕が自分でこのDVD売るんだったら、「面白くなかったら、お代はお返しいたします！」って宣伝したいくらいの超おすすめ作品。<br />
　英語版だが、DVDだから字幕を出すこともできるし、ドラマと違ってこういう科学的アプローチの番組ならば、内容は映像からほとんど想像できてしまうはずなので、案ずるより産むが易し、案外誰でも楽しめると思う。「英語、勉強しなきゃなぁ」なんて思っている人には、こういう超面白い作品でとっかかりを作るのがいいと思うが、いかがだろう？</p>

<p>　しかし、すっげぇなぁ、こういう作品を作る人たち。もう一回観て、シナリオの書き方の勉強でもしようかな。</p>
<br />
<br />
<br />
<iframe src="http://rcm.amazon.com/e/cm?t=ryuslogboo-20&o=1&p=8&l=as1&asins=B001MPUHN2&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
]]>
        
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    <title>風景と記憶</title>
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    <published>2009-07-24T03:00:44Z</published>
    <updated>2009-10-08T00:59:36Z</updated>

    <summary>風景と歴史の関わり合いといったことを、ここまで掘り下げた研究はいまだかつてなかったものだ。シャーマが語る風景に織り込まれた人の歴史や、建築や絵画、文学の中に潜むメタファとしての風景を明らかにしていくと、そこには心理分析やポリティカルな分析では拾い上げられない人の営みや精神が暴き出されていく。</summary>
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        <![CDATA[<div align="right">文:内田一成<br /></div><br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/51415F8JGAL._SS500_.jpg"><img alt="51415F8JGAL._SS500_.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/07/51415F8JGAL._SS500_-thumb-300x300.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="300" /></a></span><br />(河出書房新社　サイモン・シャーマ著　高山宏/栂正行訳)<br /><br /><br />　人は風景の中に何を見るのか。そして風景には人の記憶がどう織り込まれ、人に何を語ろうとしているのか。<br /><br />　「無垢の自然」、「手つかずの自然」といった言葉を人は好んで使うが、じつは人跡未踏で、誰の手も加わっていないように思える土地でも、人の手によって自然が改変され、それが逆に好ましい安心感や居心地の良さを生み出して錯覚させていることがある。<br /><br />　たとえば、アメリカで最初に国立公園に指定されたヨセミテは、自然保護の父ヘンリー・デイビッド・ソローやジョン・ミューアが賞賛し、アンセル・アダムスが生涯に渡って風景を記録した場所だが、その「荒野」はアワネーチーインディアンが何十世代にもわたって野焼きを行って、自然を管理してきた場所だった。<br /><br />　日本でも、我々が心を刺激される自然風景の多くは、原始そのままのものよりは、どこかに人の手が入っているもののほうが多い。<br /><br />　そういった「自然の風景」という言葉に染みついた第一印象を著者サイモン・シャーマは、まず解体する。そして、歴史学者として古代から、ギリシア・ローマ、中世、近代、現代という時間軸をベースとしながら、世界中のあらゆる場所へと思考を広げ、人と風景の関わり合いと歴史的事象に風景が与えた影響を紐解いていく。<br /><br />　風景と歴史の関わり合いといったことを、ここまで掘り下げた研究はいまだかつてなかったものだ。シャーマが語る風景に織り込まれた人の歴史や、建築や絵画、文学の中に潜むメタファとしての風景を明らかにしていくと、そこには心理分析やポリティカルな分析では拾い上げられない人の営みや精神が暴き出されていく。<br /><br />　ユダヤ人であるシャーマは自分の親たちが遭遇したポグロム(大量虐殺)の記憶を辿りながら、東欧の静かな里山に分け入る。そこには池を見下ろす明るい草地に白い自然石が整然と並べられ長閑に風に吹かれている。その風景に秘められた歴史を知らなければ、そこはまさに「楽園」と呼んでも良さそうな快適な土地に見える。その彼の私的体験から、さらにナチスドイツの遺産として残された自然豊かな風景が、「全風景改変計画」の名のもとに、住民たちを虐殺して、ゲルマン的に好ましい「自然」に作り替えられて今に残ることなどが語られる。<br /><br />　たとえば、伸びやかで明るい北海道のあの光景も、その裏には先住民であるアイヌの虐殺や、大陸や朝鮮半島から強制徴用された人たちの命と引き替えに作り上げられたものであることも思い出す必要があるだろう。<br /><br />　もう20年以上も前、初めて北海道をオートバイでツーリングしたときに、荒野を真っ直ぐに切り開いて伸ばされた広いダートロード(網走と内陸を結ぶ幹線国道だが当時はほとんど舗装されてはいなかった)を走りながら、道の両側に丸い塚のような土盛が並んでいる光景を不思議に思った。後で土地の人に尋ねると、「あれは強制労働させられた囚人の墓だよ」と、あっさり答えられ、一ライダーとして素朴に信奉していた「北の大地」のイメージが、いかに皮相なものであったかを思い知らされた。<br /><br />　もちろん、シャーマは『風景と記憶』の中でそういった悲劇の歴史を語っているだけではない。ここには、風景にインスパイアされて、神話を生みだし、またその神話を建築や芸術に再表現して、自然を賞賛する人間の営みも豊富に紹介されている。<br /><br />　相当な大著だが、いわゆるポストモダンの文脈に立った難解な言説はなく、淡々と事実を積み重ねて物語られていくので、この種の著作としては平易に読み進められる。<br />]]>
        
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    <title>ムツゴロウの人生上達の術</title>
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    <published>2009-07-17T07:33:47Z</published>
    <updated>2009-07-19T18:51:37Z</updated>

    <summary>大工がDIY雑誌を毎号愛読してるなんて話はあまり聞かないし、科学者が素人向け科学雑誌をコンビニで買ってたら変だ。一般向けの本・雑誌って、その道の専門家には物足りないに決まってる。ただ、数少ない本物の中の本物の良書ってのはやっぱり面白い。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2009年7月17日</p>

<p>　大工がDIY雑誌を毎号愛読してるなんて話はあまり聞かないし、科学者が素人向け科学雑誌をコンビニで買ってたら変だ。一般向けの本・雑誌って、その道の専門家には物足りないに決まってる。</p>

<p>　アウトドアだって事情はいっしょ。僕の場合もガイディングの参考にしようと、各種図鑑や歴史、地理、レスキュー、天候、危機管理、接客、あるいは教授法などの専門書は必要に応じて調べてたけど、一般的なアウトドア本・雑誌にはいつしか一切目を通さなくなった。<br />
　もちろんアウトドアのプロが皆そうだってわけじゃない。仕事から帰ったらアウトドア雑誌を読み、休みの日にはもっと激しいアウトドアスポーツで身体を痛めつけるのが好きな、心身ともに余裕たっぷりの同僚もたくさんいた。でも僕にとっては、仕事だけで身体も心もいっぱいいっぱいのあっぷあっぷだった。</p>

<p>　思えば哀しい話だ。好きで好きでたまらなくて結婚した彼氏なのに、あれよあれよという間に腹が出はじめぇの、生え際が後退しはじめぇの、TV観ながら鼻毛抜きぃの、そこらで屁をこきぃの、パンツに手ぇ突っこんでボリボリかきむしりぃの、あぁ何をトチ狂ってこんな粗大ゴミなんかといっしょになったんだろう、アタシってば......、ってのとよく似てる。ん？　似てない？　関係ない？　あ、そうですか。<br />
　あれれ、横で家内が笑死してる。身に覚えでもあるんだろうか？　まさかね。</p>

<p>　えっと、何だっけ？　そうそう、プロになってアウトドア本を読まなくなったって話。<br />
　そんなわけで、アマチュア時代は「歩くアウトドアカタログ」と呼ばれていた僕だが、いまどきの道具はなぁ～んにも知らない。ジェットボイル？　聞いたことくらいはあるな。たしかジェット燃料をつかって3秒で湯を沸かすストーブだっけか？　違うの？　飛ぶんだっけ？　それも違う？　ま、いいや、別に。</p>

<p>　ただ、こんなすれっからしにとっても、とびきりの良書ってのはやっぱり面白い。そうした数少ない本物の中の本物に巡りあったときの喜びは、アウトドア本なら何でも楽しいという人にはわからないだろう。いわばすれっからしならではの愉しみといったところ。<br />
　すれっからしの頬をゆるませる手練れといえば、たとえば開高健氏のエッセイ。あるいは日本では無名かもしれないがイギリスののブッシュクラフト専門家Ray Mears氏の著書の数々。日本で彼に張り合えるのは、関根秀樹氏と遠藤ケイ氏だろうか。<br />
　こうした巨人たちの本は、やっぱりすごい。彼らの作品に共通しているのは、内容が専門書の域に達していたり、作品世界が余人を寄せつけないレベルに到達しているところ。でも一般人が気軽に読めるというのが何より素晴らしい。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="mutsugoro_jinseijotatsu_no_jutsu.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/mutsugoro_jinseijotatsu_no_jutsu.jpg" class="mt-image-right" style="margin: 0pt 0pt 20px 20px; float: right;" height="240" width="240" /></span>　そして最近このリストに加わったのが、畑正憲氏。ムツゴロウさんは昔から動物王国のTV番組でおなじみで、ムツゴロウシリーズの小説も学生の頃に何冊か読んだことはあったのだが、彼がここまで本腰を入れたアウトドアズマンだということは、うかつにもまったく知らなかった。<br />
　動物王国の王様なんだから、ちょっと考えてみりゃアウトドアズマンでないはずがないんだけど、なぁ～んで気づかなかったかな？</p>

<p>　再認識のキッカケは、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4838709730?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4838709730">『ムツゴロウの人生上達の術』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=4838709730" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />。<br />
　ただこれは、厳密にはアウトドア本ではなくて、人生を充実させるためのヒント集。</p>
<br /><br />
<blockquote><p>　私は、人生の充実には、大義名分は必要がないと信じている。<br />
　自分の中の生きている部分、命がよろこぶ生き方が一番いいのではなかろうか。</p></blockquote>
<br /><br />
<p>　「はじめに」からの抜粋だが、この言葉どおり、彼が自分の命をよろこばすためにやっている趣味の数々のムツゴロウ式上達法をつづってある。目次をみるとアウトドア、スキューバダイビング、釣、乗馬などのアウトドアに関する話が約三分の一、残りは海外旅行、語学、競馬、麻雀、グルメ、ペット、ゴルフ、囲碁と、多彩なことこの上ない。どの話題もとことんのめりこみまくった人間にしかかけない深い含蓄にあふれていて、彼がいかに楽しく人生を送ろうと努力しているかがひしひしと実感でき、彼の持っている常人の数十倍のエネルギーを、少しお裾分けしてもらえるような気がする名著。</p>

<p>　趣味の高じやすい男性にはもちろん文句なく面白いが、畑氏自身が「はじめに」の中で、子供が巣立ってしまって人生にポッカリと穴があいた女性のことにも言及し、本文を読んでてもどうやら女性読者を意識していると思われるところが少なくないので、アウトドアには無縁のお母さん方にもお奨めできる。</p>

<p>　ただし、アウトドア技術のマニュアル本ではない。彼なりの多少のコツのようなものも書いてあるが、プロの目から見るとどれもあくまでも「ムツゴロウ流」という感じで万人に通用するやり方だとは思えない。細かいメソッドを学ぶための本ではなく、あくまでも彼のいうとおり上達法のヒントにするための本だろう。</p>

<p>　ともかく、すれっからしがお薦めするのだから、レベルの高さはおして知るべし。これからのシーズン、台風で家に降り込められることもあるだろう。そんなときのために、この一冊を机の端っこに待機させておいても損はないかと思うが、いかが？</p>
<br />
<br />
<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4838709730&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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    <title>言葉、身体、環境</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://e4.gofield.com/culture/archives/000247.php" />
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    <published>2009-07-14T08:50:07Z</published>
    <updated>2009-10-08T01:04:44Z</updated>

    <summary>レイチェル・カーソンといえば、今の環境保護運動の源流ともいえる『沈黙の春』があまりにも有名だが、彼女は幼い頃から自然と親しみ、自然が湛える「ワンダー」を常に感じていて、それが損なわれていくことに深い悲しみを覚えたことが『沈黙の春』を著す原動力になったといえる。</summary>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p align="right">文・内田一成<br /></p>

<p>　縁あって、<a href="http://www.nikiclub.jp/">那須の二期倶楽部</a>が主催する
『山のシューレ』で樹と触れ合うツリーイングのプログラムをイベントの一つに加えていただいた。</p>
<p>　『山のシューレ』は、那須のリゾート関連施設が合同で行う『<a href="http://www.nikiclub.jp/artfesta/index.html">アート・フェスタ・那須</a>』
の一翼を担うイベントでもあって、その中では、各プログラムの講師がアート・フェスタ・那須のテーマである「言葉、身体、環境」
に因んだ推薦図書を挙げて、それにコメントするという企画がある。</p>
<p>　選ばれた本とコメントは、アート・フェスタ・那須に参画する施設と東京・九段にあるギャラリー『<a href="http://www.satsu.jp/kudan/">冊</a>』で、巡回展示されるのだという。</p>
<p>　さて、何を選ぼうかと思い、まず環境のテーマでは、レイチェル・カーソンの『<a href="http://www.venus.dti.ne.jp/%7Ekazunari/column/column00_9_12.htm">センスオブワンダー</a>』
を選択した。</p>
<p>　レイチェル・カーソンといえば、今の環境保護運動の源流ともいえる『沈黙の春』があまりにも有名だが、彼女は幼い頃から自然と親しみ、自然が湛える「ワンダー」を常に感じていて、それが損なわれていくことに深い悲しみを覚えたことが
『沈黙の春』を著す原動力になったといえる。『センスオブワンダー』は、彼女が孤児となってしまった姪の息子を引き取り、一緒に身近な自然に触れていく過程を著したもので、未完のまま彼女が亡くなり、その草稿をまとめて出版されたものだ。小品だが、姪の息子ロジャーがカーソンに見守られながら、身近な自然に「ワンダー」を見いだしていく姿が、心に染みてくる。『センスオブワンダー』
を読めば、そこに記された精神が『沈黙の春』のまぎれもまい源流であることが理解できる。そこで、これを環境というテーマに入れてみた。
</p>
<p>　さらに、言葉というテーマでは、『遠野物語』を選んだ。</p>
<p>　もともと農山村の景色は、日本人の死生観や自然観をそのまま物語る「言語」だったという気がしている。神々や魑魅魍魎の住処である山、人々が安全に暮らせる場である里、その山と里との境界で、人は神や魔と出会い、物語が生まれる。そんな物語を詩的に表したのが遠野物語だった。</p><p>　今では、神や魔の住む世界と人間の世界が混交してしまい、安全で心安らぐ「里」に当たる人間世界は崩壊してしまっている。今いちど、人が助け合って安心して暮らせる本来の「里」を取り戻すためには、遠野物語は最適なテキストになるのではないか、そこに記述されている風景を言葉として読み取ることで、現代人が忘れてしまったものを思い出すことができるのではないかと思ったのだ。
</p>
<p>　身体というテーマでは、いろいろ迷った挙げ句、多田富雄氏の『生命の意味論』を選んだ。じつは、「身体」というテーマで、真っ先に
『生命の意味論』とこの著作の双子のセットともいえる『免疫の意味論』が思い浮かんだのだが、両書ともその取っ掛かりは身体を構成する細胞から話が展開していくのだけれど、そこからすぐに免疫系という観点から見た「自己」と「非自己」
の話になり、いったい生命とは何かというところへ話が進んでいく。それでは、身体=ボディというイメージから、離れていってしまうように感じた。</p>
<p>　だが、単純にボディワークの本でも面白くないし、逆説的に、身体活動を極限まで沈静化していった地平にある禅の本でも挙げてみようかとも思ったが、それもなんだかあざといようで......と、堂々巡りして、結局、『生命の意味論』に落ち着いた。</p>
<p>　生命は、その生命がどのような形になり、どのような生を歩んでいくか、ブループリントのようにあらかじめDNAに記述されている......
 そうした還元主義的な見方に対して、多田氏は免疫系システムや体細胞の分化を例に、生命系はじつはかなりあいまいなシステムで、自己組織化してできあがっていくのが個々の生命であり身体であると解く。さらに、発達過程に適度なあいまいさが含まれているからこそ、進化もあるのだと。</p>
<p>　個々バラバラなファクターが働きつつも、相互作用から「偶然」今の自分たちの身体ができあがっていると言われても、はじめは、なんだかピンとこないが、自分が生きていることで、様々な外的状況に出くわし、いうなれば「場当たり的」に対処してきた結果が、今の自分が置かれた立場であり、自分の身体状況だということを考えれば妙に納得がいく。</p><p>　多田氏は、専門の分子生物学から玄人はだしの能の世界を例にとって、同じ「生命」
というテーマをわかりやすい比喩を交えて解説してくれるので、ぼくのような文系の人間にも概念が飲み込みやすい。</p>
<p>　都市や国家、官僚制といった社会システムも、個々バラバラなファクターが相互作用して自己組織化していく生物の「身体」
とそっくりなスーパーシステムなのだといったあたりは、まさにリヴァイアサンの「身体」構造を説明しているといえる。</p>
　そんなわけで、三つのテーマに対応した三冊の本は選べたのだが、今度は、これにコンパクトで気の利いたコメントを付けなければならない......<p><br /></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20090531T190517588.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/img_20090531T190517588.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="300" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20090531T190522515.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/img_20090531T190522515.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="300" /></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="img_20090531T190523276.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/img_20090531T190523276.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="300" /></span><p><br /></p> ]]>
        
    </content>
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    <title>魚柄仁之助の楽膳のすゝめ</title>
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    <published>2009-07-10T09:50:05Z</published>
    <updated>2009-07-11T00:50:31Z</updated>

    <summary>実用レシピ本としても、楽しい読み物としても使える一冊で二度美味しい本。もちろんちゃんと料理まですれば、三度美味しい。さすが魚柄師匠、なんてお得なんでしょう。</summary>
    <author>
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        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2009年7月10日</p>

<p>　常識にとらわれるな、自分なりの発想をしろ、なんてセリフはよく聞く。誰でもいう。そこら中で聞く。<br />
　でも魚柄仁之助氏ほど奔放な超合理的発想をする人には、めったにお目にかかれない。</p>

<p>　美味しくて、調理が簡単で、健康にもいい食事を月9,000円（当時）でまかなおうってのは、常識人なら思いつきもしない非常識＆不可能だった。それをさらりとやってのけるどころか、後になって「実は7,500円だったが、見栄をはって9,000円にした」なんて告白するんだから、カッコイイ。</p>

<p>　さらに彼は、自分の開発した型破りなオリジナルの方法さえ、あまり重視していない。彼が大切にするのは「やり方」じゃなくて、そこに至る「発想」。一人一人の発想が大事だから、結果として出てくるやり方も万人にピッタリとは限らない。<br />
　だから、平気で「自分のやり方を真似しようとしたって、そう簡単にはいかないだろうし、真似したって意味はない」と言い切る。カッコイイにもほどがある。</p>

<p>　カッコよさにしびれまくった僕は、彼の著作を片っ端から読みあさり、心の師と仰いだ。<br />
　だからといって、僕のヒゲロン毛は別に彼を真似したわけではない。じゃぁ誰の真似かって？　もちろんオーランド・ブルームだ。<font color="red"><b>ウソ</b></font>。</p>

<p>　当然ながら彼の料理法はとても理にかなっていて、手早く簡単なのが多い。アウトドアにもピッタリだし、料理下手、忙しい人には救世主だ。<br />
　現役シーカヤックガイド時代は、料理も仕事のうちだったわけだが、彼の「発想」がどれだけ役に立ったか、いちいち書いてたらきりがないほど。強風で火力が安定しないときに10人前のご飯を鍋で炊くのはけっこう厄介だが、保温調理法を使えばまず失敗しない。<br />
　二口のバーナーで10人前フルコースを料理するのも、彼の方法論を使わないと、やたら時間がかかって話にならない。実際他のガイドたちは、僕の倍近く時間をかけてたり、もう一つツーバーナーをムリして持ち込んでたりしたようだ。</p>

<p>　彼の発想法は、何も料理に限らない。話は経営学や環境問題、ライフスタイルなどにも縦横無尽に及ぶ。一貫して「常識を疑って、独自の合理的な発想」を重視するので、痛快無比。</p>

<p>　さらにもう一つ彼のすごいところは、人間をよく観察しているところだと思う。<br />
　机上で合理性を追求する人は、たくさんいる。学者とか研究者といわれる人たちは、皆そうだろう。でも彼らのアイディアが必ずしもうまく機能しないのは、人間の行動心理を考慮していないのが一因、ってことも多々あるらしい。社会主義革命なんてその最たる例かもしれない。</p>

<p>　ところが彼は人間の行動をよく観察し、気分的に取っつきやすい実践メソッドを考え出す達人。<br />
　「環境に良いですよ」というと一過性の流行に終わるかもしれないが、「安上がりで簡単で身体に良いですよ」といえば定着する可能性が大きいという意見は、当たり前といえば当たり前の話。でも世の中の言説をあらためて眺めてみると、この当たり前をキチンとおさえている人の何と少ないことか。<br />
　この点については、僕自身も大いに自戒せねば。</p>

<p>　たとえばリサイクルだって同じだろう。ボランティア運動をベースにしてると、流行、風潮が変わればすたれるかもしれないが、ビジネス（古道具業）として成立すればうまく循環し続ける可能性が高いという彼の意見は、卓見だと思う。<br />
　僕は何でもかんでもボランティア頼り、善意頼りってのは、まったく信用していないのだけど、その考え方の基本は彼から学んだ。<br />
　確かに善悪の基準は、時代の空気でいとも簡単に変わる。天皇陛下万歳からアメリカ礼賛へ、モーレツからビューティフルへ、国土改造から地球にやさしいへ、価値観はどんどん変わる。そのたびに「善意」も「ボランティア」もコロリと変わる。<br />
　これも自戒。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="uotsuka.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/uotsuka.jpg" class="mt-image-right" style="margin: 0pt 0pt 20px 20px; float: right;" height="240" width="240" /></span>　さてさて、そんな彼の著作にふれるようになって早十数年。一番よく読みかえしている本は何かと考えてみると、僕の場合はどうやら<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4837660355?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4837660355">魚柄仁之助の楽膳のすゝめ―安い、早い、簡単、うまい、そして体にいい-めしの極意 (マキノ出版ムック)</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=4837660355" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />のようだ。<br />
　続編で<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4837660401?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4837660401">魚柄仁之助のもてなし楽膳―手間かけない、金かけない、ゴミ出さない、楽膳の極意 (マキノ出版ムック)</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=4837660401" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />ってのもあるが、こちらはあまり読まない。</p>

<p>　僕は家では料理をしないので、心身ともに疲れてて「何か軽いものを読みたい」と思った時に、楽しく気軽に読めるギャグ混じりのこのレシピ本を手にとっていることが多いようだ。</p>

<p>　発想法がどうの行動原理がどうのっていう話は、この本には一切書かれていないが、彼の基本姿勢はすみずみまでキチンと行きわたっていて、やっぱり読んでて気持ちが良い。</p>

<p>　つまり、実用レシピ本としても、楽しい読み物としても使える一冊で二度美味しい本。もちろんちゃんと料理まですれば、三度美味しい。さすが魚柄師匠、なんてお得なんでしょう。</p>

<p>　また読みたくなってきた。明日の午後は、これ読んで昼寝するとしよう。</p>
<br />
<br />
<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4837660355&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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    <title>不都合な真実（An Inconvenient Truth）</title>
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    <published>2009-06-25T23:38:12Z</published>
    <updated>2009-07-02T00:15:18Z</updated>

    <summary>僕はマイナー指向というか、裏道嗜好というか、アマノジャク思考というか、へそ曲がり志向というか、とにかく立派、正統、メジャー、流行、人気なんてモノがどうも苦手なタチで、自分でも難儀なやっちゃと思うことしばしば。</summary>
    <author>
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        <category term="映画評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<p align="right">文：リュウ・タカハシ<br />2009年6月26日</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="movie_review_inconvenient_truth.jpg" src="http://e4.gofield.com/culture/movie_review_inconvenient_truth.jpg" class="mt-image-right" style="margin: 0pt 0pt 20px 20px; float: right;" width="240" height="240" /></span>　僕はマイナー指向というか、裏道嗜好というか、アマノジャク思考というか、へそ曲がり志向というか、とにかく立派、正統、メジャー、流行、人気なんてモノがどうも苦手なタチで、自分でも難儀なやっちゃと思うことしばしば。その証拠に僕が好きなモノというのは、まず流行らない（笑）<br />
　だから映画レビューを書くときも、超話題作なんてのは本来は避けたいところ。</p>

<p>　が、しかし、さすがにこの作品、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000MQCT24?ie=UTF8&tag=ryuslogboo-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000MQCT24">『不都合な真実』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ryuslogboo-22&l=as2&o=9&a=B000MQCT24" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />を避けて通るわけにはいかん。同じくこの作品に言及した<a href="http://e4.gofield.com/life/archives/000227.php">家内のコンテンツ（ニュージーランド歯をくいしばってのんき暮らし「ゴアさん、またしてもごめんなさい」）</a>も、相当な反響だ。気合い入れて書かねば。</p>

<p>　とはいえそこはアマノジャク、今回は、<a href="http://e4.gofield.com/theme/archives/guiding/">ガイディング研究所</a>専任研究員の立場から、この作品をとりあげてみようと思う。</p>

<p>　ここでアル・ゴア氏が語っている説に関しては、いまだに科学者の間でも賛否両論があるようだが、正直、内容の正否は大した問題ではないと感じる。なんせ彼の結論「木を植えましょう」「環境のために正しい事をすれば、経済も回復します」はまったくもって正論で、地球温暖化二酸化炭素原因説が正しかろうが間違っていようが、この提言に異論をはさむ余地はないから。枝葉末節にとらわれて大きな論点を見逃してたら、アホである。<br />
　それだけでは足りない、別の解決策も必要だとおっしゃる反対派は、さらに加えて別の提言をすればよろしい。この映画を否定する必要はない。<br />
　というわけで内容については、提言が正しい以上、論法の正否は問題にしないということで、オシマイ。</p>

<p>　ここからが本題だが、ガイディング研究員の立場で注目すべきは、むしろゴア氏のプレゼンテーション能力だ。本当に本当に、スンゴイ。</p>

<p>　ガイドは接客業なので、ツアー中にかなりたくさんのことを説明する。自然解説、技術講習、ツアー行程日程、安全対策、無駄話、etc、etc。無駄話なら聞き流されてしまってもかまわないが、技術講習や安全対策はしっかり理解していただかないと大変だ。<br />
　だから、ここぞと言うときに、どうやってお客様の注意をひきつけるかが大問題で、その手の才能に恵まれない僕なんかは、10年間毎日が勉強だったし、結局納得のいくスタイルが完成する前に引退する羽目になってしまった。</p>

<p>　この映画を初めて観たとき、彼の論じることには予備知識があったので、内容からはさほどの衝撃を受けたわけではなかった。<br />
　しかしゴア氏の圧倒的な説得力、プレゼンテーションの巧さには、頭をぶん殴られたようなショックを受けた。しゃべるスピードの緩急や間の置き方、ジョークをはさむタイミング、映像資料の巧みな使い方、目線や表情や手の使い方、どれをみてもスゴイ。一流のセールスマンや営業マンの仕事ぶりも何度も目にしてきたが、ゴア氏のプレゼンテーションはもう一桁違うと感じた。こういうガイディングができたら、死んでも良いぞ、ってのは大げさだが、いや、ホントにゴア氏は超一級のガイドさんだ、と心底驚嘆した。</p>

<p>　勝手な思い込みかもしれないが、僕が受けた印象では、ゴア氏は最初っからプレゼンテーションの達人だったわけではないように思う。むしろ生真面目な学者タイプで、どちらかというと机の上の資料に視線を落としたまま、トツトツと喋るようなタイプだったのではないだろうか？<br />
　そのように想像しながら、いつも彼の堂々たる講演ぶりを、舌を巻きながら眺めている研究員リュウである。</p>

<p>　ま、こんな見方は相当のへそ曲がりかもしれないが、逆にいえばそういう見方を許容するほど面白い作品だということ。まともに観るも良し、否定派の立場でツッコミを入れつつ観るも良し、僕のように変なところで感心するも良し、とにかく一度は観ておく値打ちのある作品だろうし、一度観たという方も、もう一回観直しておくのがよろしいかと。</p>

<p>　さて、木を植えるとするか。</p>
<br />
<br />
<br />
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ryuslogboo-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000MQCT24&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

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    <title>イワナの夏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://e4.gofield.com/culture/archives/000212.php" />
    <id>tag:e4.gofield.com,2009:/culture//19.212</id>

    <published>2009-06-12T03:49:02Z</published>
    <updated>2009-10-08T01:06:39Z</updated>

    <summary>その昔、渓流釣りマニアの友人に誘われて、秋田の山深い渓流に通ったことがあった・・・</summary>
    <author>
        <name>gofield</name>
        <uri>http://e4.gofield.com/cgi-bin/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=19&amp;id=1</uri>
    </author>
    
        <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://e4.gofield.com/culture/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://e4.gofield.com/culture/file_20081118T102933484.JPG"><img alt="file_20081118T102933484.JPG" src="http://e4.gofield.com/culture/assets_c/2009/06/file_20081118T102933484-thumb-400x300.jpg" class="mt-image-none" style="" height="300" width="400" /></a></span><br /><div align="right">内田一成<br /><br /><div align="left"><p>　その昔、渓流釣りマニアの友人に誘われて、秋田の山深い渓流に通ったことがあった。</p>
<p>　ぼくは、魚を釣るよりも、恐ろしく澄んだ流れをのんびりと木漏れ日が踊る岸辺から眺めながら、他愛もない思考に遊んだり、読書をしているほうが楽しくて、ついに、釣りの魅力には引き込まれなかった。</p>
<p>　この『<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%83%8A%E3%81%AE%E5%A4%8F-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B9%AF%E5%B7%9D-%E8%B1%8A/dp/4480025332/ref=pd_bbs_sr_1?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1208575216&amp;sr=8-1">イワナの夏</a>』
の著者、湯川豊氏は、元文芸春秋社の名編集者で、植村直巳を発掘したことでもよく知られている。</p>
<p>　本人は渓流釣りをこよなく愛するアングラーで、釣行のエピソードや釣師の生態が、よく伝えられている。</p>
<p>　釣りは"Seek and Find"(探し求め発見する)旅だと言われるそうだが、このイワナの夏では、単に幻の魚を求めるだけでなく、そのSeek Tripを通して、意外なものをFind=発見する楽しみ......というか「性(さが)」
が面白い。</p>
<p>　とある渓流で出会った渓流乞食は、仕事も家庭も捨てて、渓流でテント生活を送りながら訪れる釣師たちから施しを受けて生活している。そんな姿に釣師としてのある種の憧れと、完全にアウトローになりきれないその人間に対する反発を感じるが、後にその渓流乞食が東京の雑踏の中で本物の乞食になっている姿を見て、声も掛けられず、こそこそと遠ざかっていく。</p>
<p>　そのほかにも、釣師ならではのユニークなキャラクターがたくさん登場する。そのいずれもが、ペーソスな味わいを漂わせる。</p>
<p>　でも、光踊る夏の渓流の描写は、「このまま光の中に消え入ってしまいたい」という、作者の幼い頃からの幻影とダブって、心地いい陶酔感をもたらしてくれる。</p>
<p>　また久しぶりに、ほとんど振らないロッドを携えて、渓流へと出かけてみようかと思わされた。</p><br /></div><br /><p align="left">●2009年5月追記●</p><div align="left">
</div><p align="left">　つい先日、友人から紹介とされた星野道夫さん追悼の番組を観ていたら、本書の著者の湯川さんが登場して、星野さんの思い出を語っていた。</p><div align="left">
</div><p align="left">　文春の編集者時代に、星野さんは湯川さんの下でアルバイトとして働いていたのだという。星野さんは若い頃から、非常な読書家で、湯川さんの元で働きながら、湯川さんと様々な本の話をして、どんどん読書の幅も広げていったという。</p><div align="left">
</div><p align="left">　星野さんの写真は、そこから物語がにじみ出してくるようにとても叙情的であり、奥さんが撮影した本人の写真は、森の中にあって、深い思索的な表情が印象的だ。その著作も、とても思索的で深い内容を持っているけれど、その背景には膨大な読書があったことは知らなかった。そして、湯川さんと深い間柄であることも初めて知った。</p><div align="left">
</div><p align="left">　イワナの夏では、自分自身や「釣り師」という性を可笑しくもありペーソスでもある存在として書いているが、読後感が爽やかでありながらどこか寂しくもあるのは、植村直巳や星野道夫といった湯川さんにとっての若い「同士」
が先に逝ってしまったという哀しさを彼が常に背負っているせいではなかろうかと思わされた。</p></div>]]>
        
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