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ガラスペン

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文・写真:内田一成


 いつ頃からか、アイデアをまとめたり原稿の下書きを書くときには、万年筆を使うようになった。それまでは、筆記具にとくに凝るということもなく、逆にデジタル漬けで、文章を筆記具を使って書くことはほとんどなく、アイデアやスケジュールもすべてノートPCやPDAという時代が長く続いた。

 今は逆にPCを使うのは最後の最後で、清書までは、ひたすらフリーハンドでペンを握っている。

 PCに向かってキーボードを叩く場合、リズムに乗っている間は軽快でいいのだが、いったん思考が途切れて手が休まってしまうと、なかなか次のフレーズが出てこない。カタカタという音が断絶したときに思考もスッパリと断絶してしまう。

 ノートに万年筆で走り書きしているときは、ペンを止めてもいきなり思考は断絶せずに、まだペン先が紙の上を走る感触の余韻を感じていて、一息ついた後でも、わりとすんなり続きを書き出すことができる。

 キーボードを叩いて文章を書いているときは、表現したい内容にフィーリングが合うテンポの音楽を聴きながらだと調子がいいが、ペンでものを書くときは、音楽は邪魔になる......そんなところにも両者の違いが現れているような気がする。

 それはともかく、以前から気になる筆記具があった。

 万年筆で使うインクは千差万別で、同じブラックやブルーといっても、メーカーによって微妙に色が異なり、それも書いた直後としばらく経った後では薄れ具合などもかなり異なってくる。また、紙との相性もあって、ある組み合わせでは裏写りしてしまうのに、メーカーを変えてみると裏写りしないといったこともある。

 万年筆売り場へ行くと、様々なインクの試し書きをさせてくれるのだが、そのときよく使われているのがガラスペンだ。

 インクは色や種類によって成分が異なり、微量でも混じり合うと凝固してしまうことがある。ガラスペンなら、ティッシュで拭き取るか軽く水に流すだけでインクを落とせるので、異なるインクを一本のペンで手軽に試すことができる。

 そのインクの試し書き用のガラスペンが気になっていた。

 ペン先が筆圧を受け流して滑るように書ける万年筆と違って、カリカリと独特の引っかかりがあって、でもそれが気になるわけではなくて、紙の個性を強く感じさせる。ペンの角度やつけるインクの量によって、描く線の太さや濃さも変えられ、直立させて書くと驚くほど細い線が描ける。細密画を描く人でガラスペンのファンが多いと聞くが、それも納得がいく。

 ぼくは絵心があるわけでもないので、もっぱら文章書きにガラスペンが使ってみたかった。デスクの上にインク瓶を置いて、ときどきインクをつけながら文章をしたためていく......奥ゆかしい儀式によって書かれた文章はそれなりに洗練されているような気もしてくる。

 絵心のある人なら、絵手紙をガラスペンで描いてみるのもいいかもしれない。

 ところで、ガラスペンは20世紀初頭に日本の風鈴職人によって考案されたものだそうだ。その独特の書き味と、一本一本個性の異なる手作りのペンの魅力から世界中に広まっていった。

 今では、世界中でガラスペンは作られているが、やはり発祥の地である日本のガラスペンが書き味もデザインの繊細さでも群を抜いているという。そんな日本のガラス作家のペンを手に入れた。

 一本のガラスを伸ばし、中が空洞になった薄い青の軸の中には雲母が散りばめられている。手に持って動かすときに、その雲母が微妙にきらめく。そして、ペン先はインクを吸い上げる溝が流れるような渦を描いて、ペン先に収斂している。

 ガラスというただ一種類の素材を使い、部分によって加工を変えて一つの筆記具を作り上げる。熱した素材を引っ張り、捻る...... 経験を積んだ職人の名人芸でなければ、これは作り出せない。角度によって色の濃淡が変わり、光の屈折が変化する。手にとって眺めているだけで見飽きない。

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**試しに、植物のスケッチをトレースしてみた。繊細な線から太い線、 濃淡と良い感じでなぞっていくことが出来る**

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**このペン先の溝に、毛細管現象でインクが吸い上げられ、 長く書くことが出来る**

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**淡いブルーの胴の中に雲母が散りばめられ、ペンを動かすと星の瞬きのように光る**

■e4shop 松村潔作・ガラスペン■

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