文:リュウ・タカハシ
イラスト:Ryoko
2011年8月10日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
「ネイチャーフォトグラファーへの道 六歩目」にも書いたことあるんですが、小さな頃から寝つきが異常に悪く、いったん寝たら最期、今度は死ぬまで起きない自律神経失調症、早起きなんて命に関わる体質、のはずでした。
が、「睡眠時間はいっしょ」で「生産性6倍」って読んだとたん「やってみっか」と思っちゃったんですから、恥ずかしいほどの単純さ......。
◎誠
Biz.ID「朝シフト仕事術: 生産性を6倍上げる"朝"は未開拓の資源だった!」
◎誠
Biz.ID「朝シフト仕事術: 朝から逆算して1日を丸ごと前倒しする」
で、その単細胞、記事読んだ翌日から5時に起きるだけならまだしも、なんと毎朝ジム通いしてんですからお釈迦様もビックリだ。しかも早起きと同じくらい苦手なランニングまでやってんですもん、まさに人生一寸先は闇ともうしましょうか(だんだん芝居がかってきた)。
毎日だと膝が悪化するかと思いきや逆に好調。朝から運動したら仕事中スタミナ切れるかと思いきやむしろ疲れにくい。身体ってやっぱ朝の方が効率よくできてんですね。おそるべし早起き、おそるべし早朝エクササイズ。今までどれだけ損してたんでしょう???
しかしいつの間に自律神経失調症治ってたんだ???
研究発表vol.28:効果的な訓練とは? - 危機管理「対処」は、対処ステージのスピーディな行動は、脳トレがポイントだって話でした。パニックや正常性バイアスに強い冷静な脳ミソ、非常時に的確な判断を下せる脳ミソ、想定外の事態にも応用力を発揮する脳ミソは、訓練で作り上げることができます。
よし、訓練したぞ! これで安心! 絶対に大丈夫!
ホントに?
僕は原発推進派じゃなくてアウトドアガイドですから、「絶対大丈夫」なんて信じません。自分自身だって100%は信用してませんよ。訓練積んでても正常性バイアス起こすかも。現場の惨状が僕の判断力・応用力をはるかに上回るかも。不慣れな場所で被災するかも。
訓練だけじゃ安心できませんね、バックアップが必要です。
というわけで、対処マニュアルの巻です。
研究発表vol.24:危機管理「予防」の流れ その1と、続くvol.26:同 その2 で、「予防マニュアル」についてお話ししました。ザッとまとめると、以下のような感じです。
さてさて今回は、ちゃんと予防してたにもかかわらず、不幸にも非常事態に見舞われたときの頼みの綱、「対処マニュアル」です。
その対処マニュアルって、予防マニュアルと同じく上記の手順で作ればいいのでしょうか?
こう訊かれると「違う」という答えを予想するのがカシコイ大人。もっとカシコイ人は
「ヘソ曲がりがいうからには、裏をかいて『実は同じ手順です』って答えじゃね?」
と勘ぐるかもしれません。さてどっちでしょう?
答えはひとまずおいといて、まず両者の違いを考えてみましょう。予防マニュアルと対処マニュアルの決定的な差は、なんでしょう? 答えは10行後、カンニング禁止、制限時間30分、ヨーイドン!
ハイ時間、正解は「使う状況」です。
予防マニュアルは、平時に目を通すもの。一方の対処マニュアルは、研究発表vol.28のネルソン市立図書館の例のように平時に訓練として読むこともありますが、実際に必要なのは文字通り対処ステージ、つまり非常事態発生時です。
この差をキチンと理解すれば、対処マニュアルの作り方も自然にわかるはずです。
「そんなのは当たり前だ、分かってるよ!」
そうですかねぇ? その割に予防マニュアルと同じ発想の対処マニュアルが多いような気がしますが。
例えば。
アウトドアガイドにとって、熱中症は悩みの種の一つ。特に日本ではツアーが夏休みに集中しますし、暑さも世界指折りなので、ガイドはヒヤヒヤしっぱなしでしょう。僕なら日本の夏は野外活動ひかえますけど、世間様はそうじゃないですからね。ガイドの皆さん、ご苦労様です。
そこで、ネット上で見つけた「マニュアル」をみてみましょう。
『緊急事態対策マニュアル』というサイト内コンテンツです。書いたのは医療専門家じゃなさそうですが、なかなかよくまとまってます。
でも今回のトピックは「対処マニュアル」。もしこのコンテンツが、あなたの職場の対処マニュアルの1ページだったらどうだろう、という視点で考えてみます。
ツアー中にお客様が熱中症でけいれんを起こしてます。大変だ、マニュアルはどこだ? あったあった。熱中症のページは? あったあった。さて、なになに......。
そこで出てきたのが、上記コンテンツの印刷だとしたら、けいれん真っ盛り最高潮のお客様の横で読めます? 僕はイラチ(せっかちという意味の関西弁です、念のため)なのでムリです、ムリ、ムリ!
イラチ向けには、これくらいシンプルじゃなきゃダメっす。
違いは一目瞭然です、よね? 違うでしょ? 分かりやすいですよね? ね?
削っただけじゃなくて、逆に119番、会社、ボスの三つの電話番号はつけ加えてあるのにご注目。
「んなの携帯に登録してるからいらん。特に119なんか常識だろ。」
甘いっ!
応急処置に気をとられて、そういや救急車を呼んでなかった!って、実はよくありがちなんです。だからニュージーランドのファーストエイド講習では、倒れている人を見つけたら「大丈夫ですか? 誰か救急車呼んでっ!」という呼びかけをくり返しくりかえし練習させられます(体育会系訓練が有効な好例)。
また、たまたま自分の携帯が死んでて誰かのを借りなきゃいけないかもしれません。
ですから119番も含めて最底限の番号は明記しておくべきです。でもせいぜい二つ三つにしときましょう。
あ、そうそう、この熱中症のマニュアル例に関しては、一つ大切な注意事項が。
一般的なマニュアルならこの程度でいいのかもしれませんが、アウトドアガイドは心肺停止の重症まで想定しておくべきですから、「意識はある?」の設問でYes・No分岐するフローチャート式にして、軽症から重症までカバーできるマニュアルにしておくべきです。今回は比較のためにあえて元ネタを踏襲しましたので、その点ご注意を。
例をもう一つ。
◎平成22年度 広島県立呉特別支援学校「火災が発生した場合の行動マニュアル(工事期間用)(案)」
広島県立呉特別支援学校の「危機管理マニュアル」というコンテンツ内の1ページなんですが、あぁっ、これは惜しいっ!!
フローチャートにしたのはグッドアイディアなのに、まだまだ字数が超多すぎ。うんとシンプルにしなきゃ。
例えば1番「火災報知器」の右の囲みには70文字もありますが、「発見者」、「火災報知器」、「初期消火」、「事務室へ通報」は、フローチャート内の文言とダブってるので省けます。つまり「周囲に知らせる」のたった7文字ですむんです(しかもこの7文字も、後述のように削れます)。
この調子で、せめて10分の1にはおさえたいですね。
あと、このフローチャートは矢印の向きが逆だったり入り組んでたりして見づらいです。上から下(または左から右)に目線が自然に流れ、矢印通りに行動すれば良いデザインにした方が、パニック寸前の脳ミソにはやさしいです。
皆さんのところのマニュアルも、「緊急時に半分パニックで目を通すモノ」という前提で、もう一度チェックしましょう。使い物になりますか?
たとえばやたら分厚い『危機管理マニュアル』の前半が「予防マニュアル」で、途中から「対処マニュアル」になってませんか? 目次から「熱中症」の対処ページを探すだけで一苦労、ページを繰るのに二苦労ってんじゃダメ。
もっとありがちなのが、先ほどの『緊急事態対策マニュアル』のように、予防マニュアル的手順と対処マニュアル的手順が混在してるパターン。これもダメ。
あるいは、対処マニュアルに細かい字がずらずらっと並んでませんか? 例えば、
ぐわぁぁ、こりゃ悪夢です!
もちろんこのウェブページは、プロの手による素晴らしい情報源です。でも自分の職場の対処マニュアルがこんなだったとしたら......。
この手のは、実際によく見かけますよ。予防マニュアルならOKですが、対処マニュアルだったら失格です。
(作成者土川内科小児科の土川先生からは、こんなに失礼な使い方にもかかわらず、快く引用をお許しいただきました。心よりお礼を申し上げます。)
そもそも、対処マニュアルってすぐに取り出せるところにありますか? 非常時に探し回るのは最悪ですよ。
ほとんどの対処マニュアル(アウトドアツーリズム業界に限らず、あらゆる業界を含めて)は、上記のどれかに当てはまるんじゃないでしょうか? 危機管理講習でも同様の質問をしますが、「はい、うちの対処マニュアルは合格です」って声は、残念ながらまず聞けません。
これだけダメな例をみれば、賢明なる皆さんにはもう解決策はお分かりでしょうから、以下省略。ってわけにもいきませんので、軽く解説しましょう。
記憶力の良い方は、研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」の「対処」の項の、
を覚えてらっしゃるかもしれません。
最初の二つが対処マニュアル関連で、極論すればこの2点がポイントです。
くどいのは承知の上でくり返しますが、対処マニュアルは、理解力、読解力、思考力が下がっている時に読むものですから、「サルでも分かる」が大切なキーワードです。以下、三つの提案にまとめました。
細かい字がビッシリってのは、パニック寸前の脳ミソには拷問です。とことん減らしましょう。
使う場面がまったく違う予防マニュアルと対処マニュアルって、いっしょにする必要あります? ないですよね。じゃ、手はじめにまずこの二つを分けちゃいましょう。非常時に予防手順は不要ですから、前述のごとく予防マニュアル的項目は一切残さず、きれいに分離します。
対処アクションも、全部書いてたらキリがありません。訓練で身についているはずのことは、省きましょう。
例えば避難集合場所だとか消防署通報時のセリフなんかは、対処マニュアルに書くべきじゃありません。先ほどの学校の火災マニュアルも、「火事だぁっ!」と叫びつつ火災報知器を押す訓練を徹底すれば、「周囲に知らせる」という7文字まで削れます。
逆にいえば、訓練不足を対処マニュアルで補おうなんて発想は、論外だというわけです。訓練がメインで、対処マニュアルはあくまでも補助。
仕上げに「対処マニュアル」とか「○○株式会社○○部○○課作成」とかのお飾り的な文言を、問答無用で削除。後日改訂するときの参考に、作成日付と作成者名は記してもいいかもしれませんが、目立たないよう極小フォントにします。
できあがった対処マニュアルは、思いっきり目立つところに保管しましょう。たとえばポスターにして壁に貼っちゃえば、おサルさんでも見落としません。
もしどうしても完全に分離するのがイヤならば、予防マニュアルに対処マニュアルを付記すること。予防マニュアルは少々字数が増えても平気ですから。でも対処マニュアルは、分離独立させましょう。これで安心。
その逆はもちろんダメです、おサルさんが混乱します。
「ポスター? どんなでかいポスターだよ!?」
あ、それって情報過多です。社内すべての対処アクションを書こうとするから肥大するんです。
一部門に必要な対処マニュアルは、実はそんなに項目多くないはず。アウトドアガイドの仕事は環境的ハザードがやたら多いので、他の仕事に比べて対処マニュアルが分厚くなるますが、それでもポスター一枚に収まらないほどじゃありません。その他の職業ならもっとシンプルに出来るはずですよ。
統轄部門には全マニュアルをそろえてなきゃいけないでしょうが、各セクションが他部署のマニュアルをそろえるのはナンセンス、混乱の元。不要なものは捨てて、おサルさんにも分かりやすくしましょう。
限界ギリギリまで字数を減らしたら、残った字をでっかくして、イラストやフローチャートでシンプルにデザインします。
お手本は、飛行機の座席に備えつけの脱出マニュアル。最近の国際線のマニュアルって、字を使わずイラストだけですよね。あれこそおサルさんにも分かる正しいアプローチ。
忘れちゃいけないのが、連絡先。
連絡先リストは巻末別表ってありがちな手法ですが、詳細リストから必要項目を探すのは手間取りますし、前述のように電話連絡そのものを失念するおそれも大きいので、図解の横に二つほど大きく書きこむのがベター。これならおサルさんでもちゃんと電話できます。
いや、ホントにおサルさんから電話かかってきたら困っちゃいますけど......。
次回は、久しぶりにプロとアマチュアの違いを取り上げてみようと思います。以前は概論的に違いをみましたが、今度はもう少し具体的に、仕事に役立つような差を考えてみましょう。
宿題は、プロとアマの違いを考えておくこと。たとえばカヤックガイドとカヤッククラブリーダー、以前ご説明したように責任に大きな差があるんですが、それ以外に技術的な部分ではどう違うでしょう? 回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
【対処マニュアルのピクトグラム習作】
デザインセンスのないこの僕が、Microsoft Word 2010のお絵かき機能の力を借り、熱中症対処マニュアルのピクトグラム化に挑戦しました。恥を忍んで大公開。
う~ん、良いのかダメなのかが自分でよく分からないってところが、センス欠如を如実に物語ってます。
ならば別バージョン。
うん、僕らしくなったぞ。
熱中症にワイン。これは、たぶん死にますね。あらかじめ呼んでおいた救急車、はたして間に合うか?
良い子は絶対にマネしないこと。
ま、とにかく、これでおサルさんにもさらに分かりやすい対処マニュアルが完成しました。めでたし、めでたし(?)
]]>文:リュウ・タカハシ
イラスト:Ryoko
2011年7月24日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
ただいまこっちは冬休みです。子供たちは風邪気味で、家の中で退屈してます。
せっかくなので雪遊びに連れて行ってやろうかと思ってるんですが、そしたら今度は僕が風邪ひいたり、不自由な脚で大丈夫だか不安になったりして、この案もちょいと微妙......。
ところで、膝のお皿に埋め込んである金属の除去手術、僕と家人のニュージーランド移民13周年記念日にとりおこなわれることになりました。面白い記念日になりそうで、楽しみです。
危機管理講座が続きましたので、今回はちょいと気分を変えることにしました。
ガイドはグループのリーダー役ですから、グループマネジメント技術、つまりリーダーシップがすごく必要です。
ところがどっこい、天性のリーダーシップを持ってる人なんてめったにいません。ほとんどのガイドがリーダーシップ能力、グループマネジメント技術で悩んでるんじゃないでしょうか。
何をかくそう僕もリーダーシップは母親のお腹の中に置き忘れてきたクチでして、通信簿の汚点は決まって「協調性」でした。現役ガイド時代に、オペレーションマネージャー昇進の打診もありましたが、かたくなに断りました。キウィ(ニュージーランド人)の荒くれアウトドアガイド30人以上の面倒みるなんて悪夢です。あのオーナー、人を見る目がなかったなぁ(笑)
でもガイド業がつとまらないかっていうと、そうでもないんですね。僕の場合、リーダーシップが弱点だって自覚のもと、グループマネジメントの上手な同僚(先輩、同輩、後輩を問わず)の仕事ぶりを盗んで片っ端からマネしたんですが、けっこうなんとかなっちゃいました。
というわけで、今回は僕が実践してたのをいくつかご紹介します。
18年の歳月と800万ドルの費用をかけて(誇大広告)先輩たちの仕事ぶりを研究した結果、アウトドアガイドのグループマネジメントの最初のステップは、「第一印象」だと結論づけました。朝一番に「こんなヤツに命あずけて大丈夫かいな......」と思われると、グループをまとめられるはずありません。アイスブレイクが最初の勝負です。
ここで早くも弱気になってる方に。
話はちょいと飛びますが、最低最悪とこき下ろされる内閣も、組閣時には前内閣より支持率が高いのが普通。期待感のなせるわざです。
ツアーだって同じです。期待感があるからこそ、お金払って参加してくださってんです。ですからヘマして信頼感を裏切らなきゃいいんです。そう考えると、ちょっと楽になりますよ。
さてさて。
まず大切なのは態度。「まだヒヨッコです、自信ありません」って顔してたら、大減点まちがいなし。僕も目線をさけるクセがあるので、新人時代は特に努力して「相手に目線をすえ、笑みをたやさない余裕たっぷりのベテラン面」を演技してました。
日本では、「まだまだ未熟者でして」っていう謙譲の美徳がよしとされますが、アウトドアガイドに関しては御法度です。
個人的にも、アウトドアガイドと外科医だけは、おどおどした新人さんには担当してもらいたくないっすねぇ。初々しい新人が好ましい職業といえば、なんといっても(以下自粛)。
だからって、やりすぎて「えらそうなヤツだ」と思われちゃカスタマーケア面で減点ですから、サジ加減には要注意ですが。
研究発表vol.17:アイスブレイクでご紹介した「(2)名前を覚える」は、グループマネジメント技術としても有効です。全員の名前を一発で覚えてみせると「こりゃすげぇガイドだ!」って、お客様の見る目が一瞬で変わるんです。ウソみたいですがホント。有効活用しない手はありません。
名前覚えが速いからってガイディングが巧いとは限らないんですけどね(笑)
早い段階で、地図を使ってツアー行程と時間割を説明します。ワケ分かんないまま引っ張り回されるのは、誰だって不安ですから。
ただし下手にやると逆効果。ちょっとしたコツがあるんです。
地図を見せながら
「このあとパドリング講習、安全講習をやって、9時45分にこのビーチから出発です。
11時にAビーチに上陸してで20分間モーニングティー、ジュースとクッキーをお出しします。
11時20分に再出発し、この島の外側を漕いでオットセイを見て、このBビーチで13時から1時間のランチ休憩です。
14時に出艇して、帰りは14時半にこのC岬からセーリング、ここには16時15分に帰着予定です。」
なんてやる新人ガイドがけっこういました(ちょっと誇張してますが)。
何も説明しないで「オレに黙ってついてくりゃいいんだ」的なツアーをやるよりはずっとマシとはいえ(参照:研究発表vol.16:アウトドアガイドって? その3)、これって典型的なダメパターンです。アウトドアツアーで分刻みの予定がちゃんと消化できるはずありません。予定変更のたびに少しずつ信頼感を失うのがオチ。
僕だったらたとえばこんな感じでやります。
「このあとパドリング講習、安全講習やって、だいたい10時前くらいにこのビーチから出艇します。
1時間くらい漕いだら、この辺りで適当なビーチ見つけてちょっと休憩しましょう。
で、また1時間半か2時間くらい漕いで、この辺りのどっかきれいなビーチでのんびりランチです。トイレもありますから、女性でも大丈夫ですよ。どのビーチにするかは、混み具合とか皆さんの体力とか天候とかを見極めながら、現場で決めましょうね。
ここに戻ってくるのは16時頃です。バスは17時発ですからシャワー浴びる時間もたっぷりありますからね。」
おおざっぱな説明でも、安心感はじゅうぶん提供できます。
また、アウトドアツアーは不測の事態が多いので、現場で状況判断しながら予定を修正しながら催行することを明言しておけば、ツアー中に信頼感が目減りするおそれが少なくなります(お客様の危機管理意識が高ければ、信頼感がアップするかもしれません)。
にこやかに優しくソフトに接客するのが基本中の基本ですが、「危険防止のための安全指示には必ず従ってください」ってときは、毅然とした態度が必要です。
怖い声出す必要はまったくありませんけど、シリアスな面をチラッと見せて、「このガイドは締めるところはちゃんと締めるんだな」っていう印象を残しておきたいんです。ツアーの最初にこれをやり忘れ、一日中ひたすらソフトに対応していたら、肝心なときに押さえがきかなくなってしまうことがあります。
こういう風に声音を使い分けることをニュージーランドでは「ダブルボイス」と呼び、ガイディング技術の中でもかなり重要な技術と位置づけています。
グループマネジメントなんていうと、「管理される側」のお客様にとってはマイナスイメージがありますよね。確かに禁止事項てんこ盛り、自由制限しまくりの息苦しいのは、イヤなもんです。お金払って遊びに来てたらなおさら。
でも上手なグループマネジメントは、そうとも限らないんですよ。初対面の寄せ集めなのに、みんなの息がすごくあって盛り上がってたら、忘れがたいツアーになると思いませんか?
ってなわけで、「一人一人のお客様を管理する」ってんじゃなくて、「グループ全体の一体感を盛り上げる」ようなマネジメントを心がけるといいんじゃないかと思います。
研究発表vol.17:アイスブレイクの中で「グループ全体のアイスブレイク」についても書きましたが、実はグループマネジメント技術の伏線でもあったわけです、エッヘン。
え? そんなこと覚えてない? 張っておいた伏線を忘れられるくらいツライ話もないんですけど......。
ま、それはさておき。
僕が使ってた呼びかけ方も、その一例。
同僚ガイドたちの圧倒的多数が、グループに呼びかけるときは「Hey, guys!」っていってました。僕はもう少していねいに「Hey, everyone!」って呼んでたんですが、あるとき誰かが「Hey, team!」っていってるのを聞いて、僕も「Team!」に変えました。
「チーム」って、いいじゃないですか。初対面の急ごしらえチームですが、でもやっぱり一体感のある言葉だと思います。
些細な違いなので、どれだけ効果の差がでるのかは分かりません。また、これを日本語のガイディングにどう応用すればいいのか、今はちょっと思いつきません。
でもこんな風に「一体感」に気を配っていろいろ工夫すれば、積み重ねがきっと成果に結びつくと思います。
いよいよツアー出発です。海に出たら、僕はすぐに全員を集めて、もう一度簡単な安全確認をします。たとえば、
などです。
ただしあまりクドクドやりません。軽くカジュアルに手短に。「締めるとこは締める」っていうのを理解してもらうための儀式のようなものです。
そして漕ぎはじめたら、なるべく早いタイミングで一艇のカヤックに
「ちょっと遠いっすょ、もうちょっと近くにいていただけますか?」
と声をかけます。常に目を光っていることを体感してもらうのが目的で、制止された艇はいわば生け贄です。
これを早めにやっておくかどうかで、イザというときに大きな差が出てきます。いわば危機管理の「対処ステージ」のための布石です。
ずっと締めっぱなしだと息がつまります。なるべく早くゆるめましょう。
たとえば静かな小さな湾の入り口あたりで、全員に目が届く位置に陣取り、
「この湾は安全ですし、すごくキレイです。皆さんもずいぶんお上手になってますから、ここは10分ほど自由行動にしましょう。僕がここで見てますから、口笛聞こえない距離でも大丈夫です。」
ってな風に。
一度締められてから「上手になったから自由度アップ」ってゆるめてもらうと、最初から野放しより満足度が大きくなるもんです。カスタマーケア的にもグループマネジメント的にも有効な手です。
ここまでは、NZだったらたいていのガイドがやってるはずのことです。実際これくらいやっておけば、不測の事態になってもちゃんとグループをまとめることができるはずです。
でも僕にはもう一つ、「自分のスタイル」として意識して使っていた手法があります。お客様に決定権を与える、ってのがそれです。
たとえば、
「さて、そろそろお昼にしましょうか。
選択肢が二つあります。
あそこの小さなビーチならここから1分で、僕らのグループだけで貸し切りです。でもトイレがありません。
もう一つは、次の岬を回ったとこにあるもう少し大きなビーチ、所要時間は3分。トイレはありますが、おそらく他のグループとシェアすることになると思います。
どっちにします?」
ってな具合。
すぐにランチにするか、それとももうちょっと漕ぐか?
少し遠回りで波風も少し荒いけどオットセイの見られるルートがいいか、それともおだやかで近道だけど動物のいないルートを行くか?
陸沿いに漕ぐか、最短距離をつっきるか?
昼食後に軽いトレッキングに行くか、それともビーチにとどまってのんびりするか?
すぐご飯にする、それともお風呂が先?
ガイドって、ツアー中にいくつも選択します。自分で勝手にどんどん決めちゃった方がもちろん手っ取り早いんですけど、僕の場合はなるべくお客様に選んでいただくようにしてました。
リーダーシップやグループマネジメントの話で、「顧客に決定権を与える」っていうと、逆じゃないの?と思うかもしれませんが、実際にはガイドの信頼感がむしろアップして、いざというときの
「ここはちょっと危険度が高いので、僕の判断・決定に従ってください。」
という一言の重みが増すと感じてます。
先の行程説明にしろこの決定権にしろ、僕は「お客様に積極的に情報を開示」することを心がけてました。大げさな言葉を使えば、インフォームド・コンセントですかね(笑) 別にお医者さんの専売特許じゃありませんよ、ガイドもどんどんやりましょう。
ホントは「コンセント」って「同意」って意味ですから、決定権を与えるのはちょっと違うかもしれませんが、ま、細かいことは気にしないことにしましょう。
言うことをきかないお客様、ワガママなお客様って、よくいらっしゃいます。
単なる成金ってこともなきにしもあらずですが、アウトドアツアーの場合はたいていは自信過剰な人です。カヤックツアーの場合は「自称カヤッカー」、もっとハッキリ言っちゃえば、自分を上級者と勘違いしている初~中級者です。
で、こういうお客様をあしらうのに一番いい方法は、アシスタントにしてしまうことです。
もちろん、本当に責任のある仕事は任せちゃダメですよ。ガイドの業務責任放棄になりますから、許されません。そうじゃなくて、「彼の自尊心をくすぐる」程度の軽い仕事を与えたふりをするんです。
たとえば、ワガママなAさんにこっそり、
「ねぇAさん、今日はBさん、Cさんのお二人がとっても非力で、僕一人じゃちょっと目が届かないんですよ。あなたの腕を見込んでお願いしたいんですけど、Bさんの近くにいて目を配ってていただけませんか?」
ってな具合に。
もちろん、本当にBさんを彼に任せるわけじゃないですよ。Bさんはもちろん、当のAさんの挙動にも、こっちで目を光らせます。下手にAさんが張り切ると、かえって危険だったり、Bさんにとって鬱陶しい教えたがり屋になったりすることもありますから、そういうときはすかさず助け船を出さなきゃいけませんし。ですからハッキリ言えば、むしろ仕事は増えます、ハイ(笑)
でもこの一言で、少なくともAさんはずいぶんと協力的になるもんなんです。
他にも、
「ここから200mほどは、水面下に隠れ岩があるかもしれません。ひとかたまりで注意して進みますよ。
僕は万一のために後から見守ります。Aさん、先頭でルートファインディングをお願いできますか?」
という手は、よく使ってました。
もちろん、これだって本当に難しいとこではやりませんよ。そういうときは僕が先頭。
でも、難しそうに見えるけど、実は水面すれすれの隠れ岩なんかなくって、神経質なルートファインディングの必要がない場所は、こういうテクニックを使うのに絶好だったりするんですね。
こうやってちょっとずつくすぐっていると、最初は「何でこんな初心者といっしょに堅苦しく漕がなきゃいけないんだ」と不機嫌でワガママだったAさんも、途中からうって変わって協力的でニコニコの扱いやすいお客様になることが少なくありません。
ま、中にはこういうのが通用しない本格的なヘソ曲がりもいることはいますけどねぇ、でも僕の経験上、日本人にはそこまで難しいお客様はほとんどいないと思います。
もちろんAさんだけひいきにしてたら別の問題が起こりますから、他のお客様にも別の形でしっかりカスタマーケアをしなきゃいけないのは言うまでもありません。
また先ほども申し上げたように、Aさんに仕事をお願いすると、逆に彼がはりきって別の問題を起こしたりもしますから、むしろ仕事が増えることも珍しくありません。
ただ総合的なグループマネジメントは、ずっとやりやすくなることが多いようです。つまり安全性も高まるというわけです。その分がんばってカスタマーケアに走り回りましょう。
こういうのって、人によってそれぞれあうあわないがありますから、他人のやり方がそのまま使えるとは限りませんが、ご参考になれば幸いです。
ホントはもっともっとたくさん同僚から盗んだので、全部ご紹介したいのは山々なんですが、自分が採用しなかった手法はほとんど忘れちゃいました。スミマセン。
こういう手もあるよ、ってな情報を編集部までお寄せいただけたりなんかしちゃったりすると、ホントにありがたいです。
次回はまた危機管理に戻りまして前回の続き、対処マニュアルをとりあげてみようと思います。
マニュアルといえば、vol.24とvol.26では、予防マニュアルをとりあげました。そこで宿題。予防マニュアルと対処マニュアルの決定的な違いはなんでしょう? 回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
今回はいつもと逆に、本文がカジュアルな実例、オマケが理屈、という変則パターン。
この動画をご覧ください。日本語字幕も選べます。
ちなみに参照元へのリンクはこちら↓
◎TED「デレク・シヴァーズ 『社会運動はどうやって起こすか』」
「最初のフォロワーは、実はリーダーシップの一形態」というのは、なるほどです。目からウロコが落ちました。特に「最初のフォロワーの存在が一人のバカをリーダーへと変える」なんて、大変な名言ですよね。
このフォロワーシップという概念、面白いのでもうちょっと調べてみました。
◎日経ビジネスオンライン「菅降ろしでうごめく永田町の"ダメ"フォロワーたち」
「織運営においてリーダーの及ぼす影響力は10%程度で、残りの90%は、部下であるフォロワーの人々の力が左右する」(米カーネギーメロン大学ロバート・ケリー教授)なんて聞くと、「なるほど、だから僕みたいなヤツにでも、なんとかなったのか」と納得。
もう一つ。
◎日経ビジネスオンライン「菅首相の"ドン引き発言"で考えるリーダーの品格」
上と同じ連載の記事ですが、こちらにはリーダーの責任が書いてあります。
「リーダーとは何かが起こった時、何かを決断しなければならない時、部下を引っ張っていかなくてはいけない時、"ここぞ!"という場面でのみ、自らの存在を前面に押し出すもので、部下がしっかり仕事をしている時には、陰から部下を見守るものだ」
僕らアウトドアガイドも、極論すれば「ヤバイとき」にグループをまとめて安全確保するのがリーダーシップの目的なんですよね。
つまり、「有事にきちんとまとめられる」ということを主眼に、平時から準備しておくのが正しいグループマネジメントだってことですね。平時にガチガチにグループを締めあげる必要なんて、まったくないわけです。
こうやって三つの資料をながめると、アウトドアツアーでも「90%のフォロワーシップを引き出すこと」の大切さと有効性は、よく理解できます。
「難しいお客様は助手に」っていう手法も、フォロワーシップ理論を知れば納得がいきます。実はこの手法は同僚から盗んだんじゃなくて、僕のオリジナル技なんですが、我ながらなかなかいい手法を編み出してたようです。誰もほめてくれないので、とりあえず自画自賛してみました(とはいえ、ある程度のベテランなら思いつく手法でしょうけどねぇ)。
他の方法も、あらためて見なおしてみると、「リーダーの権力を強める手法」というよりは「フォロワーシップを引き出す手法」ばかりですね。
フォロワーシップを引き出す手法ってのは顧客に不快感を与えにくいので、カスタマーケア面でも有利に働くのも、見逃せないポイントです。
やっぱりエイベルタズマン国立公園には、いいノウハウがゴロゴロと転がっていたようです。世界最大規模の商業シーカヤックフィールドはダテじゃないってことですね。
]]>文:リュウ・タカハシ
イラスト:Ryoko
2011年6月25日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
膝の皿をバラバラに割る怪我から、半年たちました。
ニュージーランドってスゴイっすよ。七つに砕けた膝蓋骨の全身麻酔手術を夕方やって、翌日の昼(術後わずか16時間!)には退院させようとするんです。
幸か不幸か夜中に高熱が出たんで一日のばしてもらえましたが、それでも翌々日の午前中に(まだ熱あるのに)シャワーを浴びさせられ、昼すぎには退院......。
診察だって1回目は退院1週間後、2回目はその2週間後、3回目はその2ヶ月後、そして4回目はなんとその3ヶ月後(怪我の5ヶ月半後)と、退院から半年の間にたった4回の徹底した放置プレー......。
ともかく先月末の診療(しつこいようですが、3ヶ月ぶりです)で、そろそろ金属除去してもいいだろうってことになりました。寒さとともに痛みがひどくなる一方なので、やれ嬉しやと思ったのもつかの間、4週間たってもまだ手術日程の連絡がありません。早くしてくれぇ、ピンが靱帯に引っかかって、すんげぇ痛いんだよぉ......。
医者やナースの対応は、おおむねこっちの方が親切で温かいんですが、こういう点では日本に負けるなぁと思ってしまったり。
ま、ぜいたくいえる身分じゃないんで、がんがんリハビリやりつつ連絡を待つ今日この頃です。
前回のvol.27では、ディズニーランドや学校を例に3.11震災直後の避難行動を検証しました。ちょっとまとめてみましょう。
事故や災害が起こったら、危機管理は「予防ステージ」から「対処ステージ」に切り替わります(研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」参照)。
ここで一番大切なのは、スピードなんですが、残念ながらこれが日本人の弱点です。そこでまず、スピードを殺す要因を考えてみましょう。何がありましたか?
まずパニックは世界共通の大問題です。ヒステリックな動的パニックはもちろん、大多数の人が起こす正常性バイアス(静的パニック)もやっかいなスピードダウン要因です。
日本人特有の要因には、上司への確認や責任感などがありましたね。
似たようなとこで協調性とか世間体なんかもやばそうです。「逃げてるのが私だけだったら恥ずかしいわぁ」とか「避難して空振りだったら笑われるかもぉ」なんていってるうちに逃げ遅れるなんて、いかにもありそうな話です。正常性バイアスを起こすと、こういう日本人的思考パターンに陥いりがちです。ここ、赤線ひいてよく覚えときましょう。
パニックも起こさず、責任感・世間体の罠にもはまらず、落ち着いて行動する心構えができてるのに、何をすりゃいいか分からないってのもありがち。あげくの果てにスピーディに財布・携帯・PCを取りに行ったりしてたら論外ですね。これは判断力欠如です。
他にもあるかもしれませんが、こういうのがスピードダウン要因です。
ではスピードダウン要因をとりのぞくには、どうすればいいでしょう? 三つあげてみてください。
ってな感じでまとめてみましたが、いかがでしょう?
これを一言で津波てんでんこと表した先人の知恵ってサスガです。
2番目の「責任より安全を重視」ってのは、上記のように日本人の場合かなり訓練を要する点ですから、ひとまとめにしちゃうと
訓練 +コンセンサス = スピード
となります。対処アクションの方程式ができたようですね。
つまりスピードを支えるのは、結局のところ「訓練」です。すると別の疑問が出てきます。
「じゃぁどんな訓練をすればいいんだろう?」
ハイ、これが今日のテーマです。
僕が紅顔の美少年だったころ、小中学生では確か次のような火災避難訓練やってました。
スピーディに記憶が失われつつある今日この頃ですが、ふざけてて先生にぶん殴られたことも含めて、かなり詳細に思い出せました。まさに訓練の成果!?
頻度は年1回だったと思います。
火元はいつも避難ルートに影響のない無人の部屋ばかりで、調理実習中に出火、ヤンチャな生徒のタバコでトイレから出火、ってなシナリオはありませんでした。ですから毎回同じルートで避難してました。
窓やドアを閉めるのは、火の回りを遅らせるためだったはずですが、スピードダウン要因ですから絶対やっちゃダメですね。開いてても気にせず、サッサと避難しましょう。
今の職場、ネルソン市立中央図書館の火災避難訓練は、こんな感じです。
頻度は年に2度ですが、それと別に避難マニュアルで脳内シミュレーションを毎月やってますから、年十数回やってるようなもんです。
余談ですが消火器は僕が毎月チェック、さらに年に1回プロがチェックすることになってます。
注目すべきは、一般利用者がいる開館中の抜き打ちだという点。僕らも本番だか訓練だか分からないままお客様連れて逃げてるわけでして、かなり緊迫感あります、ハイ。
お客様の館外誘導って大変ですよ。
たとえば英語の通じない外国人ツーリストもたくさんいます。彼らは大きなバックパックを館内の隅っこに置いてたり、故郷の恋人とSkypeしてることが多いんですが、荷物を無視させ、恋人と引き離してどんどん脱出させなきゃいけません。逆に地元の人は「火事? また訓練じゃねぇの?」と動くのを渋ったりしますが、これも有無を言わせず連行。もちろんトイレで踏ん張ってるお客様をせかして連れ出す係だっています。
ね、仮に訓練だって分かってても、気楽にかまえてられる作業じゃないでしょ?
ちなみに「訓練ご協力ありがとうございました、館内に戻っていただいてけっこうです」というアナウンスきいて怒るお客様って、今のところ見たことありません。日本だとこうはいかないだろうなぁと思いながら、こういうとこでも危機管理意識の違いを感じてます。
あ、そうそう。
非常ベルが鳴ったとき、日本人って「誤作動?」、「訓練?」、「テスト?」と顔を見あわせ、すぐに動かないのが普通です。身に覚えある方、手をあげましょう。ほら、全員の手があがりました。僕もそうでしたから、恥ずかしながら挙手してます。
もうお分かりですよね? そうです、これが正常性バイアス+多数派同調バイアス(=非常呪縛)なんです。つまり昔の僕もあなたも、逃げ遅れて死にやすいタイプです。
今の僕はもちろん、誤作動だろうがなんだろうが、とにかく避難します。街中で自動車のバックファイヤーを聞いても「銃声かも」と身構えます。訓練で直るもんなんっす、ホント。
本題に戻ります。
同じ火災避難訓練といっても、ずいぶんと差があるもんですね。さてここで問題、どちらの訓練がより効果的でしょう?
答えは明白なのではぶきますが、学校訓練にも一ついいとこがあります。実際の避難中には、正常性バイアスを起こして外履きに履きかえようとする子供が続出すると思われますので、「上履きのまま避難」を繰り返し訓練するのは、明らかに有効です。
でもこれ以外には、メリットをみつけられません。
さてさて。
日本人は「訓練」ときくと、機械的な反復で動作を身体にしみこませ、寝ててもできるようになること、ってなイメージを思い浮かべがちです。スポーツやお稽古ごとには不可欠な練習方法で、僕らアウトドアガイドもレスキュー技術習得にこの手の訓練を積みます。これを体育会系訓練と呼ぶことにしましょう。
日本の学校教育は暗記に偏りすぎという批判がありますが、これもいわば体育会系訓練ですよね。避難訓練にもそれが反映されていたようで、おかげで30年たっても思い出せました。
でも本番で役立つ訓練かといえば、大いに疑問です。
もし避難ルート途中の「3年2組」から火が出たら、「いつものルート」を叩き込まれているのがあだになり、正常性バイアスで燃えてる廊下を突破しようとする子が一人や二人ではすまないはずです。
調理実習中に火が出たら、その教室にいる子たちはどう避難すべきなのか、少なくとも僕らは一切教わりませんでした。
これじゃパニックを助長してるようなもんですねぇ。
しかも年に一回ですから、形骸化、自己目的化した役に立たない訓練といって差し支えなさそうです。
対する図書館の訓練は、判断力や応用力を思いっきり要求します。
そうです、対処ステージの初期アクションでは、「判断力」や「応用力」がとっても大事なんです。事故や災害なんてものは、こっちが想定しているような都合の良い形で起こるはずがないからです。
3.11でも「想定外」という言葉が飛び交いましたが、当研究所にいわせりゃ事故や災害は想定通りじゃないのが当たり前田のフライングニールキック。
勘違いしやすいとこなので、強調しておきます。
訓練の目的はもちろんスピードです。
でも、素速く消火器が使えるとか、1秒でも速く規定の避難ルートを駆け抜けるってのとは、ちょっと違います。こういうのが目的なら、もちろん体育会系訓練が有効です。
でもここで重視したいのは、事故・災害直後の混乱の中で一番スピーディな方法を「判断」し「応用」できる能力です。よく「走りながら考える」っていいますが、有事の対処モードに特に大切なコンセプトです。
もう少し具体的には
を目指した訓練が必要です。この四つがクリアできれば、スピードも達成できます。
アウトドアガイド、兵士、消防隊員、警察官などのプロはもちろん、学生アルバイトや小中学生にもこうした訓練が有効なのは、前回みたようにディズニーランドや片田教授が証明してくれました。
こういう対処ステージ向けの脳ミソを鍛えるには、ワークショップ的、ブレインストーミング的な考える訓練が必要です。文化系訓練と呼ぶことにしましょう。
TDRスタッフはぬいぐるみを配ったそうですが、こういうのはまさに文化系訓練のたまものでして、いくら体育会系訓練を積んだってできるようにゃなりゃしません。彼らもきっと文化系訓練を受けていたに違いありません。
実際とは違うかもしれませんが、もし僕が同様の訓練を担当するなら、ショップのスタッフに、「大地震の後、ぬいぐるみはどのように活用できますか?」というクイズを出して、グループごとに使い途をディスカッションしてもらいます。子供を安心させる以外にも、防寒具、プロテクター、寝具、救急用具など色んな用途があるはずです。
もちろんぬいぐるみ以外のものも、同様にどんどん活用方法を検討します。
次に役割分担(お客様役とスタッフ役)してシミュレーション訓練です。中級者相手だったら、シナリオ自体を彼ら自身に考えてもらっても面白そうです。
別の機会には、「ここが燃えていたらどう避難する?」、「ここが崩れてたらどうする?」というルートファインディングの訓練も必要です。「車いすはこのルートは通れない。さてどうする?」なんて課題も、当然考えてなきゃいけませんね。
いくつかシナリオを用意して、「この場合は移動するか、とどまるか?」の判断シミュレーションもやっておかなきゃいけませんね。
アウトドアガイドも「その辺にあるものをフル活用して危機を切り抜ける機転」が生死を分ける鍵になりますから、この手の訓練は不可欠です。
手前味噌ですが、僕がプロガイド・ワークショップでシーカヤックのレスキュー実技をやるときも、参加者の皆さんには海上であれこれ悩んでもらうような形でプログラムを進めます。体育会系レスキュー訓練に慣れた参加者は最初とまどいますが、そのうち僕自身が「へぇ!」と思うようなアイディアが出てくるようになります。
参加者から「じゃぁこういう場合はどうだ?」、「ちょっと待てよ、こういう手もあるんじゃないのか?」、「この商材は、こういう風に避難用具として使えないか?」などと、アイディアがどんどん出てくるようになればしめたものです。スピーディに対処できる「危機管理脳」が育ってきてる証拠です。
これが対処アクションに必要な判断力、応用力を鍛える訓練です。
ちなみにネルソン図書館は、全員を対象にここまでていねいな文化系訓練はやっていません。というのも相当数の職員が職場安全担当官やCivil Defence & Emergency Managementボランティアの訓練を受けているので、上記のような訓練だけでも十分だからです。
もちろん、こういう手法の訓練だって、年に一回ではあまり効果は期待できません。がんばって頻繁にやりましょう。
こういうのをしょっちゅうやってるとアンテナが発達して、普段から災害や事故の情報に敏感になります。情報がたまると想像力がアップして、「この規模以上の地震だと、ウチのオフィスはダメだなぁ」とか、「○○mの津波が15分以内に来たら、避難ルートがないぞ」などと、「これ以上だと助からない」ってとこまで想定がエスカレートするはずです。
これは、パニックを起こさない脳ミソを鍛えるのに、とても有効です。また安易に「想定外だった」なんてアホな言葉も出てこなくなります。想像たくましくどんどん「最悪の事態をシミュレーション」するクセをつけてください。
ちなみに「想定外だった」って言葉を連発するのは、「想像力がありません、シミュレーションもしてません、つまり危機管理能力ゼロです」ってのを公表してるようなもんですから、少なくともアウトドアガイドはめったなことで口にすべき言葉じゃないなと思います。
危機管理能力ゼロで思い出しましたが、『きかんしゃトーマス』はヤバイっすね。英語版だと「Luckily no one was hurt」ってのが決まり文句ですが(森本レオはなんて言うのかな?)、毎回ひたすら列車事故の連続です。ソドー島に行く機会があっても、ぜったい線路には近づきたくありません。
ここまで読んで、
「そっか、体育会はやっぱダメなんだな」
と溜飲を下げた文系もいらっしゃるかもしれません。
前言をひるがえすようですが、体育会系訓練がいつもNGだってわけじゃありません。もうちょっとクリアにしときましょう。
対処アクションにも、体育会系訓練が有効な決まった動作は少なくありません。
たとえばファーストエイドのCPR(心肺蘇生法)は、反復練習が必要です。アウトドアガイドが現場で使うレスキュー技術だって繰り返し体育会系訓練やらなきゃいけません。ロープワークだって、レスキューナイフでロープをスパッと切断するのだって、練習してなきゃ本番のふるえる手でスムーズにできるはずありません。落ち着いてれば消火器の使い方くらいその場で理解できますが、これだってあらかじめ身につけておけば、生死を分ける数秒が節約できるかもしれません。
ですから素速い動作には体育会系訓練、的確な判断力と応用力には文化系訓練と、キチンと区別して使い分けるのがポイントです。
もちろんガイドは、両方をハイレベルで、なおかつバランスよく鍛えておきましょう。
ここしばらく危機管理関連の講座が続きました。第二のステージ「対処」はまだ続くんですが、ちょっと気分を変えて、次回はリーダーシップについて考えてみようと思います。
今回は、特に宿題は出しませんが、もちろんご感想、論文などを編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
【ロープワーク】
ロープワークができるとモテる、という人がいます。
モテません。僕をみなさい。
この勘違いの由来を考えてて、きっと団鬼六先生の小説だ!っと膝を打ったんですが、編集長から「違う! ぜったい違う!」と却下されました。大発見だと思ったんですが。
ま、モテるわけじゃないっすけど、ロープワークはアウトドア技術の基本中の基本、とっても大事です。
クライミング、ツリーイング、釣り、ヨットなんかは、ロープワークができないとお話にならないジャンルですから、彼らはさすがに上手です。
でもそれ以外のハイカーとかキャンパーとかマウンテンバイカーとかカヌーイストとかは、そのうち覚えようと思いつつ早幾とせ、相当なベテランになっても、「いやぁ、実はロープワークはちょっと......」って方が少なくないような気がします。
アマチュアならまだしも、ガイドがロープワークできないと大問題ですが、実際にそういう人けっこう見てきました。
国立職業訓練校ガイド養成コースの実技テストの試験官をやったとき、プロ顔負けの完璧なガイディングをやる学生を感心しつつ採点してたら、タープを張るのに30分以上かかりやがったので、「お前なぁ、ホントに大雨降っててお客さん待たしてたら、どーすんだよ、この大バガヤロ様!」とお尻蹴っ飛ばしたいところをグッとがまんして、その代わりロープワークだけ再試験にしたこともありました(笑)
でもロープワークって、そんな大変なもんじゃないですよ。片手で数えられる程度で十分なんですから。
たとえば僕が使うのは、幼稚園生でもできる止め結び以外には
くらいです。ほら、片手におさまるでしょ。
これだけできれば、キャンプサイトまわりはもちろん、自動車の屋根に大きな荷物を縛りつけるのも、崖下に落ちた人をレスキューするのも、庭仕事もぜんぶ間に合っちゃいます。自宅を大工と二人で建てたときも、なんだかんだでけっこうロープ使ったんですが、あざやかな結びっぷりで大工や建材屋のオッサン達を何度もアゼンとさせました。たった5種類なんですけどねぇ。
ロープワークの本には他にもゴチャゴチャのってますが、単なるページ数稼ぎです、覚えなくても大丈夫。上記の五つだって、最初の二つは「こんな簡単な結び方に、エラソウに名前なんかついてんの!?」ってなシロモノですし、残りの三つだって一日あれば楽勝で全部覚えられますから、屋外で遊ぶの好きな方は、ぜひとも覚えましょうね。
ガイドの場合は、これら全部目をつぶってても一瞬でできなきゃお話になりません。右からでも左からでも、向こうからでもこちらからでも、右手でも左手でもできるようにしておきましょう。ボウラインは片手でも結べるようにしておきましょう。
ま、ここまでやったって、やっぱりモテるようにはなりませんけどね。
文:リュウ・タカハシ
イラスト:Ryoko
2011年5月30日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
2ヶ月も早く冬が来たかと思うような4月末の急な冷え込みに続いて、5月初旬は警報が出るほどの大雨続き。ところが翌週から二週間ほどは汗ばむ陽気続きで庭の梅が狂い咲き。かと思えば先週はまたもや大雨でこの近くでもかなりの洪水被害が出ました。その前線が通り過ぎたとたんにまたポカポカ陽気。何なんですか、これは???
ニュースでは噴火、地震、竜巻などの被害が世界各地から伝えられてきてます。なんともいやな感じですねぇ。皆さんもくれぐれもお気をつけてください。
すっかりおなじみのパターンになりましたが、前回の予告を裏切って内容を変更します、スミマセン。
「予防ステージ」を解説してきた危機管理講座ですが、今回から「対処ステージ」に入ります。「予防ステージ」とか「対処ステージ」とかって何だっけ?って方は、研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」を読み返してみてください。
先日、面白い記事を見つけました。日経ビジネスオンラインなので無料登録が必要ですが、一読の価値ありです。
◎日経ビジネスオンライン「3.11もブレなかった東京ディズニーランドの優先順位」
確か当講座でディズニーランド(以下TDR)にふれるのは初めてですが、実はプロガイド・ワークショップなどでは、ひんぱんに話題にしてきました。
上記記事にもありますが、TDRスタッフの行動基準はまず「安全」を最重要視し、続いて「礼儀正しさ」、「ショー」、「効率」と続きます。一般的な企業理念とは順番が丸っきり逆になっているのが面白いところですね。
当研究所が注目してきた理由の一つもこれなんですが、今回の震災でこのSCSEと呼ばれる基準が単なるお題目ではなく、実際にスタッフにきちんと浸透していたことが分かって、改めて感動しました。オリエンタルランド社のスタッフ教育の場には、ぜひとも一度お邪魔してみたいものです。
ま、それはさておき。
我田引水手前味噌ながら、TDRスタッフがとったような行動原理は、当講座ですでに何度もカバーしてます。実例があると理解が深まりますので、照らし合わせて復習してみることにしましょう。
まず「パニック」という言葉について前置きが必要ですね。同じく日経ビジネスオンラインから、別の記事を引用します。
◎日経ビジネスオンライン「パニック回避の代わりに彼らが失ったもの」
この記事での「パニック」の用法はおなじみですね。でも当研究所は、少し違うニュアンスでこの言葉を使います。
まずこの記事のような、遠隔地で情報を得てこれから被害にあう可能性をおそれて起こすヒステリックな行動は、ここではパニックには含めません。災害や事故に直面して、本当に危ない目にあっている人が起こす症状に限定します。
なぜならアウトドアツアーの現場で問題になるのは、後者のような「直面してるケース」だからです。
また通常は、ヒステリックな行動をともなうものをパニックと呼び、静かにしていればパニックとはいいませんが、ここでは石像のようにかたまってしまう症状(正常性バイアス)なども静的パニックとして扱います。
たとえばウィキペディア「パニック」には、「過去の大規模な航空機事故発生時には、逃げ場のない機内で乗客は強いストレスに晒されながらも、一定の理性を保っていたという報告がなされている」とありますが、これも当講座の用法だと、たとえば「動的パニックは起こらなかったものの、ほとんどの人が正常性バイアスによる静的パニック状態だった」ってな書き方になります。
アウトドアツアー中に非常事態になったら、厄介さはという意味では静的パニックも動的パニックもガイドにとって大差がありませんし、静的パニックの方が圧倒的に多いからです。
ちなみに引用記事のような、被災地からある程度離れた場所で、駅に殺到して改札を突破する行動は、当研究所だったら「集団ヒステリー」と呼びます。
さてさて。
研究発表vol.10:危機管理「日本人の弱点?」の「何が日本人の危機管理の弱点か? 其の参」でふれたように、1万人のスタッフがいれば、8千人が静的パニックで凍りついたり場違いな通常業務を続けようとし、1千人が動的パニックでヒステリックに叫び走り回る、ってな事態が予測できます。
ところが実際のTDRでは、高校生や大学生のアルバイトでさえ冷静に対処行動をとったようです。何がポイントでしょう?
答えは同じく研究発表vol.10に書いてありますね。そうです、訓練です。
TDRの防災訓練は年180回を数えるとのこと。各スタッフが年に何回訓練を受けるのかは分かりませんが、おそらく相当な回数なのでしょう。ひんぱんに訓練をくりかえすことの有効性は、かくして見事に証明されました。ぜひとも見習いましょう。
ちなみに今までは訓練そのものについては、今までは具体的に何もふれてきませんでしたが、次回は効果的な訓練、効果が期待できない訓練についてキチンとご説明しますので、乞うご期待。
上司の許可を求めず独自判断でぬいぐるみやお菓子を配ったTDRスタッフ、それを良しとするオリエンタルランド社に対し、ネット上では驚嘆賛嘆の声があがってました。
まさか一緒になって感心してたアウトドアガイドはいないでしょうね? 独自判断で個々にスピーディに動くのは、「対処モード」の基本中の基本ですから、ガイドが感心してちゃダメですよ、ホント。
これは研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」 の「第二ステージ:対処」の項で、「シンプルな指揮系統」としてとりあげましたね。
ではここでクイズです。「現場が判断し、現場が指揮官になって動く」のは、なんのためでしょう?
簡単ですね、もちろん「スピード」を重視するためです。有事初期の対処行動はスピードが命です。いちいち上司に確認とってたら、被害が拡大します。大事なポイントなので、赤線ひいておいてください。
でも言うは易く行うは難し。
TDRのように実際に現場が機能するように運用するためには、ポイントが二つあると思います。じゃ、これが次のクイズ、この二つが分かりますか?
一つ目は簡単ですね、もちろん「訓練」です。アルバイトはおろか、正社員や管理職だって、訓練なしでいきなり独自判断で動けっつっていわれても、無理に決まってます。訓練の詳細は、やっぱり次回のお楽しみ。
二つ目はなんでしょう? 正解は「有事には個々のスタッフの判断を尊重する」ことを、組織のコンセンサスとして明確にすること。
この二つがセットになっていないと、うまく機能しません。はい、これも赤線。
これは研究発表vol.9:危機管理の話に入る前にの「ツタの正体其の弐」と関連してます。日本は叱る文化なので、つい萎縮しがちだという話、覚えてますよね?
一刻の猶予もない有事でも、上司の判断を仰いで責任回避しようとする心理って、叱る文化の悪影響です。こいつはなかなか厄介で、他にも何かと危機管理の足かせ、妨げになりがちです。
ですから組織ぐるみで「有事の現場の判断を尊重する」ことをきちんと確認しましょう。組織が大きくなればなるほど、より大切になると思います。
ちなみに別の文化をもつ他国の場合は、この限りじゃありません。たとえば褒める文化の代表としてここニュージーランドをあげると、組織が特に明言しなくたって、現場のスタッフは独自判断で勝手に商材を使うに決まってます。ですからTDRスタッフの行動も、ニュージーランドではニュースバリューはありません。
つまり日本社会で生まれ育った人は、残念ながらこの点では大きなハンデを背負っているんです。しっかり理解しておきましょう。
従業員通路を顧客に開放して避難したことも記事になっていますが、SCSEを公言する同社にとっては、「夢」と天秤にかけて「安全」をとるのって、大した決断じゃなかったと思います。大げさに賞賛してるのは、拝金主義に骨の髄まで毒された企業人でしょう。
アウトドアガイドにとっても、「ブランドイメージ」なんかより「顧客の安全」が大切なのは当たり前田のクラッカー(分からない人はスルーしましょう)で、天秤にかけるまでもありませんから、このエピソードはあまり重要ではありませんね。
でも我が業界には、別の天秤の罠があります。さて、これがクイズ、この別の罠ってなんでしょう?
回答は前回の研究発表vol.26:危機管理「予防」の流れ その2で「経済的なあせり」として軽くふれた、「懐具合」です。
天候、景気、災害、政治、犯罪、疫病、流行など、ありとあらゆる現象がツーリズム業界に影響を及ぼします。かき入れ時なのに売り上げが芳しくないときは、ちょっと無理してもツアー催行したい誘惑にかられても不思議じゃありません。これが原因のアウトドア事故は、決して少なくありません。
さぁ天秤のどっちをとりますか?ここできちんと「安全」を優先できるかどうかで、実力のほどが問われます。ガイドの誇りにかけて、がんばって「安全」を優先しましょう。
ここまではTDRの例でしたが、ここからは学校をとりあげましょう。ご承知の通り、明暗がかなりハッキリと分かれたようです。
まず「暗」の例から。
◎ホスピタリティの場所「『「社会する』ことで、半数以上の子どもたちが死んだ:O小学校の津波被害」
なんとも痛ましい話です。まずはご冥福をお祈りいたします。
だからといって、そっとしておいても今後の防災には役立ちません。死者にムチ打つようで気分はよくないですが、彼らの尊い犠牲を無駄にしないためにも、がんばってとりあげてみましょう。
研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」 などで何度もふれましたし、今回もすでに書きましたし、これからだって耳にタコ焼きができるほど強調していくつもりですが、いったん事故や災害がおこって「対処モード」に入ったら、とにかくスピードがポイントです。はい、僕の後について大きな声で復唱しましょう、「有事には、1にスピード、2にスピード、3、4もスピード、5もスピード」、元気な声がでましたか?
パニックが困るのも、要するにスピードダウンになるからです。いちいち上司に確認なんかとってると手遅れになるぞという悪例として研究発表vol.20で取り上げたのが、奇しくも学校の先生のブログ(あれ、リンク先が消えてますね......)だったのも、何やら暗合めいていますが。
ともかく、パニックも上司への確認も、スピードダウンという同じ結果に行き着きます。
今回のケースはパニックでも上司への問い合わせでもないのですが、「スピード」を最重要視しなかった点で、やはり根っこは同じです。
先生方が「スピード」のかわりに重要視したのは、点呼や整列、あるいは普段の訓練通りにきちんと避難すること、つまり「職務責任」だったようです。引用記事では「社会する」という言葉が使われていますが、僕が使う「責任」と同じ意味です。
点呼して迷子を出さない、整列させ静粛に移動というのは、平時では当然の職務責任ですが、有事にはスピードを殺してしまいます。よかれと思っておやりになったことゆえに、ホントに痛ましいことこの上ありませんが......。
危機管理の対処ステージ初期では、とりあえず「責任」のことは忘れて迅速なレスキュー行動に徹するべきだということは、研究発表vol.9:危機管理の話に入る前にでもお話しましたので、お忘れの方は再読してみてください。
これらのケースに限らず、「責任」は「有事の対処行動」を制限することが多々あります。
別の言い方をしましょう。「責任をまっとうする」とか「社会的に正しい行動」などは、必ずしも「有事の安全な避難行動」とイコールではありません。つまり有事には「無責任でも反社会的でもいいから、安全な行動」を選択すべきである、ということです。そしてその安全な行動には、スピードが要求されます。
ここで要注意なのは、まじめな日本人の場合、正常性バイアスを起こすと、ついつい責任感を持って通常業務をのんびりと遂行してしまう可能性がある、という点です。
O小学校の先生たちも、ひょっとしたら正常性バイアスを起こしてたのかもしれません......。つくづく効果的な訓練の重要性を思い知らされますね。
一方の「明」のニュースでは、岩手県釜石市の小中学校14校から、一人も被害者が出なかったという話が有名です。
群馬大学災害社会工学の片田敏孝教授は、「想定を信じるな」、「その状況下で最善の避難行動をとること」、「率先避難者たれ」と教えていたそうです。
一つ目はパニック防止に効果がありそうです。
二つ目はいうまでもなく現場での個々の判断の大切さを説いています。
そして、三つ目はスピードの大切さを強調すると同時に、日本人に顕著な「多数派同調バイアス」を逆手にとって避難に利用しているところが巧みです。
多数派同調バイアスってのは、要するに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のことですから、有事に正常性バイアスと組み合わさるとみんなで凍りついたり、みんなで普段通りに行動したりして、悪循環を生みます。
でも逆に、誰かが率先して「避難の多数派同調バイアス」のきっかけを作れば、みんながどんどん避難するという理屈です。
なるほどねぇ。効果のほどは、実際に小中学生がそれを証明してくれたとおりです。
もちろん、O小学校と釜石市の学校とを比較して、「点呼したから被災した、片田教授が教えてたから全員助かった」と結論づけるのは、短絡的な結果論です。そうじゃありません。運だって大きく作用する災害の話ですから、逆の結果だって大いにあり得たわけです。理屈と結果は、分けて考えましょう。
それでもやっぱり、助かる確率を少しでも上げるためには、対処ステージの初期行動に「スピード」が最も大切だということは、間違いありません。「責任感」とか「社会性」とか「整然」とかはさほど重要でないことは、改めて心にとめておく必要があります。
今回はまず震災時の実例をとりあげましたが、「スピード」と「訓練」がキーワードだということが見えてきました。
そこで次回は、「では、どういう訓練がいいのか?」を考えてみましょう。
いい訓練と役に立たない訓練の違いを考えておいてください。これが次回までの宿題です。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
最初の引用記事のコメント欄に、報道されなかったTDRのお粗末な対応として、以下のブログが紹介されています。
◎気まぐれ日報(HONDA乗りの憂鬱)「ずさんな対応・・・。 」
TDRの肩を持つつもりじゃないんですが、これに関しても当研究所の正直な見解をのべておきます。
どんな超一流ホテルでも、必ずクレームは出ます。すべての顧客の期待に完璧にこたえるのは、残念ながら不可能です。
未曾有の災害時なら、なおさらです。地震後のTDRスタッフの対応に、7万人の来園者全員が満足していたら、かえって不気味です。
そもそも考えてみてください、7万人のうち少なくとも5万人以上は正常性バイアスを起こしていたはずです。
1987年11月18日ロンドン地下鉄キングズクロス駅火災事故の犠牲者は31名でした。その中には、正常性バイアスを起こして家に帰ることに固執し、制止をふりきって燃えさかる駅に降りていって亡くなった通勤客が何人も含まれているそうです。信じられないような話ですが、これが正常性バイアスの恐ろしいところです。
TDR来園者の場合も、同様にむやみに帰りたがってた方が少なくなかったのではないでしょうか。
また地震はあくまでも「予定外の災害」ですから、園内あらゆる場所で、同じサービスが受けられるはずはありません。これを指して公平性の犠牲という批判もありましたが、「対処ステージの初動段階」において、公平だの民主だの平等だの福祉だなどのタワゴトを気にしてるヒマなんかはないってことは、ここまで読んでくださった皆さんにはもうお分かりかと思います。
「ゲストを大事にしたんじゃない、自社を大事にしたんだ」というコメントもありましたが、サービス業にとっては「顧客を大事にすること」と「自社を大事にすること」はイコールで、切り離せるもんじゃありませんから、そもそも意味が通ってません。
不快な思いをされた多くの方々にはお気の毒としか言いようがないのですが、だからといって今回のTDRスタッフやオリエンタルランド社の対応がダメだったとは思いません。当研究所は総じて高く評価します。批判の多くは、被災による不快感をTDRに八つ当たりしているだけのように思えます(ま、お気持ちは分かりますが)。
]]>文:リュウ・タカハシ
2011年4月24日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
2月24日発表の研究発表vol.24で「来週月曜日から週三日パートタイムで徐々に図書館の仕事に復帰」と書きましたが、先週月曜からやっとフルタイムになりました。火曜、木曜(と土曜)は拷問、もとい、リハビリがあるのでまだ半日勤務ですが、100%復職まであと一息のところまできました。
同じく「地元女子校のツアーは4月なので、こっちは受託」と書きましたが、これも先々週、17歳31人を引き連れて二泊三日シーカヤックキャンプツアーをやってきました。別に特殊な高校のアウトドア課とかじゃないですよ。普通の女子校の普通の体育の授業でこういうことします。NZの学校って面白いでしょ?
初日と最終日はそれぞれ12kmのツーリング、二日目は丸一日中海に浮かんで彼女たちのカヤック技術、レスキュー技術の試験官。膝は痛みましたが、拷問リハビリのおかげで現役時代並みに戻ってる体力のおかげで、なんとか乗り切ることができて大満足。
といいますか、映画『アバター』の主人公ジェイク・サリー状態でした。僕は「カヤックガイドは、カヤックオタクであってはならない」ってな仕事哲学をもってて、カヤックをなるべく冷めた目で眺めるよう気をつけていたんです。でも水に浮かんだとたんに自由自在、地上ではビッコだなんて忘れるほどの万能感、不覚にも涙が出るほど嬉しかったんです。惚れないように気をつけていたカヤックに、ついに恋をしてしまった今日この頃、今後は「趣味:カヤック」って言ってしまうかもしれません。なんて恐ろしいことだ......。
今回のトピックは研究発表vol.24:危機管理「予防」の流れ その1の続きです。
前回は、「予防ステージ」の前半部分、マニュアル作成のところまでをザッと見ました。いわば、予防の準備段階ですね。
今回からは、「予防ステージ」の後半、予防の実践段階をおおまかに見ることにしましょう。今回のメニューは一つ。
本題に入る前に、研究発表vol.24の「予防マニュアルのコツ『優先順位付け』」で後日に説明を回した点を片付けちゃいましょう。
ビジネス危機管理のメソッドでは、ハザードを優先順位付けするときに下のようなマトリックス図が登場します。
ここでは危険度、頻度ともに2段階のシンプルな図にしました(実際にはそれぞれ3~5段階くらい分けるのが一般的です)。
さて、この四つの部分に優先順位をつけて、どこからマニュアル化していくべきかを考えるわけです。1番と4番は、簡単ですね。
問題は、2番と3番です。
ビジネス危機管理理論をご存じの方なら、
「簡単じゃん、事故頻度が高いと損失率があがるから、『頻度高、危険低』が優先順位2番だよ」
と、即座に解答が出てくるでしょうね。
はい、正解。ただし、一般ビジネスの場では、という但し書きつきです。
vol.24で「ガイディング研究所がアウトドアツーリズムに当てはめてこのマトリックス図を拝見しますと、もう一つ別のパラメータを加えないと片手落ちだと感じるんです」と書きました。
ガイディング研究所の模範解答は、こうなります。
この差はどこから出てくるのでしょうか?
一般的なビジネス危機管理理論でいう「危険」は、経済的損失に還元されて考えられます。さらに、いわゆる「身の危険」とはあまり関係のないハザードが多いのも事実です。逆にいえば、ビジネスの場で「ハザード」、「危険」と呼ばれるものの多くは、実際には身の危険があるわけじゃないけど、お金にひびきそうなもの、というわけです。
ですから前述のような回答が出てくるわけですね。
ところがツーリズムでは、「ハザード」、「危険」といえば「人命の危機」に直結するものが多くなってきます。特に当研究所で取り上げているようん、「現場のガイディング業務」におけるハザードの場合は、基本的にすべて「人命の危機」と解釈しても差し支えないでしょう。
ですから危険度の高いものから処理を考えていく必要があるのです。
ということは、大きなツアー会社の場合は、現場のガイドの考える人命優先の危機管理優先順位と、会社経営陣の考える経営優先の危機管理優先順位は、食い違ってくる可能性がある、というわけです。
私事ですけど、実際に僕の働いていたシーカヤックツアー会社は巨大組織の一角でしたから、こうした理由で上とぶつかるのは日常茶飯事でした。ことはお客様の安全に関することですから、他のガイドが折れても、僕は絶対に折れずに上に楯突きつづけました。余談かもしれませんが、現場のガイドはそこまで覚悟しておいてくださいね。
さてさて、先に進みましょう。
研究発表vol.24の手順通りにハザードリストを作り、それを元に予防マニュアルが完成したとします。
次の段階は、日々の業務中で予防危機管理の実践すること、ですね。
ところで、新聞、TVをにぎわすニュースをみていると、予防マニュアル無視による事故がよくあります。保守点検のスケジュール無視とか、手順がいい加減だったとか、義務づけられてる防護服を着用してなかったとか、いくらでも思い出せます。
がんばってマニュアル作っても、守らなきゃ意味ありません。ツーリズム業はお客様の安全をお預かりするのが仕事ですし、アウトドアツアーなんて特に危険山積みですから、予防マニュアル無視して仕事がつとまるはずがありません。
ですから、マニュアルをちゃんと読んだこともない、理解してない、守る気がない、なってな論外な例は、ここでは扱いません。今回焦点を当てるのは、「キチンと予防危機管理をする心づもりがあり、マニュアルも理解していて、普段はちゃんとやっているガイドが、ときにマニュアルを無視してしまう」という事例です。
実際、こういう例はよくあるんです。アウトドアツアー中の事故を調べると、
「あの人はとても慎重で、悪天候時はツアーを中止するんだけどなぁ......」
というコメントがきこえてくることがとても多いんです。なぜかたまたま例外的な仕事をしてしまったら、運悪く遭難というわけです。
運良く事故にはならなくても、普段遵守している予防マニュアルを無視してしまうことって、誰にでもあることだと思います。僕にも心当たりがないとはいいません。
というわけで、「じゃぁ、どういうときに予防マニュアルが無視されるのか?」をしっかり把握しておきましょう。いいかえれば、予防マニュアルをつい無視してしまう「心理的な落とし穴」を、よく理解しておこう、ということです。
ついつい予防マニュアルを無視してしまう。その理由、つまり心理的落とし穴は、実はいろいろあるようです。
そんな中で、ガイディング研究所がアウトドアツアーの現場で見られる落とし穴を一つだけ強調するとすれば、「あせり」です。
「時間が足りない」
↓
「仕事が納期に間に合わない」
↓
「効率を上げる必要がある」
↓
「作業完遂に無関係なところは省く」
↓
「予防危機管理が無視される」
という流れです。
ツーリズム業、ガイディング業の場合は、「時間内に目的地にたどり着けそうにない!」というパターンが典型でしょう。
突発的な事故渋滞に巻き込まれた、予想外の悪天候に見舞われたなどの理由で遅れる場合もあるでしょう。逆に、別段変わったことは起こってないのに、なんとなく時間配分をミスッて時間が足りなくなるケースもあるでしょう。
前者は不測の事態ですから今回のトピックとは直接関係ありません。問題は後者です。
特に大した理由はないのに、帰着時間が遅れがち。ツアー終盤に急ぎ足になりがち。初心者ガイドによく見られる傾向です。いうまでもなく、タイムマネジメントの失敗です。その結果、あせって予防マニュアルを無視する、という結果になります。
つまり、タイムマネジメント能力を上げれば、予防危機管理の能力もあがる、ということです。どちらもガイドにとっては必須の技術ですから、一挙両得じゃないですか。
当研究所のリサーチによりますと、タイムマネジメントを改善するには、主に二つの方法があるようです。
まず一つ目は、欲ばりすぎないこと。
初心者ガイドの弱点は、欲ばって詰め込みすぎのツアーをやる傾向があります。サービス精神旺盛で熱心なガイドほど、この傾向が強くなるようです。
自分のもてる知識をかたっぱしから披露してたら、そりゃいくら時間があっても足りるはずがありません。
ベテランは初心者よりずっとたくさん知識を持ってますが、彼らが全部詰め込んだツアーをやってると思いますか? そんなはずはありませんよね。取捨選択してツアーを「デザイン」するのが大切なんです。そこにガイドの腕の差が出てくるわけです。つまり逆からいえば、なんでも詰め込むのは下手な証拠。
ベテランの場合、「ちょっと物足りないかな?」くらいのボリュームでツアーを設定して、その代わり「ここがハイライト」というところでジックリ仕事をするようなデザインをします。
もし時間が余ったらどうするかって?
いい質問です。実はベテランは、時間を上手につぶす技をいくつか身につけているものなんです。早く着きすぎそうだと思ったら、そういう技で上手にタイミングを合わせるわけです。これがあせらないコツです。
行程が決まっているツアーの場合でも、ガイドトークの量を調節すればタイムマネジメントができます。バスガイドさんの場合でも、おそらく初心者ガイドの方がベテランよりも喋りすぎて時間を食っちゃう傾向があるんじゃないかと思いますよ。
これは危機管理技術としても非常に重要なだけではなく、ツアーにアクセントをつけて、お客様を飽きさせずにより楽しく遊んでいただくためにも必須のカスタマーケア技術です。よく覚えておきましょう。
ツーリズム業は、人間を相手にする職業です。同じような時間配分でツアーをやっているつもりでも、お客様によって所要時間に差が出てきてしまいます。特にアウトドアツアーの場合は、速いグループと遅いグループに倍以上のスピード差がでたって、別に驚くには当たりません。
ベテランガイドは、「今日のお客様は、ちょっとよけいに時間がかかりそうだな」ってな勘が鋭くなっているものです。初心者ガイドはこの勘が働かないから、「いつも通り」のツアーをやって、結果的に時間が足りなくなるパターンが多いわけです。
もちろん初心者に最初から勘を働かせろってのもムチャな話なんですが、でも意識して観察眼を鍛えれば、あんがい短時間で勘が身についてくるものです。
どのお客様が体力がありそうか? 逆に体力がないのはどの方か?
理解度が高いのはどのお客様? 逆に低いのは?
従順そうなのは誰? 逆に話を聞かないタイプは?
危険発生時にパニックになりそうなのはどの人? 逆に落ち着いていそうなのは?
こうしたチェックポイントを用意しておいて、お客様に会った瞬間にとりあえず判断してみるクセをつけることです。最初は正解率が低いでしょうが、必ず上達します。
さて、ここまでは時間配分ミスによるあせりをなくして、予防危機管理をしっかりやりましょうという話をしてきました。
ところで、さきほどあげた「あの人はとても慎重で、悪天候時はツアーを中止するんだけどなぁ......」という例をもう一度思い出してみましょう。これって、よく考えるとタイムマネジメントの失敗じゃありませんね。これはどう考えればいいのでしょう?
当研究所は、これを「経済的なあせり」と分類します。要するに懐具合が厳しくて、ツアーを中止して代金を返金するのがツライ、だからつい無理してツアーを催行してしまう、というパターンです。
これも非常に大切な問題点ですし、実際この手のアウトドアツアー事故もたいへん多いのですが、この講座では扱わないことにします。というのも、これは「ガイドの一般教養講座」、つまりツアーの現場でのガイディングに関するトピックを扱う講座だからです。いったん出発したツアーを、悪天候によって途中で中止して引き返すか否かという決断は、当然ツアーの現場でなされます。ですからこの講座にふさわしいトピックです。
でもこの例のようなツアーを出発させるか否かの判断は、ツアー現場のガイドレベルの仕事ではなく、経営陣によるオペレーションマネージメントレベルの仕事です。
というわけで、経済的なあせりに関しては、また別の講座に譲ることにしましょう。今のところ、こうしたトピックを扱う「ツアー会社経営講座」の予定はないのですが、ガイディング研究所を銘打っている以上、将来的には適任研究員をスカウトしてぜひとも実現したいと思っています。自薦、他薦を問わず適任者を随時募集しています。
次回は今回に続いて「予防ステージ」の後半、予防危機管理を実践する際のコツとして、「ガイドの心得」に焦点を当ててみようと思います。
生身の人間を相手にするツアー業務の場合、タイムマネジメントに気を配って焦らないようにしたからといって、予防が完璧になるわけではありません。というわけで、タイムマネジメント以外に、主に「対人業務」としてガイドが心得ておくべきことを考えてみてください。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
ずいぶん前に書評欄で『The Survivors Club』という本をご紹介したことがあります。昨年無事日本語版『サバイバーズ・クラブ』も出版されました。この中に、面白い話が載ってるんです。
フライトアテンダント(客室乗務員、いわゆるスチュワーデス、スチュワード)が乗客が搭乗してきて最初にやる仕事(離陸までの仕事)ってご存じですか?
座席に案内し、荷物収納を手伝い、シートベルトをチェックし、非常口やライフジャケットなどの非常時講習をし、その合間に乗客の細々としたリクエストにこたえてクルクルと動き回る彼らですが、これらはあくまでも「表面的」な作業で、そういうことをやりながら、実はこっそりと「もっと大事な仕事」をしているんだとか。さて、なんでしょう?
本文の「タイムマネジメント改善のコツ:その2」でチェック項目を書きました。フライトアテンダントも、似たようなことをやってるんだそうです。特に最後の「パニックになりそうな乗客、落ち着いていそうな乗客」を見抜いておくというのが最重要項目なんだとか。
というわけで、正解は「乗客のパニック傾向のチェック」です。
そりゃそうです、飛行機事故が起こった場合、パニックを起こす乗客は事故を悪化させる要注意人物です。
逆に落ち着いていて体力のありそうな乗客だったら、避難のためのアシスタント要員として使いたいですからね。
僕らアウトドアガイドもまったく同じことをやります。理由もまったく同じ。ですからこの話を読んだ時、すごく共感を覚えました。「あぁ、やっぱり彼らも同じなんだ」って。
ちなみに「飛行機事故時に要注意の客」と判断される乗客は、飛行機に乗り慣れている人と、初心者、どっちが多いと思います?
実は危険人物リストのほとんどが、飛行機慣れしてる人だそうです。搭乗直後に靴を脱いでアイマスクをして寝る体制に入る人なんかは、一発でブラックリストだとか。ウソかホントか知りませんが。
カヤックツアーも同じなんですよね、自称ベテランカヤッカーで、こっちの安全講習なんか「んなこたぁ知ってる」って顔してわざと聞かないようなお客さんがいる日のツアーって、ヒヤヒヤする場面が多いんです。
そういえば研究発表vol.21のオマケでも、映画『ハッピーフライト』のこと書きながら、アウトドアガイドとフライトアテンダントの共通点の話をしたことありましたね。他にもいろいろ面白い共通点があるんですが、ま、そういう話はまた折を見て。
]]>文:リュウ・タカハシ
2011年3月28日
追記:2011年3月31日
こんにちは、ガイディング研究所提供「ガイドの一般教養講座」へようこそ。研究員のリュウです。
2月末のクライストチャーチ大地震のショックからまだ立ち直りきっていなかったところに、今度は東日本が未曾有の大災害におそわれました。
不幸にして命を落とされた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
また不便な被災生活を送っていらっしゃる方々、怪我やショックに苦しんでいらっしゃる方々、原発事故の不安に悩まされていらっしゃる方々にも、心よりお見舞い申し上げます。
例によって前回の予告を裏切ってスミマセン。この機会に災害ボランティアのことをちょっと考えてみたいと思います。
リサーチ不足ですし、思いつき程度の散漫な内容でお粗末な限りではありますが、ともかく今後の課題として書きとめておくことにします。「日本の実情に会わない」とか「安全な海外から何いってやがる」などの批判、野次は覚悟の上です(なんせ日本の実情を変える必要を感じるから書くのですし、ここニュージーランドだって日本と同じく地震の巣ですから)。
大震災発生から2週間たった3月25日になっても、被災地では県外からのボランティアを受け入れられない状況だそうです。
◎毎日jp「東日本大震災:ボランティア受け入れに苦慮 態勢が整わず」
移動、宿泊、食料補給などの困難が理由だとか。これだけでも、いかに被害が大きいかを改めて痛感させられて、胸の潰れる思いです。少しでも早く、次のステップに向けて多くのボランティアが現地入りできるようになることをお祈りいたします。
これで終わったんじゃ、小学生の感想文ですね。ガイディング研究所的には、もう少し書き添えたいことがあります。
移動、宿泊、食料などの問題は理解しました。でもあえてそこをいったん棚上げし、「ボランティア受け入れ体制」そのものに注目してみました。
◎ITmediaエンタープライズ「東北地方太平洋沖地震からの復興 ── リスク管理、危機管理、そして復旧:第3回 震災におけるメンタルヘルスとボランティア 」
そもそものきっかけの記事です。第3ページに
「ボランティアは、バラバラに参加するのではなく」
から始まる文章があります。
おぉ、良いことおっしゃる、その通り!と思いつつ続きを読んだのですが......
「ボランティアは、バラバラに参加するのではなく、政府や公的機関やNPO・NGOを通じて参加することが望ましい。」
ちょ、ちょっと待ってください、そんなに窓口がバラバラなんっすか!? 一個だけ「ここにアクセスすれば、ボランティア応募はバッチリ!」っていうサイトへリンクを張るとかは、出来ないんですか???
文章は
「こうした機関なら、現地の危機管理責任者と合意・調整が円滑に行えるはずだ。ボランティアの好意が存分に力となるだろう。」
と続いていますが、Civil Defence & Emergency Management(以下CDEM)にほぼ一元化されている(用心して一応こういう書き方をしておきますが)ニュージーランドの仕組みに馴染んでいる僕としては、
「そうかぁ???」
と、ハゲ頭をひねらずにはいられません(蛇足ですが、実は僕、勤務先のネルソン市役所内でCDEMに異動希望を出しておりまして、随時トレーニングを受けつつ定員空き待ちです)。
さらに神奈川県でアウトドアガイドやってる友人からも
「現状では、行っても何が出来るのか全くわからず、役に立つのかもわからないのに、現地で貴重な食料を自分のために食べるなんて考えられません」
とのメールが。
気になってきました。
僕が今日本に住んでいるとします。NPO、NGOなどには参加してないとします。でも今回はボランティアで被災地に行くことを思い立ったとします。そもそも団体行動は苦手なので、一個人として申し込みをしたいと思っているとします。
そういうつもりで、情報を調べてみました。
ちょっと検索しただけだと、色んなNPO、NGOは確かにヒットするんですが、フリーランスとしてボランティアを受け付けてくれるところは、どうも見あたりません。
ウィキペディアで調べてみました。
どうも一元化されてるようには見えません......。
新聞社のサイトにも行ってみました。
東日本大震災後の16日、官房長官直属の組織として設置されたとのこと。災害後5日もたってから、ようやく今回急ごしらえで窓口が設置されたわけですね。
当研究所では、ご承知の通り危機管理講座を鋭意連載中ですが、その中で「対処ステージ」におけるスピーディな対応の重要性にふれ、まさにこの点が日本の弱点だということを再三述べてきました。
研究発表vol.20では有事には現場が指揮官として機能すべきだと書きましたが、これもスピードを重視するからです。
もちろん今回のような大災害時は、各現場が勝手に指揮官になったんでは逆に効率・スピードが落ちて混乱を招くだけですので、別途きちんとした指揮系統が必要です。その指揮系統は、災害後になってあわてて作るようなものじゃありません。
ま、それはともかく。
この震災ボランティア連携室と政府が連携して、被災地情報サイトをオープンしたことが分かりました。災害発生後11日もたってますけど、再び「ま、それはともかく」とつぶやきつつこのサイトにアクセス。
ようやく、「情報」がある程度一本化できているサイトにたどり着いたような気がしました。
でも結局これってポータルサイトなんですよね。この手のポータルは、実は民間にもあります。いちいちリンクしませんが、今回もYahoo!とかNHKとかの類似サイトを見ました。
ボランティアのコーディネートそのものは、どうやら各団体に任されているようで、やっぱり統轄機関が機能しているようには見受けられません。
つまり結局、僕のような「思い立った個人」がどうやって現地入りしようかと調べた時、団体リストを見て「どこに連絡すりゃいいのよ......」と途方に暮れる状況には、変わりがないわけです。
もっと統轄的、一元的な仕組みが必要なんじゃないですかねぇ。
上記ウィキペディアの記事に、ボランティア団体同士の対立が記されています。そういうことも起こるでしょう。そもそもボランティアって、正義感と行動力にあふれた人です。ところが正義感ってのは、信仰心と似て諸刃の刃です。どういうものか、正義感や信仰心の強い人は、微差を大きな対立に発展させやすい性癖を持っているようですね。
冒頭の「こうした機関なら、現地の危機管理責任者と合意・調整が円滑に行えるはず」に疑問を呈したのも、こういう理由でして。団体同士を調整する公的な統轄組織、必要なんじゃないですか?
対立がなくたって、統轄的システムは必要ですよ。だって団体ごとに特色がありますよね。得意なことが違うはずです。「NPO 山で激しく遊ぶ」と「NGO 折り紙で育む地域の輪」(今適当に考えた名称です、実在団体と同名でも単なる偶然ですのでご容赦を)が、同じところで同じ仕事するってのは、変でしょ? ボランティアだって適材適所が大切です。
ですから、各団体に任せっきりにするのではなく、それらの団体、および個人のボランティアを統轄する公的機関が必要だと、ガイディング研究所は考えております。
「震災ボランティア連携室」は、災害ボランティアの統轄組織として常設とすべきです。各地の災害ボランティアセンターを地方支部として活用できます。
この名前だと震災対応だけみたいなので、この記事ではとりあえず震災をはぶいて「ボランティア連携室」と呼ぶことにします。
ボランティア連携室を常設にしたら、平時からボランティア登録をつのります。
大切なのは、個人が直接登録できること。いちいちNPOやらNGOに登録する必要はありません。日本人には珍しいタイプかもしれませんが、僕のように「普段から団体に所属するのはマッピラゴメンだけど、有事には力になるぜ!」っていう一匹狼型には、こういうシステムが嬉しいはずです。
もちろんNPOやNGOは、団体として登録し、各メンバーも全員個人として登録しておきます。
登録者は、自分に出来ること・期間・地域、また逆に出来ないこと、連絡先などを記載しておき、災害発生時にはボランティア連携室が必要な人材を素速く検索した上で招集をかけられるようにしておくわけです。
日本では、こういうのを各ボランティア団体がそれぞれに管理していて、お上にそれらを網羅した情報がなさそうです。これはどうにも心許ないです。必要とあらば、政府直々に団体も個人登録者も横断的に一気に検索し、「NPO○○全員と、NPO◎◎の●●さんと、NPO△△の■■さんと、個人ボランティアの□□さんを、南相馬市に招集」ってなことが出来なきゃ、やっぱり効率悪いでしょう。
登録システムだけでは安心できません。
今回、フリーランスのボランティアとして東北入りしようと情報を調べても、どうしていいかサッパリ分かりません。ですからボランティア連携室には、災害発生時にはフリーランスのボランティアが手軽にウェブ上から参加申し込みが出来るシステムも実装していただきたいです。
そして現地の活動においても、全ボランティア団体、全ボランティア個人に対して、ボランティア連携室が統轄的な立場に立つわけです。
この程度のシステムで、ボランティアの効率は非常にアップするはずです。ね、やりましょうよ>日本政府危機管理対策
こんなことを言うのも、ニュージーランドではどうやらそうしたシステムが機能しているらしいからです。
実はきちんとリサーチしたわけじゃなくて、僕の個人的な体験にもとづく推測なんですが、それをお話ししましょう(リサーチは、また後ほどやります)。
僕はネルソン市役所内のCDEMネルソンタズマン支部に、ボランティア登録をしています。念のため申し上げますが、CDEMは政府組織です、NPOとかNGOではありません。
2月22日のクライストチャーチ震災直後、CDEMネルソンタズマン支部が、ネルソンチーム(主にネルソン市役所、タズマン郡役所のボランティア訓練ずみの職員で編成)を組織して、すぐに現地にボランティアを派遣しました。
ところが僕のところへは、現地のCDEM本部から直接ボランティア要請が入ったそうなんです。たまたま電話に出た僕のボスが「怪我してるから無理」と断ったので、僕が直接話をするチャンスは無かったのですが、おそらくCDEM本部が日本語通訳要員を探して僕をみつけたのでしょう(行けなくて、非常に悔しい思いをしました......)。
つまり、NZでは実際に、公的機関が統轄的にボランティアをきちんとコントロールしていることがうかがえたわけです。CDEMが適材に適所を投入すべく積極的にボランティア名簿を活用しているのを見ると、個人がボランティア参加しようとしてもどうしていいか分からない日本とは対極だと感じます。
同じくボランティア連携室にやっていただきたいことは、登録者に対するボランティア訓練の提供です(もちろん平時ですよ)。
◎日経ビジネスオンライン「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える:こんな時だからこそ、自分の仕事をちゃんとやろう!」
研究発表vol.23でもとりあげた日経ビジネスオンライン連載のフェルディナント・ヤマグチ氏の記事です。筆者のお友達の精神科医の発言を引用させていただきます。
「でも考えてみてよ。いても立ってもいられないと言って、シロートが被災地に駆けつけたところで何ができる?少なくとも自力でビバーク張れる人間じゃなければ行くべきじゃない。ハッキリ言って邪魔になるだけ。新潟の地震があった時もそうだった、"とりあえずっ"て人間が押し寄せて、現地では持て余し気味だったんだ。でも根っこが"善意"だから、迷惑です。来ないで下さいと正面切って断ることもできなかった」
ということは、逆にいえばとりあえずビバーク、サバイバルを中心とした訓練をすれば、災害発生直後でも迷惑をかけずに現地入りできるボランティアの数が飛躍的に増える、ということですよね?
ならばここは一つ、ボランティア連携室に国家予算でぜひとも訓練プログラムを組んでいただきたいところです。
災害ボランティアに必要なのはアウトドア技術だけじゃないですよ。こちらをご覧ください。
◎ITmediaエンタープライズ「東北地方太平洋沖地震からの復興 ── リスク管理、危機管理、そして復旧:第3回 震災におけるメンタルヘルスとボランティア 」
先ほどのと同じ記事ですが、今度は2ページ目にある「ボランティア希望者に5つの問い」にご注目。よくまとまっています。
ただし当研究所だったら、5番は以下のようにします(太字が当研究所追記部分)。
5. 被災地で窮状を訴える厳しい声を優しく包み込む心の広さがあるか? 被災者から罵詈雑言を浴びせられても笑顔を崩さないでいられるか?
ネルソン市にはクライストチャーチ難民が数多く身を寄せています。この事態を予測した市当局は、市役所職員全員に対して、
「被災地から精神状態がきわめて不安定な難民が数多く到着することが予想される。激怒しやすい彼らに、いかに対応するか?」
というテーマでメンタルトレーニングを提供しました。
実際、避難先の市役所職員なんてのは、八つ当たりするには格好の相手でして、この手の話は被災後一ヶ月以上たった今も実際に起こっているようです。地震直後、難民到着前のタイミングでこのトレーニングを実施したネルソン市は、我が職場ながらアッパレだと感じます。やはり危機管理は先手必勝です。
被災地に乗り込んでいくボランティアだって、同じような目にあう可能性は小さくないでしょう。メンタルケアのトレーニングも、ボランティア連携室がぜひ提供すべきです。
メンタルケアの話、もう少し書かせてください。
研究発表vol.20他で書きました通り、僕は災害時の収容避難場所職員、および所長のトレーニングコース(これも実はCDEM提供)を受講したことがあります。
最初に引用した毎日jpの記事の中には中学校卒業者が避難所でメンタルケアのボランティアにあたっていることが記されていました。
NZの避難所には、まずメンタルケアのプロがまっさきに駆けつけてきます。そして、彼らプロの指導の下、事前に訓練を受けているボランティアが被災者の心のケアにあたる、という仕組みです。
中学校卒業者のボランティアは、もちろん心温まるとても素敵な記事でした。でも、彼らがあらかじめ訓練を受けていたとしたら、もっと素晴らしいと思いませんか?
アウトドア技術にメンタルケア技術、これでもう安心! さぁ現地入りだ!
と思ったら大間違い。もう一つ大事なトレーニングがありますよ。
そう、ファーストエイドです。被災地に行くというのに、応急処置もCPRも知らないってんじゃ、お話になりません。
ファーストエイド講習そのものは、日本でも赤十字や消防署の主催で比較的普及しているようです。
でもガイディング研究所の視点では、日本の講習はCPR訓練に重点を置きすぎていて、被災地で怪我、疾病に対処するのには十分とはいえません。実はこれ、アウトドアガイド向けのファーストエイド講習がないっていうのと同義なので、当研究所としては以前から非常に重大な問題だととらえていることなんです。
これを機に災害ボランティア用に特化した訓練(=アウトドアガイドにも有益な講習!)を、ボランティア連携室が率先してプログラミングするというのは、良いアイディアだと思うのですが(もちろん実際の講習は、赤十字や消防署に委託でしょう)。
で、欲をいえば、これらのボランティア用トレーニングは、学校教育にも取り入れていただきたいんですよね。小学生にはちょっと早いかもしれませんが、中学校くらいから少しずつ。そうすれば次世代は、「危機管理に強い日本人」といわれるようになると思いますよ、ホント。
さて。
もう言うまでもないかもしれませんが、アウトドアガイドの皆さんは、ビバーク技術をはじめとしたアウトドア技術、サバイバル技術、そしてメンタルケア(カスタマーケア)技術、そしてファーストエイド技術をすでに持っているわけです。
がんばって現地入りしてください。もし上記の提言のようにボランティア登録システムが出来たらイの一番に登録し、トレーニングシステムが出来たらぜひともトレーナーとしても活躍してください。
今回のように、移動、宿泊、食料などに問題があって、県外のボランティアを受け入れにくい場合でも
「アウトドアガイドさんだったら受け入れます、ぜひともすぐに来てください」
と言ってもらえるようにならなきゃ!
収容避難場所の職員トレーニングで習ったことの一つに、「支援物資の山」が被災地の大問題である、という話がありました。消費しきれない生鮮食品が山積みで腐っている様子、体育館が床から天井まで古着で完全に埋まっちゃってる様子などのスライドをみせられました。NZだけじゃなく、中国、アメリカ、日本、色んな国の被災地の様子です。
腐った食品は疫病の元です。使い途のない古着で埋まった体育館だって、本来は避難者収容とか対策本部とか、他の用途に活用したいところ。
これら余り物の処理には、それなりの人員が必要です。つまり、お金と時間の無駄なんです。ただでも人手もお金も時間も足りなくて困っている被災地なのに。
つまり、フェルディナント氏の記事のドクターは正解なんです。
もちろん、今回の東日本のように桁外れの災害の直後は、お金より物資が必要な場合もあるでしょう。それでも「被災地から要請があった物だけを、要請があった量だけ送る」という原則は、遵守すべきです。
今回ウェブ上で見ている限り、この点に関してはとてもよく気をつかって支援を試みている情報が多く、安心しました。
やはりウェブ上で、アウトドアメーカー主導で不要アウトドア用品を供出して被災地に送る運動を見かけました。友人知人もたくさん協力していたようですが、それら供出物資も上記原則にのっとり、決して被災地に余計な負担をかけるようなことになっていないことを祈っています。
前置きが長く脱線気味になりましたが、要するに
「募金活動は、常に最良のボランティア活動である」
ということです。しかも、世界中どこにいてもできるボランティア活動なんです。
自主的な献金は、被災直後なら世界中から一気に集ります。でも人の噂も七十五日、やがて自主献金は途絶えます。
なにも75日も待たなくたって、別のとこで別の災害が起こったら、人心はそちらに向きます。東日本震災はクライストチャーチ震災のわずか17日後に起こりました。クライストチャーチに支援金を送ろうと思ってる人は、今の日本にはほとんどいらっしゃらないはずです。まして、自主的にハイチに献金しようと思ってる人、日本に何人いらっしゃるでしょう?
ですから、被災地の役に立ちたければ、募金活動が一番です。
海外在住の日本人の間では、献金者に折り鶴を配る募金活動が同時多発的に広がっています。僕たちも地元の町で同様の活動をはじめました。地元にも「何かできないか?」と考えている人が多く、身近な募金活動の存在は彼らにとっても大きな心の支えになるようです。こうなったらこの活動、コミュニティをどんどん巻き込んで、出来る限り細く、長く、楽しく、無理せず、ボチボチ続けていくつもりです。
被災地はとにかくお金が必要です。何かしたいが、何も出来ないと思ってらっしゃる方、まずはともかく送金しましょう。さらに、お友達と連れだって募金活動をしましょう。会社内で、町内で、趣味の仲間で、同窓生で、駅前に立って、商店街と協力して、などなど、やり方はいくらでもありますから。
ちなみにお金だけをお願いする募金活動だって、やっぱり限度があります。同じ人がそう何度も何度も同じ募金箱にお金入れてくれるもんじゃありません。
ですからモノを売って、売り上げを献金する形の方が持続性が高いですね。我が町も、今は折り鶴と交換でやってますが、そのうち食べ物や古着の販売を取り入れていくつもりです。
この記事を公開したら、色んな情報をいただけました。ありがとうございました。中でも特に重要と思われるサイトへのリンクを二つ追加します。
記事を上梓しただんかいで、連携組織はすでにたちあがっていたようですね。僕の提案したお上が主導する公的機関ではないようですが、きちんと機能しさえすれば、官でも民でも一向にさしつかえありません。ざっと拝見したところ、必要な情報が分かりやすくまとまっていて、今までのポータルサイトよりも使いやすく感じました。
今後は上記提言のように、個人登録を受け付けて特性ごとに招集が可能なシステム、訓練システムの実現を、強く希望します。がんばってください。
募金活動に関しては、この調査が興味深いです。急いで送りたいとか、時間がかかっても良いから公平な分配を希望するとか、特定の活動を支援したいとかで、寄付先を選ぶことも大切かもしれません。
皆さん、情報、議論、ありがとうございます。今後もこの件、こちらでもリサーチを続けたいと思います。
次回こそ、前回の予告通り「危機管理『予防』の流れ その2」と題して、できあがった予防マニュアルを元に、日々の業務の中で予防対策を実践する際の注意事項についてふれてみたいと思います。
マニュアルができただけで安心していては、やっぱり事故は防げません。というわけで、次回までに、日々の業務の中で予防対策を実践する場合の「落とし穴」を考えてみてください。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
本文中に記した、我が町の募金活動の様子は、妻Ryokoが記事にしました。あわせてご一読いただけると嬉しいです。
◎e4MEDIA:NZ歯を食いしばってのんき暮らし「折り鶴に祈りをこめて」
リンク先文末にもリンクしましたが、地元新聞に掲載された記事は以下(ただし一定期間がすぎると削除されると思いますが)。
文:リュウ・タカハシ
2011年2月24日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
昨年9月に続いて、クライストチャーチがまたもや大震災にみまわれました。前回は奇跡的に死者ゼロだったので日本メディアの扱いが小さくて、そんなこと知らなかったという人も多かったようなのですが、今回は相当大きく取り上げられているようで、僕の家族を心配してくださったメッセージも、前回の十倍近くちょうだいしました。ありがとうございます、震源地から300km近く離れているので、ここは無事です。
本来なら、僕もネルソン市役所の救援部隊に加わって現地入りすべき立場なんですが、前回お伝えしたとおり、膝の皿を割って休職中の身。これじゃ文字通り足手まといですから、メンツから外れました。実は昨年9月のときも、どうしても抜けられない用事があって辞退せざるを得なかったので、二回連続です。我ながらなんとも使えないヤツで、情けない限り。
今回の震災直後にNZ首相より発表された概算によると、NZ$6,000,000,000(約4,000億円)の被害だそうです。少なくとも我が家も義援金支援くらいはしようと思っております。文末のオマケに日本の義援金受付先を記しましたので、よろしければお願いいたします。
ともあれ、ご心配やご声援をいただいた皆様には、心より感謝申し上げます。もしよろしければ、義援金などお願いできれば、本当にありがたいです。
被災された現地の方々、本当にお気の毒です。一日も早い復興をお祈りしております。
ついでにケガの方ですが、一ヶ月前にロボコップのような無骨なサポーターが外れ、まるっきり曲がらなくなった膝関節をむりやり曲げたり、腕のように細ってしまった右脚の筋肉をビシビシ鍛え直したりと、日々ハードなリハビリに励んでおりましたが、昨日ようやく主治医から復職許可が出まして、来週月曜日から週三日パートタイムで徐々に図書館の仕事に復帰することになりました。まだビッコをひいてますし、運転する時も左足でブレーキ踏んでるんですが、まぁそろそろ動き出した方が良い頃合いでしょう。リハビリがきつすぎて、痛みで夜よく眠れないんですけどね、ま、なんとかなるでしょ。
カヤックガイドとしての仕事の方はですね、前回書いたとおり、毎年担当している某高校のシーカヤックツアーが先週末から今週頭にかけて実施されたんですが、僕は代役を立てて断らざるをえませんでした。残念無念。
でも地元女子校のツアーは4月なので、こっちは受託しました。これに間に合うようにあと一ヶ月半リハビリに精進しなくては。
さて今回のトピックは研究発表vol.22:危機管理「予防」のゴールの続きです。
大怪我して休んでるヤツが、すぐ近くの都市で大災害が起こったばかりのタイミングに予防危機管理のことを書くってのは、厚顔無恥が自慢の僕でもさすがに身の置き所がない感じで、どうもスッキリしないのですが、でも気にしていても始まりませんね。何食わぬ顔して話を進めることにします。
でも、災害危機管理ってのは本当に大変ですね。今回の被害をみていて、つくづくそう感じます。企業経営危機管理も、アウトドア危機管理も大変ですが、災害・天変地異ってのはやっぱりレベルが違います。当研究所でも、まだまだ研究が足りないなと感じてます。精進します。
さてさて。
vol.20では危機管理の大きな流れとして三つのステージをご紹介しました。
そして続くvol.22では、最初のステージ「予防」のゴールを設定しました。ハインリッヒの法則のピラミッドを、底辺小さく、角度はなだらかに変えて、こぢんまりとした丘にしよう、というものでした。
↓
この「ハインリッヒの小さな丘」を実現するためには、「君子方式」ではだめで、「リスク計算方式」をとらなきゃダメですよ、というところまでご説明しました。
今回から、そのゴールに向かう大まかな流れを見てみることにしましょう。今回のメニューはこんな感じです。
「hazard」とは、危険要素のことです。最近は日本でもよく見聞きするようになってきているようですから、カタカナ嫌いの僕ですがそのまま使うことにしました。
vol.22で、「君子方式」はやめましょう、ガイドは「リスク計算方式」でいかねばなりません、とご説明しました。
二つの方式の最大の違いは、ハザードリストをキチンと作るかどうかです。
リストを作らずに、なんとなく避けているつもりになっているのが、君子方式です。
一方のリスク計算方式では、ハザードをちゃんと洗い出してリストアップします。そのリストをよく検討して、計算された予防マニュアルを作るわけです。
違いがお分かりいただけましたか?
というわけで、予防の最初に、この「ハザードを洗い出してリストアップする」という作業をやるわけです。いいかえれば、危機管理のまず最初の一歩が、ハザードのリストアップです。
とはいえ、コツを知らないままにやみくもにやっても、漏れの多い虫食いだらけのリストができてしまうものです。人間の認識って案外「盲点」だらけで、よく見ているつもりでとんでもないものを見落とすってのは日常茶飯事。
交通事故を起こした人も、「自動車が近づいてきているのなんか全然見えてなくて、気がついたらすでに目の前だった」と証言するケースがすごく多いそうです。自動車のような大きなモノでも、平気で見落とすのが人間の目玉です。
というわけで、見落とさないための工夫があるわけですが、それはまた後日にまわしましょう。
ハザードリストができた!ってんで、ここで安心しちゃいけませんよ。ハザードリストってのは、料理の材料リストのようなもんです。材料リストだけじゃ、料理は作れません。次に必要なのは、調理手順をまとめた「レシピ」です。危機管理の場合は、「予防マニュアル」にあたります。
予防マニュアルは、日々の仕事の中で事故防止のために気をつけること、手順などをまとめたものです。
一度できあがったマニュアルを使うのは簡単ですが、このマニュアルを作るのはかなり骨の折れる仕事です。なんせハザードリストってのは、相当項目数が多いんです。職場にもよりますが、リストが数千項目、数万項目で埋まってしまうこともあるでしょう。それを全部マニュアルに落とし込んでいくのは、手間のかかる仕事です。
残念ながら、これを一気に片付ける魔法のメソッドなんてのは、ありません。あったら教えてください。
ただ、コツのようなものは三つほどあります。
予防マニュアル作りは時間のかかる仕事ですが、その間だって日々の業務はこなさなきゃいけないわけですよね。ということは、重要な項目から順にマニュアル化して、どんどん日常業務のなかに落とし込んでいかなきゃいけないってことです。些細な項目は後回し。
ですからまず大切なのは、ハザードリストをザッと眺めて、どの項目から優先的にマニュアル化していくべきか、いいかえればどの項目がより危険度が高くて要対策かを見極めること。
そんなのビジネス危機管理でも常識だ、という声がきこえてきそうですね。
おっしゃるとおり、ビジネス危機管理でもこの点に関してはマトリックス図を使った方法が広く紹介されています。でもガイディング研究所がアウトドアツーリズムに当てはめてこのマトリックス図を拝見しますと、もう一つ別のパラメータを加えないと片手落ちだと感じるんです。この点については、また後日少し詳しくふれることにします。
「優先順位付け」は、マニュアルを作る前にまずやることでした。
二つ目の「エスケープルートを念頭に」は、実際にマニュアルを作っているときに気をつけるべきことです。
面白いことに、予防マニュアルを作るのに没頭しているとついうっかりして、できあがった予防対策そのものが、新たなハザードになってしまっていることがあります。いや、面白い、なんていってちゃダメなんですけどね。
予防マニュアルとはちょっと違うんですが、分かりやすい例だと、こんな感じです。
「係長、防災グッズ、買いそろえてきました」
「おぉ、ご苦労さん。うわ、段ボール箱三つか、かなりの量だな」
「はい。これ、どうしましょう?」
「避難キットを作って各部署に配らなきゃらなきゃいけないんだけど、今週はちょっと無理だな、とりあえずどっか空いてるところに置いておいてくれる?」
「分かりました。」
ってんで、彼は非常ドアの前に大きな段ボール箱三つ重ねましたとさ。
この手のミスは、思っている以上に頻発します。予防マニュアルも、この点に注意してよく読み直してみると、
「ありゃりゃ、こりゃかえって危ないんじゃないの!?」
ってな部分が一つや二つは発見できたりするもんです。
シーカヤックツアーでも、悪天候を避けるための変更ルートが、かえって退路が少ない危険ルートだったってな例は、何度も見聞しました。
ま、現場でのとっさの判断は難しいので、ツアー中の判断ミスを防ぐのはまた別問題になってくるのですが、少なくともマニュアル作成時には、上記の例のような「退路をふさぐ」パターンには、よく注意しましょう。
さらに、「退路」は一つより二つ、二つより三つの方が良いのは言うまでもありません。バックアッププランがちゃんとあるかどうか、予防マニュアルを読み直してみると、やっぱり
「う~ん、ここを突破されたら、あとは事故に一直線だなぁ......」
ってな箇所が十や二十は発見できたりするもんです。
実際問題としては、すべてのハザードに対して二つ、三つのバックアップ予防対策を用意するのは、ぶっちゃけた話、無理です。どうしても、「ここは対策がとりきれないなぁ」ってなとこが出てくるものです。
でもとにかく「退路確保」「できれば複数の退路を」を念頭にマニュアルを作ってみましょう。そうすれば、別の逃げ道がないサドンデスのハザードが出てきた時に、特に慎重に予防対策することができるようになります。
ここまで見てきた「優先順位」、「エスケープルート」の二つは、あらゆる業種の予防マニュアルに通用する黄金律です。
それに対して、三つ目の項目「ガイドの安全を優先」ってのは、我々ガイド業、ツーリズム業に特有の項目かもしれません。
日本人は「我が身を犠牲にして、他の人を守る」ってな美談をことさら好む傾向があります。最近のハリウッド映画観ててもその手の話が増えてきているようなので、ひょっとすると今やグローバルな傾向かもしれませんが、まぁそれはさておき。
こういう美談が好きな人がガイドになると、やっぱり我が身を犠牲にしてお客様を守ろうとするわけですね。素晴らしい姿勢ですね。
でもちょっと待ってください。アウトドアツアー中に、やたら「我が身を犠牲」にするガイドって、困りものじゃありませんか? ガイドがケガして動けなくなったら、その後は誰がお客様の安全を確保するんですか? お客さんに背負ってもらって帰るの?
そうなんです、ガイドにはお客様を無事に連れて帰る責任があるんです。つまり、ガイドは常に五体満足じゃなきゃ、仕事にならないということです。ですから自分自身の安全を最優先に考えなくてはいけません。予防マニュアルも、それを念頭に作っておく必要があるわけです。
これが、案外盲点になるんですね。
「いざとなったら我が身を呈して」なんてセリフを軽々しく口にするガイドは、三流以下です。
逆に「いざとなったら、お客様一人を見捨ててでも、他のお客様を安全に連れ帰る」と、口に出さないまでも、そう心を鬼にして仕事に臨んでいるガイドの方が、一流です。
お客様を見殺しにしてでも、自分は他のお客様といっしょに生還するってのは、ガイドにとっては身の毛もよだつほど恐ろしいことです。マスコミで叩かれまくります。長いこと裁判になります。一生その事故の責任を背負って、後ろ指差されながら生きて行かなくてはいけません。絶対に避けなくてはいけない事態です。
だからこそ、ガイド業につこうという方には、そういう覚悟をしておいていただきたいんです。そこまで覚悟しているガイドは、いやでも危機管理能力が高くなるからです。「いざとなったら我が身を呈して」なんて安易な態度は、真剣に危機管理を考えていない証拠です。何やら詭弁めいていますが、実際には「いざとなったらお客を見捨てて」と考えているガイドの方が、よほど真面目で有能だという理屈、お分かりいただけましたよね?
ってなわけで、脚を折って休職中の身ながら、恥を忍んでここだけは声を大にして強調しておきます。なんとも因果な話ですが、「ガイドは遭難したり、ケガしたりしちゃいけない」のです。「ガイド自身の安全確保を優先して、予防マニュアルを作る」ってのは、大切なポイントです。
今回はマニュアルを作るところまでを取り上げましたが、まだまだ「予防」のステージは終わりません。次回「危機管理『予防』の流れ その2」では、できあがったマニュアルを元に、日々の業務の中で予防対策を実践する際の注意事項についてふれてみたいと思います。
マニュアルができただけで安心していては、やっぱり事故は防げません。というわけで、次回までに、日々の業務の中で予防対策を実践する場合の「落とし穴」を考えてみてください。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
【クライストチャーチ震災に関するちょっとしたリンク集】
状況はCivil Defenceのサイトに簡潔にまとまっていて分かりやすい(ただし英語)。
◎Civil Defence
◎Twitter「@NZcivildefence」
Googleがリリースした人捜しサーチエンジン。
◎Person Finder: Christchurch Earthquake, February 2011
NZ国内からの義援金はNZ赤十字が募集。
日本からの救援金は日赤へ。
日赤への救援金は、Yahoo!ボランティア経由でも受付可能。
◎Yahoo!ボランティア「ニュージーランド地震救援金(日本赤十字社)」
昨年9月の震災以降現在までの地震をすべて見られる地図。実はこの半年間ズッと余震が続いていたことが一目で分かる。
Twitterではハッシュタグ「#eqnz」で地震情報が流れている(ただし大半は英語)。
]]>文:リュウ・タカハシ
2011年1月14日
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
ガイディング研究所研究員のリュウです。本年もよろしくお願いいたします。
なんとか小正月のうちに新年のご挨拶ができてホッとしました。とはいえ、またまた前回から間があきました、スミマセン。
実は12月上旬に派手なケガをしちまいまして、自宅療養中なんです。顛末は個人ブログに書きましたが、強力な痛み止めで常に半分ラリッてて(うらやましい?)、執筆どころじゃない状態が続きまして。なんせ活字中毒の僕が、丸っきり本を受け付けなくなっちまうという重症ぶり。ケガよりも、むしろこっちの方が参りました。
え、半ラリリはいつものことだろうって? いえいえ、とんでもない、普段はシャキッとしてますよ。たぶん......。
ともかく危機管理のことを書いてるヤツが、転んで大ケガしてるんですからお恥ずかしい話です。
でも良い勉強になりましたよ。転ぶとこを見てた人たちが駆けつけてくれる様子、救急隊員の仕事ぶり、病院での処置の手順などを他人事のように必死に観察してたんで、痛みを感じてるヒマなんてありませんでした。集ってきた人たちに、レスキュー手順の指示まで自分で出してるんですから、完全に職業病ですね。病院でモルヒネを打たれた後(うらやましい?)は、観察どころじゃなくなってしまいましたが......。
助けてくださった人たちの反応の速さは、さすがでした。アウトドアガイドもビックリのスピード感で、あらためてニュージーランドのファーストエイドの浸透ぶり、危機管理感覚の良さに感心しました。
日本でもきっと集ってきてくれる人はいるでしょうけど、見知らぬ人同士があれほどテキパキ手分けして動けるんでしょうか? 日本でももう一度同じ怪我をしてみて、実験してみなくてはいけないと思う今日この頃です(右脚は運転ができなくて不便なので、次は左脚にしておこう)。
ちなみに今回の怪我でつくづく残念なのは、ここ数年担当している某高校のシーカヤックキャンプツアーの仕事をキャンセルせざるをえないこと。これは非常に痛いですねぇ。申し訳ないやら残念やら......。
ともかくそんなわけで、当研究所がいつも申し上げている「いくら気をつけてても事故や災害は防ぎきれない」ということを、身をもって証明してしまった大間抜けな研究員リュウは、不便な身体で新年を迎えました。皆さんもお気をつけて。
と、前回の予告通りの危機管理ネタを思わせるマクラではじまりましたが、例によってトピック変更です。当連載って、予告通りに行くことって半分くらいしかないような気もしますが、迷走が芸風ですので気にしないで行きましょう。なんせアウトドアツアーはお天気次第、風次第です(苦しい言い訳)。
さて。
研究員リュウが、ウェブサイトやブログなどにガイディングのことを執筆発表しはじめてから、かれこれ10年になります。プロガイド・ワークショップなどの講習もやってきました。そういう場では必ず「ガイドのプロフェッショナリズム」について語ってきました。平たくいえば、「ガイディングは遊びじゃないぞ。自己満足じゃないぞ。お客様を喜ばせるサービス業だぞ」ってな話です。
でも当ガイディング研究所では、あえてその手の話は極力避けて、もっと実践ノウハウ的なトピックを取り上げるようにしてきました。
ところが皆さんにぜひともご紹介したい「そうだ、そうだ、まったくその通りだ!」のコンテンツに出会ってしまいました。というわけで、僕にとっては久しぶり、当研究所の研究発表としては初の「プロフェッショナリズム論」です。
まずその「よくぞ言ってくださった!」のコンテンツをご紹介しましょう。8ページに及ぶ長いインタビューですが、ぜひとも目を通してみてください。日産GT-Rの開発者インタビューですが、なぜか自動車の話は出てこないので(笑)、メカ音痴の方でも大丈夫ですし、「その2」ですが「その1」をすっ飛ばしていきなり読んでも平気ですから。
◎日経ビジネスオンライン「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える:仕事なんて楽しいワケがない! プロは客に尽くして喜ぶものでしょ - 第74回:日産自動車 GT-R【開発者編】その2」
ね、スゴイでしょ?
水野和敏氏のお話は本当に面白いのですが、今回のは特に極めつけです。我々ガイドの仕事にもピタリと当てはまることをおっしゃってて、研究員リュウはうなずきマシーンになってしまいました。「一流寿司店の板さんは、自分で食うことなんか楽しんでないが、二流以下は自分の寿司をお客といっしょに食ってビール飲んで喜んでる」、「仕事なんて苦しみだ、苦しめば苦しむほど今までにないことができるようになる」、「仕事に"楽しむ"ということがあるのとしたら(原文ママ)、それはお客が喜ぶ顔を見ることだけ」、「プロの歌手で、ステージの上に立って苦しい顔をして歌うヤツがいる?」などなど、しびれてしまう至言の数々。胸がスッとしました。ありがとうございます、水野さん&フェルディナントさん。
「仕事を楽しむ」というコンセプトは、顧客の顔を見ないで仕事をさせられている人間をごまかすための言い訳だという水野氏のご指摘、本当にごもっともだと思います。
自分の仕事で喜んでいる顧客の笑顔を見られないような働き方をしてらっしゃる会社員、水野氏のたとえでいうと「ステージのない歌手や役者のトレーニングと同じ行為」を会社から要求されているお気の毒な企業戦士は、実際にたくさんいらっしゃるんだろうと思います。彼らを「仕事は趣味だ」といってコントロールしようとする、あるいは彼ら自身がそうやって自分をごまかそうとするってのは、とてもツライ話ですし、当研究所があーだこーだいえる立場じゃありません。
でも幸いなことに、ガイド業はそうじゃありません。顧客とがっぷり四つに組むサービス業ですから、喜ぶお客様の姿を直に楽しめる仕事です。水野氏のたとえなら、「血の滲む地獄のトレーニングをつんで、ステージに立てる」わけです。
ならば「仕事は趣味」などと寝ぼけた二流以下のセリフを吐いてないで、「お客様の喜ぶ顔」を楽しみに一流の仕事しましょう。
この「仕事を楽しむ」というコンセプトは、ガイド業の場合はさらに深刻な命題を抱えていると感じています。
というのも、上記インタビュー記事に出てきたような、「ステージに立てないのに訓練だけしているような仕事ぶりのつらさをごまかすため」にこのコンセプトを持ち出してくるのとは違って、ガイド業というのは「趣味の延長」で手を染める人が多いからです。つまり簡単にいえば、本当に「遊び半分で仕事をする」けしからん似非ガイドが少なからずいるという問題があるわけです。
長年アウトドアを趣味にしてきたから、アウトドアガイドになって自然の中で働く。
京都の街と歴史が好きで、旧所名跡巡りを長年趣味にしてきたから、京都のガイドになる。
ずっと自然保護活動に関わってきたから、エコツアーガイドになって蒙昧な人間を啓蒙する。
バス会社に就職してバスガイドになる、旅行会社に入って添乗員になる、ってなパターンもなきにしもあらずですが、割合からすれば上記のような趣味延長タイプのガイドがやっぱり圧倒的多数です。
こういう人たちの中には、お客様を喜ばせるというサービス業の金科玉条なんかハナッから頭になくて、自己満足のためだけにフィールドに出たり街に出たりしている人がかなり混じっているようです。
お客様がうんざりしてるのに、ウンチクを立て板に水と語り続けて止まらないタウンガイドやエコツアーガイド。お客様のペースや好みを無視し、自分の好きなスポットを自分のペースで巡るような組み立てしかできないアウトドアガイド。同業他社の悪口、自分の自慢話に終始するガイド、ちょっとでも気にくわないことがあると不機嫌な態度を表に出してしまう傍若無人ガイド、etc、etc、etc......。
フェルディナント氏が、営業だけやっている人のことを「練習もしてないのにいきなりステージで歌ってこい」と言われることにたとえていますが(お気の毒な話ですね)、この手の遊び半分似非ガイドはさしずめ「練習もしてないのに自らすすんでステージに上がり、はた迷惑な下手な歌で一人酔いしれたあげく、ギャラをふんだくって帰って行くヤツ」です。そんなの、許せます?
これこそ当研究所が最も忌み嫌い、目の敵にしていることなんです。こうした似非ガイディングのタレコミが、当研究所に毎日のように届いていた頃があったんですが、読めば読むほど気が滅入りました。
そういう経緯もあって、水野氏の至言の数々は、研究員リュウの心にしみました。
ガイディングは、仕事です。ガイディングは、サービス業です。自分が楽しみたければ、水野氏もおっしゃるとおり、自分で金を払って遊びに行きゃいいんです。ウンチクを聞いて欲しければ、聞いてくれる人のところに行ってお金を払えばいい(例えば辛抱強く話を聞いてくれる女将のいる飲み屋に行きなさい)。お客様から金取って自分が遊んでちゃいけません。
当研究所の研究発表では、なるべくこういった職業意識論は避けてきたと書きましたが、実を言えば「研究発表vol.5:アウトドアガイドって? その1」でチラリと書いたことがあるんです。
大自然を毎日楽しみたい?
まったくッすねぇ。でもそんなヒマはないんッすよぉ。
え、横にビヨンセそっくりさんのトップレスがいた!? しまった、気づかなかったよ......。
つまり自然が好きでガイドになったというのに、いざ仕事を始めてみると、相手は実はお客様に牙をむく「敵」だったことに気づく、ってわけです。
オチャラケ文体ですが、内容は冗談でもなんでもありません。要するに「遊んでるヒマ、楽しんでるヒマなんぞ、これっぽっちもないんだぞ」ということを書いたわけです。
アウトドアガイドに自然美やアクティビティを堪能するヒマなんぞありませんし、「あの雲、ウサギさんみたい」とはしゃいでいるお客様に笑顔で相槌を打ちながら、その雲の不穏な動き方に胃をキリキリと痛めているのが、アウトドアガイドという生き物です。
その胃痛が楽しいかと問われたって、んなもん、楽しいワケがないッすよね、水野さん(笑)
氏のおっしゃるとおり、お客様の笑顔というご褒美が励みになるから、いくら胃が痛くても、肩があがらなくても、首が回らなくても、手首がぶっ壊れてても、腰がうずいていても、涼しい顔のフリしてガイドができるんです。
こういうことを申し上げると、
「いや、それでもガイドが楽しく仕事をしていないと、お客様だって楽しめないんじゃないか」
とか
「ガイドが楽しんでいるからこそ、それがお客様に伝わるんだよ」
という反論がきこえてきます。この10年、イヤというほどこの手の話を耳にしました。
この連載は上品さをモットーとしてるんですが(コラ、笑うんじゃない!)、今回は水野氏にならいまして、不肖研究員リュウも一刀両断バッサリ返り討ちと参りましょう。
そういうガイディングは、二流です。当研究所が目指しているのはそんな低レベルじゃぁありません。苦しいのが顧客にばれるようじゃ、修行がぜんぜん足りてないんです。そうやって言い訳ばっかしてるから、いつまでたっても上達しないんです。味噌汁で顔洗って出直してきなさい。
ひゃー、言っちまった。叱られたらどうしよう......(^_^;
確かに自然を愛していない人間がエコツアーガイドやるのは、ちと苦しいでしょう。海を憎んでいる人間がシーカヤックガイドになるのも、無理があるでしょう。
でもそれと、仕事そのものを楽しむかどうかってのは、丸っきり別次元の話。海を愛するシーカヤッカーだって、ガイディング中となると胃の痛い思いばっかりです。
水野氏の話にもステージに立つ歌手のたとえがありましたね。マメが潰れて靴の中は血まみれ、風邪をひいてて歌うたびに喉にヤスリをかけられるような状態でも、一流のエンターテイナーはにこやかに楽しそうにステージを飛び回ります。そうとは知らないお客様は大満足。
年間数十本、あるいは人によっては百本も二百本もステージこなしてて、いつも絶好調でニコニコのはずがありません。むしろ何らかの不調に苦しんでるのが普通なんじゃないでしょうか。それがお客様に伝わって見抜かれてるようじゃ、プロとしてまだまだです。
ガイド業の場合だって、ってのはもうクドクドと書くまでもないですね。以下同文。
ちなみにプロレス者の研究員リュウの場合、苦しくてどうしようもない時は
「ナニクソ、プロレスラーなんかもっとひどい体調で巡業してるんだぞ!」
と、自分にハッパをかけるのが常でした(笑)
そういう方もいらっしゃると思います。ラッキーですね。いくら水野氏が「仕事を楽しむなんてありえない」とおっしゃっても、現実に楽しくて仕方ないんだったら、そりゃ素晴らしいと思います。
でも、さらに続けて、
「お金もらえなくったって、この仕事ができるだけで嬉しい」
なんて言いはじめると、これはちょいと問題。特にガイドの口からこういうセリフが出てきたら、捨て置くわけにゃぁいきませんや。
ここで毎度おなじみ、ちょいと脱線。
若い頃(ヤダねぇ、ついにこういうセリフを吐く歳になっちまったよ......)、手塚治虫の『ブラック・ジャック』や、剣名舞(原作)&加藤唯史(作画)の『ザ・シェフ』の主人公が嫌いでした。金の亡者が主人公なのに、なんでこんなに人気があるんだろう? ところが嫌いだといいつつ、ラーメン屋や床屋でついつい読んじまう。う~ん、我ながら不思議だ、なぜだろう??? 謎だ......。
ガイドになってみたら、視点が変わりました。彼らって、金の亡者どころか、自分を常に追い込んでさらに腕に磨きをかけようとしている、超ストイックなプロだったんですね。そしてその修行ってのも、自己満足のためではなく、顧客満足のためなわけです。
いくら超一級の技術を持ってたって、法外なギャラを請求するのはものすごく恐ろしいことです。安物ならいくらでも言い訳がききますが、高級品じゃそうはいかない。ましてや前代未聞の法外な価格をつけてしまったら......。
ですから普通なら適当なところで妥協します。これくらいの仕事でこれくらいのギャラなら妥当だろうという線で落ち着いていれば、安心だからです。超一流にも、超一流なりの適正価格ってのがあるもんです。
つまりこれらの物語の面白さって、法外なギャラを請求することによって、主人公たちが常に自分自身を追い詰めているストイックさにポイントがあるんですね。だからこそ彼らはカッコイイし、緊迫感と感動がうまれるっていう仕掛けです。それを金の亡者のお話だと勘違いするとは、若気の至りとはいえお恥ずかしい......。
ま、こりゃあくまでマンガ素人の僕のガイド視点での解釈ですから、マンガに一家言ある方々には異論も色々おありでしょうが、その辺はあまり突っ込まないでやってくださいまし。
自分をブラック・ジャックや味沢匠になぞらえたワケじゃないんですが、ガイディング技術が向上するにつれて、僕も「相場の10倍の値段をつけた超高額ツアーをやってみたい」という思いが次第に募ってきました。別にギャラが10倍欲しいわけじゃないんです。10倍払うお客様は、10倍以上厳しい目を持っているはずです。そういう厳しい条件でもお客様を満足させられるかどうか、腕試しをしてみたいって思うようになるわけです。10倍の価格をつけてもなお、「うん、これなら安いくらいだ! また来るよ!」と言っていただけるガイディングが、果たして僕にできるのかどうか。
幸か不幸かそういう機会には恵まれませんでしたが、実際に運行したら、円形脱毛、胃潰瘍は必至ですね。通常価格なら躊躇なくキャンセルする天候でも、10倍の価格をチャージしていたら迷いが出るでしょう。考えただけで胃に穴があきそうです。ガイド生命を縮めるのも間違いなさそうです。でもやっぱり機会があれば挑戦してみたかったなぁ。
というわけで当研究所は、「楽しいから、ノーギャラでもいい」という下降思考の二流ではなく、ブラック・ジャックや味沢匠のような超一流を目指すストイックな上昇志向を応援します。
ま、実際のところは、本当に真剣に顧客満足を追求しはじめたら、「ノーギャラでも良いくらい楽しくて仕方ない」なんてのんきな言ってられなくなると思いますけどね。水野氏のおっしゃるとおり「楽しくてしかたない」ってのは、やっぱ顧客のことをちゃんと見てないレベルのセリフだろうなと、研究員リュウも感じています。
次回こそ前回の予告通り、危機管理ステージ1「予防」をとりあげようと思っています。
というわけで、次回までに「君子方式」に頼らない積極的な予防手順を、ご自分なりに考えておいてください。どういう段取りで予防をすれば、ヒヤリハットを減らせるのか? どういう予防をすれば、ヒヤリハットで食い止め、軽微な事故に繋げずにすむのでしょう? 回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
思いっきり余談ですが、研究員リュウは相当な数の職業を遍歴してきています。その中で一番シックリきて、一番長くやったのがアウトドアガイドの仕事なんですが、今振り返ってみると、今回のトピックである「お客様の笑顔」がポイントだったような気がします。というのも、お客様の笑顔って、仕事によって色々微妙に違うんですよね。
たとえば、
なんだか変な例ばかりが並んでしまいましたが、それぞれ違った笑顔です。実はここにあげた例のほとんどの笑顔を、実際に仕事の上で眺めたことがあります。その中で一番シックリくるのが、僕にとっては1番の笑顔です。だからしんどい仕事でもがんばりがきいたんだなと、今になって思うわけです。
というわけで、これから仕事を選ぼうかと考えている人は、業務内容もさることながら、お客さんがどんな笑顔をしてるかを観察してみるのも大切かもしれないなと思ったわけです。お客さんの喜び方に張り合いが感じられれば、キツイ仕事でもがんばれるもんです。
さらに脱線気味ですが、「親」(特に「母親」)なんて仕事がまさしくそうですよね。「我が子の笑顔」という最高のご褒美があるからこそ、あれだけの激務にたえられるわけでして。
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**紅葉の中に飛び込んでいくのは気持ちいいのだけれど......**
文・写真: 内田一成
先週は都内にある某ミッションスクールのシンボルツリーにクリスマスの飾り付けを行った。
樹高20mあまりのヒマラヤスギの頂上に重さ20kgあまりの星を据付け、その根本から外枝に沿ってイルミネーションを垂らす。クレーンも高所作業車も使わず、ただロープだけで一本の巨木がクリスマスツリーに変身してしまうのだから、ツリーイング(ツリークライム)という技術もなかなか捨てたものではないと思う。
ただ木にロープを掛けて、ちょっと上に登って降りてくる、まあバリエーションとして樹の間に張った専用のハンモックに座ってまったりするといったことはあっても、ただそれだけでは魅力的なアクティビティとはいえない。
どんなことでもそうだけれど、アクティビティの範疇を越えて、何か他の目的があって、それをクリアするために技術と体力、知力を使うようになって、初めて本当の面白さが見えてくると思う。
装備は何を身につけ、どんなルート(枝を避けていくために)を取って登り、さらにどのようにセルフビレイして重い荷物を上げるか、それを地上でシミュレーションし、樹上ではシミュレーションでは予想できなかった事態に出くわして臨機応変に対処しなければならない。
なんとか、様々な事態に対処したあとで、装備の不備やルーティングの失敗、自分のスキルや体力のなさが見えてくる。そして、次はもっとスマートにこなしてやろうといろいろ勉強したりトレーニングしたりする。
『業務』となると、いろいろ厳しくもあるけれど、課題に立ち向かっていく面白さ、うまくいったときの達成感が桁違いに大きい。
業務とまではいかないまでも、たとえば、ツリーイングを他の目的のための手段としている人たちは、スキルも高いし、リスクマネジメントも人から言われるまでもなく理解している。
たとえば、熱帯雨林でフィールドワークをしている動物学者や植物学者は、数十mある樹冠までスルスルと登り、樹上では器用に体を確保してサンプルを採集したり写真を撮ったりする。ツリーハウスの製作者たちも、ツリーイング(ツリークライム)の技術を使って不安定な場所で作業する。
単なるアクティビティにしても、ツリーイングそのものが目的であっては、アピールポイントは普段とは違う視点で世界が見えるとか、風に吹かれて気持ちがいいとか、何か中途半端なお茶濁しのようになってしまう。
そこに、例えば枝先に付けたジオキャッシュを取りに行くとかということになると、俄然楽しくなってくる。
**イルミネーションに繋がる配線を結束して地上の配電盤へ**
この土日は、一緒にクリスマスツリーのセッティングをしたTMCA(ツリーマスタークライミングアカデミー)北関東支部の梅木氏が埼玉県桶川市の城山公園でツリーイングクライマーの養成講座を行うので、ぼくも便乗してちょいちょい手伝いをしながら、自分の課題研究に勤しんでいた。
今回の講習はマンツーマンだったが、受講生もじつは友人であり仕事仲間であった若林君だった。彼は地図出版大手の昭文社で長く編集をしていて、ぼくが毎年取材している「ツーリングマップル」の担当者でもあった。
彼は、10年あまり勤めた会社をこの秋に退職し、日本野鳥の会のレンジャーを目指すことにした。そこで、バードウォッチングや巣箱の設置、さらには生態調査などで使える技術としてツリーイングを身につけておくことにした。
講習が始まってみると、若林君は、さすがに目的がはっきりしているだけにモチベーションも高く、スキルの理解度も早い。また、いきなりフィールドの中でカワセミを見つけたり、様々な鳴き声を聞き分けてレクチャーしてくれて、どっちが講習を受けているのだかわからなくなってくる(笑)。
この城山公園はTMCAがホームグラウンドにしているフィールドだが、今まで鳥のことを気にしたことはなかった。それが、少なくとも11種類の野鳥がやってきていて、カワセミを筆頭にエナガなどの珍しい鳥もいることがわかった。そんなこと知ると、見慣れた公園がまた新鮮な場所に見えてくる。
ところで、ぼくの「課題」というのは、主にロープワークと樹上での体のさばき方だった。
ただ木に登るだけなら、体験会で使うアンカーヒッチとブレイクスヒッチ、フットループの組み合わせでいいのだが、作業をするとなると、このシステムでは登攀スピードは遅いし、樹上で作業をする際には両手を使ってロープにテンションをかけなければならず非効率的だ。
そこで、メインロープをランニングエンドにする基本システムではなく、ランニングエンドにスプリットテールという短いロープを使ったり、プルージックコードを使い、さらにマイクロプーリーなどを併用する。それらの組み合わせで、自分にもっとも合った組み合わせや結びは何かを、ひたすら研究していた。
そして、今度は、樹上で作業するときに、「リムウォーク」といって枝の上を渡っていかなければならないのだけれど、これもビレーの取り方や体の向きがどういう位置関係になれば安定するのか、いろいろ試していた。
樹は本来、影になる下の方の枝から枯れていくものだが、講習で使った樹も、練習で使った樹も上部の枝が枯れ、とても脆くなっているのが目についた。実習がてらそんな枝を剪定して、それもいいトレーニングにはなったのだが、こうした異常を目の当たりにすると、ほんとに自然が病んでいるという実感が募ってきて、暗澹とした気分になってしまう。
ちょうど紅葉の盛りで、紅葉狩りに訪れる人も多かったけれど、脆くなった太い枝の下を何も知らずに歩いている人がいるのも恐ろしい。
**紅葉を透かして落ちてくる日差しが気持ちいい長閑な講習**
**初級講習ではカリキュラムにない「リムウォーク」に挑戦する若林君**
**こちらは、たまたま立ち寄って、無理矢理ツリーイング体験させられたサイクリストの丹羽隆志氏。じつは高いところが苦手だとか......彼の主催するやまみちアドベンチャーでも、サイクリング+ツリーイングツアーを開催する予定。どうぞお楽しみに!!**
**メインロープの末端をランニングエンドにする代わりにスプリットテールをランニングエンドにするシステム。これなら途中に枝を噛んだりしても、簡単にシステムを解除して枝を避けて進むことができる**
**さらにマイクロプーリーを組み合わせることでワンハンド操作でロープのテンションを調節できるようになる**
**スブリットテールの代わりにプルージックコードを使う。こちらのほうが微妙なテンションコントロールが出来るが、ラベリングのときにコードがメインロープに食い込みすぎて、動きがかなり渋くなる。いろいろノットを変えてみて、ディスティルがいちばん食い込みが少ない感じ......ちなみに、カラビナのゲートが二枚とも同じ方向を向いているのは、あまりよろしくない(笑)**
**OBTツリーイングプログラム**
OBTでは、ツリーイング体験会から資格認定講習、企業研修、高木剪定など、随時受け付けています。
文:リュウ・タカハシ
2009年11月25日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
大変ごぶさたしてしまいました。6月に日本でプロガイド・ワークショップをやったらすっかり真っ白な灰になってしまい、息を吹き返したとたんに体調を崩し、やっと回復したら今度は野暮用でバタバタと、落ち着いて執筆できない状態が続いてしまいました。
ともかく6月7日(月)~9日(水)の三日間は、「プロガイド・ワークショップ2010」を西表島で開催しました。
直前の予報だと滞在中一度もお天道様を拝めない梅雨空。ところが雨具は使わずじまい、美しい珊瑚の海を楽しめました。しかも僕が島を離れたとたんに大雨になったそうです。僕って晴れ男だったんですねぇ、知りませんでした。
今回は大幅に内容を改訂してのぞみました。第7回までを「基本編」だとすれば、今年の第8回は「応用実践編」といった感じ。西表島の稼働率が日本トップクラスだと聞いていたからです。
総勢12名(8業者)がご参加くださいましたが、やはり応用実践編にしておいて正解でした。理解力、質問内容など、たくさんのお客さんをさばいているプロならではのレベルでした。気候に負けない熱い気迫に、僕もたじたじでした。
もちろん彼らは一握りのトップレベルで、島全体の平均はもっと低いんだとは思います。でも1割以上がこの水準なら、全体に波及して島全体が急にレベルアップするのも、そう遠い未来の話ではないだろうと感じました。
しかしあのレベルが西表の平均になったとしたら、「エイベルタズマンは世界一」などとのんきなことは言ってられなくなります。エイベルタズマン育ちの日本人ガイドとしては、どっちを応援したら良いのかちょっと困ってしまいます。ま、いいや、どっちもガンバレェ。
さてさて。
久しぶりの当講座、危機管理集中講座から再開したいと思います。
実は先週末、e4編集長がわざわざNZまで僕の危機管理講座を受講しに来てくれました。当研究所もずいぶんとインターナショナルになったモノです、ワハハハ。
6月の西表会場からさらにパワーアップした講座を提供すべく、色々資料を調べなおしてみました。日本でアウトドア危機管理のオーソリティーと目されている(らしい)団体のサイトにもザッと目を通してみたんですが、やっぱり研究発表vol.10でふれたような「予防モード偏重、対処モードおろそか」という傾向があるような気がしました。
そのサイトには立派なリンク集がついていたので、リンク先のNPOなどの指導マニュアルなどもいくつか拝見したんですが、これまた対処モードがおろそかなモノが少なくないようです。さらに、やたらにややこしい言い回しで分析、解説した学術っぽい資料が多いのも気になりました。分かりにくく書いたんじゃ、かえって逆効果だと思うんですけどねぇ。
危機管理、安全管理が盛んになってきている風潮はとても良いことだと思います。でも弱点をキチンと認識してそこを重点的におさえ、分かりやすくメソッドを伝える努力を重ねていかないと、なかなか効果は上がらないんじゃないかと思いますよ。
当研究所も、その辺はまだまだ研究不足ですが、今後ますます充実を図っていきたいと思っている所存です。
ま、それはさておき。
研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」では全体の流れをザッと見ました。図にするとこんな感じです。
今回からもう少し詳しく見ていきましょう。まず最初のステージ「予防」からです。
とりあえずこちらの図をご覧ください。
ご存じ「ハインリッヒの法則」です。リンク先(ウィキペディア)に詳しい説明がありますが、アメリカの損害保険会社に勤めていたハインリッヒ氏による労働災害調査論文(1929年)が出典だそうです。
80年前の外国の社内論文ですからね、「300:29:1」という数値そのものは重要じゃありません。時代、場所、業種などで変化します。「ハインリッヒの300:29:1」とか「メラビアンの7:38:55」とか、数字をやたら強調する研修屋さんもいらっしゃるそうですが、そういう輩に出会ったら眉にツバをしっかり塗りつけておきましょう。
別に僕が歳食って数字が覚えられなくなったから、ひがんでるわけじゃないっすよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
ともかく大切なのは、細かい数字じゃなくて、「重大事故の背後にはその数十倍の軽微な事故、その背後にはさらにその数十倍のヒヤリハットが隠れている」というコンセプトを理解することです。
さてさて、予防がうまく機能すれば事故が減るわけですが、これには大きく分けて二つのシナリオが考えられます。
まず一つ目はヒヤリハットの件数そのものが減り、ピラミッドが小さくなるというパターン。
もう一つは、割合の比率が変わってピラミッドがなだらかになるパターン。この場合は、ヒヤリハットの件数そのものが変わらなくても、結果的に軽微な事故や重大な事故の件数が減るというわけです。
具体的にどういうことかといいますと、ヒヤリハットを軽微な事故に繋げない予防技術、軽微な事故を重大事故に繋げない対処技術が洗練されてくると、このようにピラミッドがなだらかになってくる、っていうわけです。
どちらがより有効かといえば、やっぱり後者だと思います。割合が変わらない場合(前者)、ヒヤリハットが1割減ったら、事故も1割減ります。でも傾斜を1割なだらかにすると、減る事故は1割じゃききませんよ。もっと劇的に減ります。数学的に証明してもいいんですが、ここで三角関数を持ち出すと、とたんにブラウザを閉じてしまう方が続出しそうなので控えておきます。僕が歳食って数学弱くなってしまったからじゃないっすよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
理想的には、もちろんこれら二つのコンビネーションですね。底辺も小さくなり、角度も緩やかになる、と。
というより、実際のところ、予防技術や対処技術がアップすれば、当然ヒヤリハットそのものも減って底辺も小さくなるはずなんです。
最初のオリジナルの図が「ハインリッヒのピラミッド」だとすれば、こちらは「ハインリッヒの近所の小さな丘」ってな趣で、これならずいぶんと安心な感じです。
というわけで、危機管理のステージ1「予防」が目指すゴールは、この「小さな丘」です。
あ、念のため繰り返しますが、ここに挙げた150:5:0.1なんて数字も、もちろん適当ですからね。モノのたとえです。「ピラミッドの底辺をより小さく、傾きをよりなだらかに」という目標だけご理解ください。
今までにも何度かふれましたが、日本人は「君子、危うきに近寄らず」方式の危機管理を得意としています。つまりこの予防ステージは割とよくできているということです。
実はこの「君子方式」は、上記の二つでは一つ目の「底辺を小さくする」というパターンに該当します。
ところがガイディング研究所の視点からは、「君子方式」には、いろいろ弱点や問題があるんですよ。
たとえば、自分から危険に近寄らなくても、向こうからやってくることだってあります。「君子方式」は、向こうからやってくる危険には無力です。事故になります。つまり「君子方式」にはピラミッドの底辺を小さくする効果がある程度期待できるのですが、角度をなだらかにすることはできないというわけです。
向こうからやってくる危険まで視野に入れて予防したり、ピラミッドの角度を小さくしたりするには、別の方法が必要です。答えをいきなりズバリ言っちゃいますが、「リスクを計算すること」です。英語では「カリキュレイテッド・リスク」と呼びますが、この「リスク計算方式」がガイドにとって特に大切な技術なんです。
「君子方式」の別の弱点は、油断、過信です。やみくもに危険を避けるだけの人は、おうおうにして
「自分は危ないことはしないし、今までも大丈夫だったから、これからも大丈夫だ」
みたいな変な自信を持つ傾向があるようです。「僕は安全運転だから、大丈夫だ」なんてのは、典型的な例です。
これってゆゆしき問題です。「今まで大丈夫」と「これからも大丈夫」がイコールで結べないのは、ちょっと考えれば中学生にだってわかることです。
でも君子方式の特徴は、計算なんかしないでとりあえず避けておくだけ。つまり計算とは縁遠いわけで、こういう勘違いが起こりがちなんですね。リスクを計算した結果、「大丈夫だ」っていうんだったら良いんですが、結果論を未来予測にすり替えるのはムチャな話です。
さらにもう一つ、次の「対処」ステージで大変大きな問題が出てくるんですが、これは後日に回しましょう。
というわけで、当研究所では「君子方式」は推奨しません。僕が品性下劣で君子にほど遠いヤツだからってわけじゃありませんよ。断じて違いますってば。いえ、ホントに......。
「君子方式」には上記のようなデメリットがあります。もちろん危機管理なんぞ何処吹く風、っていう人よりは君子方式の人の方がずっと良いわけですが、でもガイドは「リスク計算方式」でいきましょう。
さてさて、じゃぁその計算とやらはどうすりゃいいの、ってのが次なる疑問ですよね。それはまた次回のお楽しみ。
次回は今回に引き続き、危機管理ステージ1「予防」をとりあげます。次回のトピックは、予防の流れです。
というわけで、次回までに「君子方式」に頼らない積極的な予防手順を、ご自分なりに考えておいてください。どういう段取りで予防をすれば、ヒヤリハットを減らせるのか? どういう予防をすれば、ヒヤリハットで食い止め、軽微な事故に繋げずにすむのでしょう? 回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
まったくそうだそうだ!のウェブページをご紹介。
◎アウトドアをまちづくりに!「親子自然体験、参加費一日500円!?」
有限会社ピューパ代表渡邉 隆氏の鋭いご指摘です。
一回安い値段つけちゃうと値上げは至難の業です。観光業ってのは、人件費のかかる業種です。何も考えずに補助金、助成金を使ってタダのような商品を出してしまうと、もうそのフィールドは終わったも同然です。だってタダ同然の商品があるところには、後から参入できませんもの。競争のないフィールドには、進歩もありません。
そうでなくても、商業アウトフィッターって原価ギリギリの弱気な価格設定する傾向が強くて、死ぬほど忙しいのにその割に儲かってないという業者さんが少なくないようです。その上に業者数が増えて価格競争が始まると、そのエリア全体総崩れの危機。
そこに補助金使ったタダ同然の商品が登場したんじゃ、完全にトドメです。ライバル業者を殺すだけじゃなくって、そのフィールド全体が死にます。観光業界全体も弱体化します。
これって、消費者側にも問題があります。確かにパソコン買うなら、100円でも安く売ってる店探したくなるのは人情。僕だってそうします。だって中身は同じですもん。
でも「プロの技」を買うのに、お金をけちるってのはどんなもんでしょう? 特にアウトドア観光の場合は、思いっきり「命を預ける」わけですよね。それでもやっぱり価格で選ぶんですかねぇ??? 中身はぜんぜん違いますよ。ガイドの質のピンからキリまで見てきた僕だったら、むしろ値段の高いガイドを選びますけどね。
色々と考えなくてはならないことが山積みです。
特に深く考えもしないで、なんとなくエコな雰囲気に流されて、なんとなくこの手の格安野外ツーリズムが、なんとなく適当になんとなくあちこちで催行されちゃってるようです。もうちょっと考えましょうよ。別に難しいことを考えようってんじゃないです。当たり前のことを考えましょう。何が業界を殺すのか? 何が業界を育てるのか?
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**かつて、白砂青松で知られた海岸の現在。漁業関連ゴミがおびただしいのが、なんとも悲しい**
写真・文 内田一成
前回エントリーした『瀬戸内国際芸術祭でトークライブ』のライブ前日、男木島の隣の女木島で開催されたビーチコーミングに参加した。鹿児島大学准教授で海洋ゴミの専門家である藤枝さんが講師に招かれたイベントで、瀬戸内を舞台にしたイベントは、もう何度も参加している。
藤枝さんは、ナホトカ号の重油流出事故の際に海岸のクリーンアップボランティアに参加したのをきっかけに、研究の主題を海事学から漂着ゴミに移したという異色の海の男。彼のビーチコーミングイベントに参加すると、海流が世界中を結びつけ、さらに魚や海獣、海鳥などの生物も相互に連鎖する環境の中で暮らしていることが実感できる。
瀬戸内から戻って、翌日には茨城の実家に父親の法事で帰った。久しぶりに命日に戻り、墓参りを済ませた後、懐かしい故郷の浜に出てみた。
かつては波打ち際まで100mもあるような遠浅の海岸で、防砂林の松と白い砂が弓なりに70kmも続く光景が、子供の目にも美しく感じた。それが、鹿島開発や砂浜の砂の供給源である利根川の上流にダムがいくつもできたために、年を追うごとに浜は痩せ、ときには座礁した船から流れだした重油に汚染され、大量の海洋ゴミが流れ着いて、無残な姿をさらすようになってしまった。
この日は、台風13号の余波もあるせいか、目も当てられない状態になっていた。
**日本のゴミに混じって、ハングルや中国語の書かれたパッケージも多く見られる**
7月17、18、19日の三連休、埼玉県にある武蔵丘陵森林公園で特設のフォレストアドベンチャーを開催した。今回は、TMCA(ツリーマスター・クライミングアカデミー)北関東支部がコースの設計と現場運営にあたり、ぼくも会場の下見からコースシミュレーション、設置、運営とアクティビティの全般に関わった。
コースは、まずツリーイングで最初のポイントまで登る。次に樹上に張り渡したスラックラインを伝って次のポイントへ。そして最後はジップラインを滑り降りて地上に戻るというコース。
普段、TMCAで行っているツリーイング体験会やワークショップではツリーイングの初歩の技術を学んで、普段立つことのない樹上に登って、木と触れ合い、風を感じる...といったソフト指向のアクティビティだが、今回は、夏休みの子供たちに(さらに父兄にも)強烈に思い出に残るようなスリリングな体験をということで、ハードな内容でコースを設計した。
安全性は二重にも三重にも確保しているのはもちろんだが、自分たちでテストしても足が竦むほど。とくに樹上に張り渡したスラックラインは高さが7m、長さが10mあり、風が吹いたり、中間地点に差しかかって大きな荷重がかかると、樹がしなって大きく揺れるため、スラックラインに慣れていても、しばらく動けなくなってしまうほど。
これをはたして表遊びなどほとんどしない子供たちがこなせるのだろうかと、作っておいてから不安になってしまった。
連休初日は、それまで東北から九州まで横たわり、西日本で大規模な降雨災害を引き起こした梅雨前線が、まるで絵に描いたように太平洋高気圧に押し上げられ、一気に梅雨が開けた。おかげでスカッと晴れた夏空になったが、その分、気温も上がって猛暑日に。ツリーイングを応用したフォレストアドベンチャーは常設ではなくその都度設置するため(常設のタイプやツリーハウスのように、木に与えるダメージが少ない)、早朝に集合して全てのギアをセッティングしたが、それだけで相当に体力を消耗してしまった。
子供時代の夏の思い出といえば、ラジオ体操が終わると朝食を食べるのももどかしいくらいに家を飛び出し、日が暮れるまで、めいっぱい表を飛び回ったものだった。山でカブトムシやクワガタをとったり、小川でドジョウやザリガニをとったり、小学校の高学年ともなると毎日のように海へ行って、ひと夏に三回も肌が剥けるほど日に焼かれたものだった。
親子連れでこの森にやって来る子供たちは、野放図なぼくたちの子供時代とは違って、親に促されて不承不承アクティビティに参加させられ、樹の上に登るとそれだけで怖気づいてしまって、樹上のスタッフにしがみついて離れないような子が多いけれど、「これが最後までできたら、夏休みの絵日記で自慢できるぞ!」と励ますと、急にヤル気を出して、勇気を振り絞って綱渡りに臨んでいく。
そして、クライマックスのジップラインまでたどり着いて、地上まで滑り降りると、みんながみんな自慢気な笑顔を浮かべて、一瞬で逞しくなっていく。
そんな様子を見ていて、やっぱり子供は今も昔も変わらないんだなと、こちらまで嬉しくなった。
恐怖心を克服するという経験は、昔なら子供たちどうしの遊びの中に自然にその要素があって、スタンド・バイ・ミーの世界のように、子供たちは夏休みを経験するごとに逞しくなっていった。残念ながら、今の子供達にはそうした古来から出来上がっていた一種のイニシエーションのようなシステムが与えられていない。それをほんのつかの間でも提供できる今回のようなプログラムを全国に広めていけたらと、子供たちの笑顔を見る度に思わされた。
**早朝に現場に集合してセッティング開始。手間はかかるが、樹へのインパクトを少なくするためにはこれがいちばんいい**
**恐怖のスラックラインを終えて緊張がゆるみ号泣した子も、最後のジップラインでは大きな達成感**
★★OBTプロジェクトにて、フォレストアドベンチャーを始め、ツリーイングやシーカヤック等の様々なアウトドアアクティビティをアレンジしています。
→OBTツリーイングプログラム
文:リュウ・タカハシ
2010年5月26日
こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。
いよいよ来週の木曜日、宮仕え(人目を忍ぶ仮の姿)を終えてすぐに飛行機に飛び乗り、日本に向かいます。まだまだ先だと思ってたのに、あっという間に締め切り間近! ヤバイッ!
と、ただでもテンパリ気味のところに、本日宮仕え中(人目を忍ぶ......、もういいですか?)に、携帯が鳴りました。出てみると妻からの電話です。
「ジェットスターから電話。すぐに電話が欲しいって」
......。航空会社から電話がかかってきたことなんて、今までに一度もありません。しかも相手は悪名高い格安航空会社。イヤな予感800デシベル(意味不明)。
すぐにかけてみたんですが、これがつながらないのなんのって。PCのサポートセンターとどっこいどっこいです。やっとつながったと思ったら、案の定バッドニューズ。帰りの便は、ゴールドコースト(オーストラリア)乗り換えのオークランド(ニュージーランド)行き、オークランドから最寄りのネルソン空港までの接続もスムーズで、なかなか良い感じだったんですが、いきなり変更されちゃいました。オーストラリアでの乗り換えがケアンズとシドニーの二カ所、関空を出発してからオークランドに着くまでなんと24時間かかります。ヨーロッパに行くんじゃねぇんだぞ、コラ!
しかもオークランド到着が23時。コラ、国内線なんか飛んでねぇだろうが。結局翌朝一番の国内線にブッキングしなおし、24時間の国際線フライトの後、オークランド空港で夜明かしして、そのまま出勤と相成りました。なんでこうなるの???
教訓。プロガイド・ワークショップは、やっぱり一筋縄ではいかない厄介な仕事です......。
あ、そうそう、その肝心のプロガイド・ワークショップですが、今のところ9名様からお申し込みをいただいております。大盛況。スゴイスゴイ。
一日だけ参加のバラ売りもOKですし、当日飛び込み参加も受け付けますから、まだまだどうぞ。
さてさて、今回は研究発表vol.19:カスタマーケア 第壱回の続きです。
前回は、他のサービス業にはみられないアウトドアツーリズム界特有の問題の一つ目を取り上げました。覚えてますか? 過剰なカスタマーケアがアウトドアの神髄をスポイルしてしまう可能性について、でしたよね?
今回はもう一つの問題に焦点を当ててみましょう。
ホテルやレストランでは、お客様を気持ちよくさせるためにひたすらカスタマーケアを重ねていきます。清潔感あふれる店舗、おしゃれな内装、礼儀正しくにこやかな従業員、落ち着いたBGM、気持ちの良い部屋や美味しい料理、絶妙のタイミングで供される細やかなホスピタリティなどなど、カスタマーケア一つ一つの積み重ねが「商品力」になるわけです。
ホテルやレストランでは、カスタマーケア、サービス、ホスピタリティそのものが商品であり、それらを抜きにすると売るべきモノはなくなっちゃいます。これを「プラスを重ねるカスタマーケア」と呼ぶことにしましょう。
アウトドアツアーでも事情は同じでしょうか?
私見かもしれませんが、似たようなアプローチをするアウトフィッターが、近年増えてきているような気がします。
「何だと、となりのB社が、ウチの真似してダッチオーブンチキン丸焼きランチを始めたぁ!? なめやがって、じゃぁウチは豚の丸焼きランチにかえるぞ!」
「A社は豚の丸焼き? ほなうちは食器をロイヤルコペンハーゲンにかえまっか」
「何だって、となりはロイコだぁ!? ならコッチはランチにワインつけよぉじゃねぇか!」
「ワイン? ほいたらあたしらはロマネコンティ奮発しまひょか。ニワトリもやめてカモやな」
「ロマネコンティにカモだとぉ!? くそ、こぉなりゃ奥の手だ、カヤックを全部ピニンファリーナにデザインさせて特注してやる!」
これってちょっと違いません?
確かに美味い料理がでればそりゃ嬉しいですよ。僕が主宰しているプロガイド・ワークショップでも、そういう差別化を提案してた頃がありました。テーブルクロス一つ、食器一つで雰囲気変わりますよ、って。
でも今の日本のアウトドアツアー業界を眺めなおすと、どうもそっちの方面に行き過ぎちゃってる傾向がなきにしもあらず、って気がします。ときどき「なんでそんなに食い物の宣伝ばっかりするんだろう?」って思うんですよ。
そもそも日本アウトドア界って、自然の中で身体を動かすことよりも、「外で飯食うと美味い!」方面に走りがちな傾向があるんですよね。アマチュアキャンパーの中には、朝から晩まで料理(およびその後片付け)ばっかりしてる人もいたりします。欧米のアウトドアズマンには、まず見かけないタイプだと思います。
ま、料理好きキャンパーはさておき、ガイドの仕事をちょっと冷静に考え直しましょう。アウトドアツアーの主役は何でしょう? 「美味い食事」ですか?
やっぱり「自然」と「アクティビティ」、つまりハイキングとかカヤッキングだとかマウンテンバイキングだとか、そういうものですよね。つまり美しい自然と魅力的なアクティビティが揃ってりゃ、それだけで十分に高い商品力を持つわけです。人間が何かしないと商品力が産まれないホテルやレストランとは、ここに大きな差があります。
じゃぁアウトドアガイドがやるべきことは何でしょう? お客様があえてお金を払ってツアーに参加する値打ちは、どこにあるのでしょう?
ずばり、「マイナスを消していくカスタマーケア」です。マイナスってのは、不安とか不満とか恐怖とか危険とか楽しめないほどの不便とか、そういうものです。
だっていくら自然がきれいでマウンテンバイクが面白くても、不安で不便で怖くて危ないツアーだったら、全部帳消しになっちゃいますよ。お金払った値打ちがまったくありませんよね。そこに少々「プラスを重ねるカスタマーケア」をしてみたって、焼け石に水です。意味がありません。
逆にこうしたマイナス要因をカスタマーケアでつぶしていけば、後は自然とアクティビティが勝手に良い仕事をしてくれる、というわけです。ここを忘れないようにしましょう。あくまでもアウトドアツアーで大切なのは、「マイナスを消すカスタマーケア」の方なんです。他のサービス業と比較すると、危険や不便が格段に大きいからです。
ただし勘違いしないでくださいね。別にこった料理を出すのが悪いっていってるわけじゃないんです。また、「プラスを重ねるカスタマーケア」は無視して良い、手を抜いて良い、というわけでもありません。
あくまでも高級ホテルマン、高級レストランのウェイター(ギャルソンっていう方がいいですか?)に負けないほど、お客様に目を光らせて万全のカスタマーケアをしなきゃいけませんし、もちろんこだわりの料理が出ればお客様はうれしいです。アウトドアの神髄をスポイルしない範囲で「プラスを重ねる」のは、もちろんお客様により大きな満足を提供することにつながるでしょう。
ただ商品の本質(=自然とアクティビティ)を忘れて、「ウチの売りは料理だ!」と盲目的にこだわり始めてしまうと、カスタマーケアが明後日の方に迷走して、マイナス要因を消すことを忘れてしまいますよ、ってことです。
そもそもお客様が不安イッパイ不満タラタラなのに、それを放ったらかしにしてこった料理出してみたってダメっす。そんなことばっかりやってると、観光業のグローバルスタンダードから外れて、ガラパゴス化の道をまっしぐら。いまや観光業は世界産業ですからね。日本のガラパゴス化は、携帯電話くらいにしておきましょう。
逆に「自然とアクティビティ」の魅力を引き出すことを心がけ、マイナスをきちんとつぶしてあるならば、プラスアルファとして料理にこってみるのも、もちろん素晴らしいことだと思います。特に日本人客は、美味しい料理がないと納得しない傾向がありますから、「日本人客対策」として美味しい料理を出すのは正解だと思います。
また、「美味い料理」ってのはカスタマーケアの最後の砦でもあります。たとえば氷雨と向かい風にたたられ、みんな疲労困憊ビショ濡れでふるえているカヤックツアーでは、温かくて美味しい料理が、三点差で迎えた九回裏二死満塁からの本塁打になることがあります。僕自身も、そういう「食事に救われたツアー」は何度も体験してます。
でもその場合だって、それまでガイドが一所懸命マイナスを消す努力をしていればこそ、最後に逆転できるわけです。
たとえが食事ばかりに終始しちゃいましたが、他の「プラスを重ねるカスタマーケア」に関しても同じです。たとえばよくある勘違いは、
「うちはエコツアーだから、インタープリテーションが命だ!」
なんてもの。インタープリテーションとかガイドトークってのも、やっぱり「プラスアルファ」なんです。やたらに乱発すればいいってものじゃありませんし、使い方を間違えたら逆効果の場合も大ありです。この「インタープリテーションの勘違い」は、面白いトピックですから、後日あらためて研究してみましょう。
ともかく、こういうのはあくまでもプラスアルファであって、そこに命をかけてライバルと競い合うほどの重要事項じゃないですよ、ってこと。確かにこういう部分が差別化になるんですが、でもまず大事なのは「マイナスを消すカスタマーケア」をきちんとやること、です。
というわけで、ホテルやレストランと比べると、アウトドアツアーのカスタマーケアには、ちょっと厄介な点があることがお分かり頂けたかと思います。
研究発表vol.19と今回のテーマを、二つまとめて要約します。
アウトドアにはそもそも「不便を楽しむ」という要素が欠かせないので、カスタマーケアが過剰になるとお客様から達成感を奪ってしまい、味の薄いツアーになってしまう危険性があります。つまりアウトドアツアーのカスタマーケアは、「自然とアクティビティ」というアウトドアツアーの魅力を存分に引き出すため、マイナス要因を消していくような形で使われるべきであり、なおかつ「ある程度の不便」はアウトドアの魅力をひきだすスパイスとして残しておくのが望ましい、ということです。
ならば具体的にはどうすればいいのでしょう?
残念ながら、「こうすればいいですよ」という蛮人向け、じゃなかった、万人向けのメソッドなんてものは、ありません。
ポイントは、バランスの取り方です。
どこまでマイナスを消していけばいいのか? そして、どこからが残しておくべき「楽しむための不便」か?
自然解説はどこまでやるべきか? どこから黙して、お客様自身に肌で自然を実感していただく時間とすべきか?
疲れたお客様に、どこまで手をさしのべるか? 苦しみを乗り越えて自力踏破する達成感を尊重すべきか? それとも背負って帰るべきか? どちらがお客様にとって、後々良い思い出として残るだろうか?
考えるべき項目はまだまだいくらでもありますし、バランスの取り方にも正解はありません。そのときそのときで違いますし、お客様によっても変わってきます。まわりの状況やお客様たちをよく観察して、どのお客様がどの程度のカスタマーケアを「必要」としているのかを見抜く必要があります。
この「バランス点の見極め方」を文章で表現することは、残念ながら現在の当研究所には不可能です。また、バランスの取り方こそ、ガイドの個性が一番出る部分でもあります。ですからここは一つ、皆さん現場で試行錯誤して、自分自身のバランス点を見つけてください。
ちなみに先ほど出てきた「お客様を観察して、お客様のニーズを見抜くこと」を、NZでは「サイレントニーズを読む」といってます。
サイレントニーズとは静かな要望、つまりお客様が口に出さずに心の中でおもっているだけの要望のことです。それを読むってことですから、要するに「空気を読む」ってことです。
空気を読むって日本特有の文化だとおもってた人いませんか? んなこたぁありません、NZのアウトドアガイドはみんな(?)サイレントニーズを読む訓練つんでます。
ちなみに僕はお客様のサイレントニーズを読むのは得意ですが、場の空気を読むのは苦手です(笑)
ここで話題が、研究発表vol.19の冒頭のタモリ氏のエピソードにつながるわけです。人見知りしないタイプはアイスブレイクは得意だけど、往々にしてサイレントニーズを見落としがちだ、というわけです。
つまり人見知りタイプはアイスブレイクを中心に修行が必要で、人見知りしないタイプはサイレントニーズを読む訓練をしっかりやらなきゃいけない、というわけです。
さて、もうすぐ日本でプロガイド・ワークショップを開催します。ということは、次回はそのレポートになるんじゃないかなぁという気がしてます。
ってなわけで、今回の宿題は、自由研究としておきます。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
【ガイディング研究所版 映画評 vol.1】
先日友人から邦画「ハッピーフライト」を借りて観ました。友人曰く「主役の子(綾瀬はるか)が、メイちゃん(我が長女)に似てるから観て観て」だとか。なんちゅう理由ですか、それは。
この映画のことは聞いたこともありませんでしたし、綾瀬はるかも知りませんでした。
で、とりあえず観ました。どこが娘に似てるんだろうと思ってたんですが、確かに素っ頓狂な言動は似ているかもしれません......。
って、そんなことはどうでもいいんです。この映画、予備知識も期待もなんにもなく観始めたんですが、途中から座り直して真剣に観てしまいました。
ガイディング研究所的に観ると、シナリオがものすごく良くできてるんですよ! 実際に航空業界で働いてらっしゃる方が、すごく細かいところを観れば、突っ込みどころはあるのかもしれませんが、類似他業種である僕のような人間が観ると、
「あぁ、そうそう、こういうケースあるんだよなぁ。」
「あのお客さん、絶対やばいぞ。ほら、だからいわんこっちゃない!」
の連続。
インシデントの連鎖の仕方もなかなかにリアルで、
「そうなんだよねぇ、ちょっとしたミスがたまたまこうやって二つ三つ重なって、事故になるんだよなぁ」
っていう感じ。
さらに対処の仕方が、これまたすごくリアルなんですよね。キャビンアテンダントもパイロットも、おそらく本物もこういう対処をするだろうなというシナリオになってて、相当研究して書いてあることがうかがえました。ちなみに「へぇ!」と思ったのは、食中毒のリスクを減らすために、機長と副機長は別の食べ物をとるということ。なるほどですね。勉強になりました。
この映画観て「楽しめたか?」ときかれれば、僕の正直な感想は「過去の仕事の悪夢のような経験がたくさんフラッシュバックして、脂汗かきました」なんですが、それくらい良くできた映画だったと思います。
もちろん一般の方がご覧になれば、素直に楽しめる作品だと思うんですけどね、ガイディング研究所的な「変な見方」をすれば、本当に見所満載の「勉強になる映画」です。お奨め。
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文:リュウ・タカハシ
2010年5月7日
こんにちは、研究員のリュウです。皆さんGWはいかがでしたか? ニュージーランド(以下NZ)はGWでもなんでもありませんので、僕は災害時の収容避難場所のスタッフ養成コースを受講したりしてました。ほとんどの人は「一般スタッフ養成コース」だけでしたけど、ガイディング研究所専任研究員が危機管理関連の講習を見逃すわけにはいきませんから、僕は欲ばって「所長養成コース」もとりました。
まずは一般コース。軍に20年勤務、その次は首都ウェリントンでMinistry of Civil Defence & Emergency Management(危機管理災害対策省、とでも訳しておきましょうか)に20年勤務、そして半リタイアした今はCivil Defence教育機関に所属する、災害対策・危機管理のプロ中のプロの じいちゃん 講師に分厚い資料をボンと渡されて、「げ、これを一日でカバーするの!?」と参加者一同息をのみました。ところがやたらハイペースなのに非常に分かりやすく、気づけばちゃんと終わってました。あっぱれ。
NZの講習の常で、ディスカッションやロールプレイなどの実技も豊富。最後の課題は受講している建物を収容避難場所に使う想定でレイアウトを考えなさい、というものでした。一日の勉強の成果がモロにでる面白い課題でしたね。
その翌々日は所長養成コース。こっちはさらに盛りだくさんでハードでした。必要な備品をリストアップして発注、災害対策本部への報告書作成、職員のストレスを減らす対策などと、実技もややこしいのばっかり。イヤハヤ収容避難場所の運営って大変っす(^_^; 災害、起こりませんように。
来月で僕自身が日本で開催するプロガイド・ワークショップにも、いろいろ参考になりました。ありがたや、ありがたや。
さて本題。カスタマーケアの続きは後回しにして、久しぶりに危機管理をとりあげることにしました。
研究発表vol.10:危機管理「日本人の弱点?」 で、危機管理には三つのステージがあることにふれました。覚えてますか? 前回宿題にしておきましたよね。はい、山田くん、いってみて。なに忘れた? 廊下に立ってなさい。
引用してみましょう。
- 防止:事故や失敗を防ぐのが、まず最初のステージ。
- 対処:事故・失敗が起こってしまったら、迅速に対処。
- 処理:事態が落ち着いたら、事後処理。
ほら、思い出してきましたね?
ちょいと脱線。
危機管理用語は、実は人によってまちまちです。英語のリスクマネジメントだって、人によって意味がずいぶん違います。調べてみたんですが、どうやら日本でも統一用語はないようです。
この三つの用語も、「ガイディング研究所が認定した用語」です。他の研究者は別の用語を使うかもしれません。ややこしい話ですが、いちおう心にとめておいてください。
さて、今回はそれぞれのステージをザッと概観することにしましょう。
事故は、まず避けることが大切。いくらエアバッグ、サイドインパクトバー完備で衝突安全性の高い車でも、安心してガンガンぶつけてたらそのうち死にますよ。逆に昔の車でも、事故らなきゃ大丈夫。
ちなみに自動車の予防装置は、グリップの良いタイヤ、アンチロックブレーキ、視界の良いボディ設計やミラー、明るいライトなどなどです。
さて、この予防ステージで大切なことはなんでしょう?
当研究所は、まず「事故を完全に防ぐことはできない」という事実をちゃんと認識しよう、と提案したいと思います。
ほら、ときどきいますよね、「オレ安全運転だから、シートベルトいらねぇよ」とか「ビールコップ一杯くらいなら大丈夫だから」っていう人。アウトドア業界でも、たとえば「荒れないゲレンデだから、ウチは大丈夫」なんてうそぶくツアー会社もあるとかないとか。
彼らは「事故をゼロにすることはできない」ということが分かってません。結果論と確率論を混同してます。20年無事故でも、明日事故るかもしれないでしょ?
事故は起こります。安全運転でも起こりますし、内水面でも裏山ハイキングコースでも当然起こります。こういう「分かってない人たち」の場合、なおさら事故率は高いでしょうね、皮肉なことに。
でも「事故は防ぎきれない」ってことを肝に銘じて予防につとめれば、事故率を限りなく下げていくことはできます。またしっかり予防してれば、事故が起こっちゃっても、被害を小さくおさえることもできます。
というわけで復唱しましょう、事故を完全に防ぐことは、残念ながらできません。これが予防の第一歩です。
さて、心構えはできました。では実践面のポイントはなんでしょう?
「危険の特定」です。英語ではハザード・アイデンティフィケーションといいますが、試験には出しませんから覚えなくて良いです。
例えば階段の手すりのネジがゆるんでるなぁとか、自動車のタイヤが減ってきてるなぁとか、今日は雲行きが怪しい上にやたら釣り船やジェットスキーがウロウロしてるなぁとか、そういう危険要因をリストアップすることです。
人間には心理的盲点がありますから、口でいうほど簡単じゃありません。リスト作りにはけっこう練習や研究が必要なんですが、また後日の研究発表にゆずることにします。
ともかく、事故はリスト漏れしてるところから起きるものです。
またリストに載ってる危険が原因の事故と、リスト漏れした危険が原因の事故を比べると、後者の方が重大事故になりやすいでしょう。
余さず危険を特定し、漏れのないリストを作るよう心がけましょう。これが予防の第一歩です。
このリストをもとに予防マニュアルを作るわけですが、その辺の詳細もまた後日。
残念ながら予防がうまくいかず、事故が起こってしまいました。ここからは「対処ステージ」です。自動車にたとえれば、いよいよ 自爆装置 エアバッグやシートベルトの出番です。
研究発表vol.10でもふれましたが、事故の瞬間から頭をパチンと「対処モード」に切り替えることが一番のポイント。予防モードのまま呆然としてたり、「誰の責任だッ!?」と処理モードにワープしちゃいけません。被害が拡大します。
この切り替えが下手なのが、日本人の弱点の典型だということは研究発表vol.10でふれましたから、ここでは繰り返しません。
今回は実践テクニック面から、対処ステージのポイントをいくつかあげてみましょう。
最初の二つは、後日の研究に譲ります。ここでは三つ目の「シンプルな指揮系統」をとりあげましょう。
まず次のリンク先をご覧ください。先日偶然発見したブログの中のコンテンツです。
ちなみに文中に「処理」という言葉がありますが、当研究所用語の「対処」に対応しますので、読み替えてください。
◎教育問題の解決方法を考える「事故対策は予防、状況把握、速やかな対応を - 高階玲治」
さてさて、執筆者の高階先生には大変失礼で恐縮なんですが、そこをあえて率直に申し上げますと、この一文に対処ステージに弱い日本人の特徴が見事にあらわれています。どの部分が問題か、分かりますか? 続きを読む前に、ちょっと考えてみてください。
正解は第二段落の中にあります。分かりました? まだお分かりでない? じゃ、順にみていきましょう。
最初の二つの文、「事故が起きたとき、 ~ 速やかな対応を第一とする」は、問題ありません。まことにごもっとも。
間違いは、次の文「教師一人で処理せず、直ちに管理職に連絡し、指示を仰ぐ」です。
一事が万事トップダウン式の日本社会では、危機管理の処理ステージでも、ついこういう風に考えてしまいがちですが、研究発表vol.9でふれた通り、危機管理のノウハウやメソッドは世界共通です。文化によって左右されちゃいけません。日本人の悪癖は捨てましょう。
第二文と第三文を続けて読んでみましょう。
そして人命にかかわることもあり、速やかな対応を第一とする。教師一人で処理せず、直ちに管理職に連絡し、指示を仰ぐ。
こうすれば第二文と第三文の矛盾がはっきりします。「速やかな対応」といいながら、舌の根も乾かぬうちに「指示を仰ぐ」と遠回りするのは、やっぱり変です。
しかもその上司とやらだって、危機管理訓練バッチリ対処能力バツグンとは限らないのが日本の厄介なところでして、下手に指示を仰げばますます対処が遅れてしまったりして......。
高階先生ご指摘のとおり、対処ステージではスピードが命です。対処が遅れれば遅れるほど、被害は拡大すると思ってください(予防ステージや処理ステージではスピードよりも正確さが大切ですから、上司の指示を仰いでもいっこうに構いません)。
危機管理のプロたるアウトドアガイドがこれを添削すると、こうなります。
そして人命にかかわることもあり、速やかな対応を第一とする。現場の教師の判断でただちに対処を開始する。
これぞ危機管理のグローバルスタンダード。
具体的には、学校で生徒が怪我をしたとき、そこにいあわせた新任の先生が「校長先生、どうしましょうか?」ってんじゃ失格です。
正解は、「校長先生、私はファーストエイドをしますから、速やかに救急車を呼んでください。その次に親御さんへの連絡もお願いします。他の生徒はB先生にお願いしてください」という指示であるべきなんです。
あるいは自信がなければ「校長先生、ファーストエイドしに来てください、私は救急車や親御さんへの連絡をします、B先生は他の生徒をお願いします」でも構いません。
もちろん一人ですべて対処可能と判断すれば、報告は後回しですべて一人で対処してしまっても構いませんし、どうしても自分では判断ができない場合は、判断可能な人(上司、管理職とは限らない!)の応援が必要でしょう。ともかく判断を放棄して、最初から現場にいない上司の判断を仰ごうとするのは、時間の無駄、ダメ危機管理です。
というわけで、「シンプルな指揮系統」の意味するところは、「事故現場に居合わせた人間が、最高指揮官であるべし」ということです。「上司に指示を仰ぐ」のではなく、「現場の人間の判断を尊重し、上司に対しても対処策を命令して実行させ権限を与える」ってのが正解です。
アウトドアガイドに置きかえると、もっと分かりやすいかもしれません。
とあるガイドが、ツアー中にVHFラジオ(あるいは携帯電話)でベースに連絡してます。
「マネージャー呼んでください。......(しばし待たされる)......。
え、いない? じゃ副マネージャーは?......(再び、しばし待たされる)......。
あ、副マネージャー、お客さんがスズメバチに刺されたんですよ。どうしましょう?
え、今の状況? ちょっと待ってくださいね......(今度は、しばし待たせる)......。
えっと、四カ所刺されてて、今は呼吸も脈も止まっちゃってるみたいっす。
どうしましょうか?」
コラ。どうしましょうかじゃありません。ブラックジョーク好きのイギリス人でもこりゃ笑えません。
お分かりですね。危機管理に関しては、日本もNZもアウトドア業界も学校もへったくれもありません。繰り返しますが、メソッドは世界共通です。学校でも会社でも同じことです。
研究発表vol.10で、頭をパチンと切り替えるためには訓練が大切だと書きましたが、要するにこういうことです。
訓練さえしておけば、新任の先生が現場で判断して校長先生に指示を出すことも可能です。逆に訓練が足りなきゃ、指示を求められた校長先生が頭を抱えてフリーズするだけかもしれません。
「シンプルな指揮系統」=「現場の人間が最高指揮官、現場の判断を尊重」を心にとめて、訓練を繰り返しておきましょう。
「現場の平に判断させて、責任問題になったらどうするんだ?」
ってな声が聞こえそうですね、ジャパンあたりから。
ご心配無用、今はあくまでも対処ステージです。責任問題はここでは関係ありません。とにかく事態の迅速な沈静化だけに神経を注ぎ、一番速くて効果的だと思われる方法を選びましょう。
責任問題は次の「処理ステージ」でやるべきことです。
そもそも責任逃れのために判断を放棄し、上司に相談して対処を遅らせる方が、よかれと思って迅速に判断・行動した結果の過失・失敗よりも、よほど罪が重いと思います。
そういうコンセンサスを日本に作り上げてグローバルスタンダードに近づけていくことも、課題の一つかもしれません。アウトドアガイドがそういう動きの先鞭をつけなくて、他に誰がやるんですか? いや、別に教育界がやってくださっても構わないんですけどね、いちおうガイディング研究所ですからガイド業界を応援しておくことにします(笑)
現場でツアーを担当するアウトドアガイドにとっては、上記二つのステージ、「予防」と「対処」が主な仕事になります。
でもそこで終わってしまったんじゃ困ります。ヒヤリハットや事故の体験は、将来の事故防止に活かさなきゃダメですよね。
あるいは事故によっては補償賠償、場合によっては民事訴訟、刑事訴訟などのややこしい問題も出てくるかもしれません。
というわけで、三つ目のステージ「処理」も忘れちゃいけません。
先ほどちょっと書きましたが、処理には二つの側面があります。一つは類似事故の発生防止のためのフィードバック、そしてもう一つは責任、補償、裁判などです。
当研究所はガイディング研究所ですから、後者の社会的問題は棚上げし、前者の類似事故発生防止のための処理をとりあげることにします。
ここでやるべきことは、予防ステージや処理ステージに比べると、比較的シンプルで分かりやすいです。
分かりやすいっしょ?
でも研究発表vol.10でふれた通り、日本人には事故や失敗を隠そうとする心理が特に強く働く傾向が顕著なので、処理ステージがおろそかになりがちです。「失敗は成功の元」という言葉をよくかみしめて、しっかり処理ステージと向きあいましょう。
なんせインシデントレポートやヒヤリハットレポートは、できる限り広く公開するのが望ましいんです。より多くの人が、類似事故発生防止に役立てられる可能性が広がりますから。
恥ずかしいから公開はしないというなら、それでも構いません。でも内部では、キチンとこの三つのプロセスは踏みましょう。少なくとも身内の類似事故発生防止にはなりますから。
ちなみに「予防」、「対処」、「処理」と書いているので、処理ステージは事故の対処ステージのあとに続くようなイメージを持たれるかもしれませんが、必ずしもそうじゃありません。幸いにも事故にはつながらなかったが(「予防」が功を奏したが)、危うく事故になりそうだった「ヒヤリハット」が起こった場合でも、処理ステージは必要です。この場合は「予防」→「処理」ですね。
やること自体は同じで、原因を究明し、ヒヤリハットレポートを作成し、危機管理マニュアルを見直します。
さて、次回は、前回の続き、カスタマーケアの問題点其の弐を取り上げようと思います。
というわけで、宿題は同じく「問題其の弐はどういうものでしょうか?」です。他のサービス業の常識が通用しないアウトドアツーリズム業界の二つ目の問題点を考えてみてください。
回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
ではまた!
英語のサイトですが、最近はサイト翻訳機能も発達してきてるので、まぁいいでしょう、ご紹介しちゃいます。
冒頭の雑談に出てきたNZの危機管理災害対策省(適切な訳かどうか知りませんよ)のウェブサイトです。
◎Ministry of Civil Defence & Emergency Management
Twitterにも対応してますね。もちろん僕もフォローしてます。
僕が今回受講した収容避難場所関連の項目はここです。
◎「Welfare provision in the CDEM environment」
これ以外にも、災害関連、危機管理関連の項目が非常に充実したサイトです。お暇なときにウロウロしてみると面白いと思います。特にアウトドアガイドの方は、ぜひ一度ご訪問を。
]]>文:リュウ・タカハシ
2010年4月23日
前回(研究発表vol.18)でお知らせしました通り、6月上旬に西表でプロガイド・ワークショップを開催することになりました。
窓口の西表島カヌークラブぱいしぃず様に、内容やスケジュールの詳細についてのお問い合わせが入ったとのことで、現段階で考えている予定を書き出してみました(予定内容一覧)。
その後、リクエストをいただいたり、書き忘れてた大事なことを思い出したりしましたので、ここに改訂版をアップすることにしました。
【レスキュー訓練】
◎セルフレスキュー
○セルフ排水法数種
○ジョン・ウェイン・リエントリー
○ミセス・ジョン・ウェイン・リエントリー
○スクランブル・リエントリー
○パドルフロートもやるか???
○リエントリー&ロール(水中でスカート)
◎バディレスキュー - あらゆるバリエーションを試してみる
○通常リエントリー
○英国式リエントリー
○木登り式リエントリー
○Tレスキュー排水法
○ログロール排水法
○シングルからシングル
○シングルからダブル
○ダブルからダブル
○ダブルからシングル
○シットオンも必要か???
○向かい合ったポジション
○同じ向きのポジション
○スクープレスキュー(下半身不随)
○アブミ
○階段式リエントリ
○クレオパトラズ・ニードル
○オールインレスキュー(ガイドも含めて全員沈脱からのレスキュー)
【トウイング】
◎座学
○トウイングの危険性
○カスタマーケア上のトウイングのデメリット
○トウラインシステム - 最低条件、二種類の使い分けなど
○トウイングをやるために必要な最低テクニック、最低装備
◎実技
○実際に引っ張ってみる
○引っ張られているお客様が沈
○引っ張っているガイドが沈
○両方が沈
○岩場での沈を、トウイングを絡めてレスキュー
○水中でトウラインを切断してからロール
【座学 - 危機管理】
◎危機管理理論
○危機管理の三つのステージの解説
○危機管理マニュアルの作り方 - 予防マニュアルと対処マニュアルの明確な違いについて
○人間の盲点、弱点について
○シミュレーション訓練
○事故の分析
○処理ステージ - ヒヤリハット&インシデントレポート、OSHなど
◎西表のレスキューインフラについて
○ファーストエイドの重要性
○業者同士の互助の重要性
◎危機管理とカスタマーケアのバランスについて討論
○ 無理を言うお客様、カヤックツアーの後のスケジュールが詰まっているお客様etc
◎危機管理と経営(儲け)のバランスについて討論
◎ブッキング時の危機管理
◎ガイドが複数いるアウトフィッターの場合、ツアー催行の最終決定権者は?
【座学 - ガイド哲学】
◎ガイドとインストラクターの差異
◎ガイドと冒険家の差異
◎ガイドとアマチュア(ツアーリーダー)との差異
◎ツーリズムガイドとエクスペディションガイド(アドヴェンチャーガイド)との差異
◎ガイドの責任 - ツアー遂行上の責任、社会的責任
◎西表島のプロの可能性について - 世界をリードするガイディングのメッカになりうるポテンシャル
【座学 - カスタマーケア】
◎一般のサービス業と、アウトドアツーリズムの違いについて
○「かゆいところに手が届くサービス」と「甘やかし」の関係
○ 身体障害者は、「手取り足取り」ケアをしなくてはならないか?
◎サイレントニーズ
◎一万円の値打ち - 一万円あったら、何ができるか?
◎インフォームドコンセントと免責同意書
◎苦情処理
【座学 - グループマネジメント&タイムマネジメント】
◎グループマネジメント
○カスタマーケアとのバランス
○インタープリテーションの応用
○スプリット=プレインシデント
◎タイムマネジメント
○ツーリズムのグローバルスタンダードについて
とりあえずザッとこんな感じのことを考えています。
ちなみに過去にやったものの、今回はオミットしようとおもっている項目は、以下のようなものです。
◎模擬ツアー
(実際に、素人のお客様を何人かお願いして、ツアーを催行、他の参加者はぞろぞろと着いていき、後から討論)
◎マーケティング
◎ロープワーク
◎調理実習
◎NZ方式のガイドツアーの紹介
◎セーリングのノウハウ
◎サーフランディング
◎パドリングスキル
◎エスキモーロール講習
なかなか盛りだくさんです。ホントに三日間でできるんでしょうか? きっと無理ですね。いくつかは削ることになりそうです。
当連載「ガイドの一般教養」ですでにカバーした項目もいくつかあるのに気づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。ということは、まだカバーされてない項目も、そのうちここで取り上げる可能性がある、ということです。お楽しみに。
ちょっと面白い記事を見つけました。
◎【エンタがビタミン♪】タモリ意外すぎる告白。「お笑いは人見知りじゃないと無理」。
時間がたつと削除されたりURLが変更になるかもしれませんから、軽く要約しておきますと、「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」のゲスト北川景子さんが人見知りだというと、タモリ氏が「実は自分も人見知りだが、お笑いは人見知りじゃないと空気がよめないからやっていけない」とアドバイスした、という記事です。
タモリ氏が人見知りなのって、意外ですか? 一目瞭然だと思うんですけどねぇ。
ま、それはともかく、タモリ氏の指摘はガイドにもそのまんま当てはまります。特にNZには人見知りをお母さんのお腹の中に置き忘れてきたような人がよくいますが、こういうタイプはvol.17でお届けした「アイスブレイク」は大の得意です。でも常に相手の顔色をうかがうことの必要なカスタマーケアが、彼らの得意技かどうかは分かりませんよ。
つまり人見知りはアイスブレイクには苦労しますが、そこを突破すればカスタマーケアで本領が発揮できるはずなんです。シャイな日本人には朗報ですね。
ちなみに余談ですが、僕はタモリ氏と誕生日が同じです......。
さて、そんなわけで今回はカスタマーケアのお話です。vol.8で研究した通り、アウトドアガイドにとっては「サービス」と「ホスピタリティ」を厳密に区別する必要は特にありませんから、ここでは主に「カスタマーケア」という言葉で話をすすめていくことにします。
日本でもホスピタリティという言葉が数年前から流行し、あちこちでセミナー、ワークショップ、講習、講演などが開かれてますし、本屋さんにもこの手の本はたくさん並んでます。わざわざ出かけなくても、インターネット上にだってごろごろと情報が転がっていますね。
ですからここでわざわざ細かいノウハウの数々をご披露することもなさそうです。ってなわけで、今回はこれでおしまい、チャンチャン。
......。
そうは問屋がおろしませんね。編集長の青筋が目に見えるようです。ハイ、ちゃんとやりますから、落ちついて落ちついて>森田さん
確かにアウトドアツーリズムにも、上記のような情報は大いに役に立ちます。
ところがアウトドアツーリズムには、他のサービス業と違ったちょっとややこしい問題があるんです。今回と次回に分けて、二つの問題をまな板にのせてみることにしましょう。
たとえば高級ホテルにしても、高級レストランにしても、カスタマーケアの基本は「かゆいところに手が届く」じゃないかと思います。要求されたことを子細漏らさず迅速に処理するのはもちろん、お客様の要望を先読みして、先回りのカスタマーケアをしてしまう。これですな。
もちろんアウトドアツーリズム業界でも、基本はまったく同じです。
とはいえ、アウトドアツーリズムの場合、ホテルやレストランとまったく同じようなカスタマーケアをしていればそれで良いかというと、これが必ずしもそうとはいえないのがややこしいところです。なぜでしょう?
答えを書く前に、ちょっと考えてみましょう。「アウトドア」という遊びの本質、神髄ってなんでしょう?
色んな答えがあると思いますが、よく目にするのが「自然とのふれあい」。アウトドアアウトフィッターにも、この手のキャッチコピーを使ってるとこたくさんありますね。
「非日常体験」ってのもポピュラーな答えかもしれません。これがエスカレートすると「極限体験」を求める冒険家になるんでしょうね。そういえば冒険家って、都市部出身者が多いってのも、なんかうなずけるような気がします。
もう一つ忘れちゃいけない答えがあります。「不便さを楽しむ」、これですよ、奥さん!
オートキャンプが流行った頃には、不便さを楽しむ気なんぞサラサラない無粋な連中がカラオケ持参でキャンプ場に大量流入し、本物のアウトドアズマンたちから大ヒンシュクをかっていたそうですが、ブームが去った今は、不便さをちゃんと楽しむ余裕をお持ちの方たちばかりだと思います。
そう、アウトドアの神髄は、不便さを楽しむことなり。アウトドアガイドが心にとめておかなくてはいけないのは、これです。
「自然とのふれあい」や「非日常体験」を標榜するガイドはよくいるようですが、そういうのは宣伝文句としては有効ながら、カスタマーケアの理念としてはちょいと力不足、ってのが当研究所の見解です。
カスタマーケアの屋台骨としていつも意識しておかなくてはいけないのは、むしろ「不便さの楽しみ」です。
もう話が見えてきましたよね? そうなんです、ホテルやレストランが提供する「かゆいところに手が届きまくり」のカスタマーケアをそのまんまアウトドアツアーで真似したら、アウトドアの神髄をスポイルしてしまう可能性がある、ということなんですよ! なんたる矛盾! これは困った......。
つまりアウトドアガイドは、「きちんと不便を楽しませてあげる」ということを念頭に置いて、カスタマーケアをしなきゃいけない、というわけです。ここ、試験に出ますんで、赤線引っ張っておくように。
たとえばシーカヤックツアーの場合、ガイドが抱きかかえるようにしてお客様をカヤックに乗せたりおろしたり、上陸してもお客様には荷物を運ばせないでガイドがセッセと何往復もして調理道具や食材を運び、タープの設営も全部ガイドが一人でやり、もちろん調理もガイド任せ、お客様は上げ膳据え膳どころか、箸の上げ下ろしまでガイドが手伝いかねない勢い、お客様がカメラを手にしたのを目にすると走っていって「写真撮りますよぉ」と取り上げてしまうなんてのが「アウトドアの神髄をスポイルするガイディング」かもしれません。
まぁ新人ガイドって、だいたい皆こんなもんですけどね。
白状しますと、かくいう僕も新人の頃は意気込みが空回りしちゃって、こんな風にやたらむやみに走り回ってました。
でもある日ハタと気づいちゃったわけです。
「こんな風に箸の上げ下げまで手伝うようなカスタマーケアしてたんじゃ、お客様は『アウトドアをやった』ことにならないんじゃないの???」
確かに高級ホテルもビックリのカスタマーケアを受ければ、お客様は喜びます。アウトドアツアーでそこまでやってもらえると意外性もありますから、なおさらです。
でも「お客様から達成感を奪」ってしまったんじゃ、元も子もありません。達成感がないとね、すぐに印象が薄れちゃうんですよ。逆に達成感が大きかったら、いつまでも鮮明な思い出として残る可能性が高いですね。不便があってこその達成感です。
分かりやすい例が、トウイングです。
トウイングっていうのは、ガイドがお客様のカヤックに綱つけて引っ張って行っちゃうことです。レスキュー技術の一つですね。
新人ガイドは、お客様が疲れを見せたら即「引っ張ってあげましょう!」ってトウイングしちゃう傾向がありますが、これ、大間違いです。
ガイドは親切心でやってるんですが、引っ張られる当のお客様の身になってみてください。他のお客様は自力で漕いでるのに、自分だけ遅れて皆に迷惑をかけたあげくに、一人だけ引っ張られてる。こりゃあまり気分の良いもんじゃありません。そう、達成感を奪ってしまうんです。ここまで考えないと、本当のカスタマーケアじゃありませんね。
料理だってそう。お客様の手をわずらわせないのが正解とは限りません。お客様に手伝ってもらってワイワイガヤガヤ料理した方が、満足度が高くなることだって珍しくありません。こんなの、ホテルには逆立ちしても真似のできないカスタマーケアですよね。
こういういことに気づいたとき、僕の本当のカスタマーケア修行が始まったわけです。
ちなみにホテルやレストランで「当店では不便さを楽しんでいただきます」なんて宣伝してるとこがあったら、一度のぞいてみたいので、ぜひ教えてください(怖いものみたさ)。ラーメンをフォークとナイフで食わされたりしたら、研究員リュウは暴れてしまうかもしれません。
次回は今回の続きで、問題其の弐をとりあげようと思っています。
が、ひょっとしたら危機管理の核心部、理論編に入っていくかもしれません。う~ん、どっちにしようかな。
とりあえず宿題は両方出してしまおう(笑)
カスタマーケア編の宿題は、ずばり「問題其の弐はどういうものでしょうか?」です。他のサービス業の常識が通用しないアウトドアツーリズム業界の問題点その2を考えてみてください。
危機管理編の宿題は、「危機管理の三つのステージは何でしょう?」です。これは簡単ですね、過去の研究発表の中に出てきてます。答えられない方は、ちゃんと復習しておいてください。
回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!
今日のオマケは、思いっきり本文と関連したことです。
いろいろとえっらそうなこと書いてきましたが、不便を楽しませるカスタマーケア、あるいは自然やアクティビティの魅力をひきだすカスタマーケアってのは、ホントに難しいです。僕自身も「上手くいった」と思えるツアーは、数えるほどしかありません。日々修行、日々勉強です。
そんな中、手前味噌で恐縮ですが、かろうじて上手くいった例を過去ログの中に発見しましたので、ちょっとご紹介しておきます。
◎Ryu's Logbook 2004年10月14日「トウイングについて(前編)。」
ものすごい長文ですが、先ほどあげた「トウイングをあえてやらないことによって、お客様に達成感を味わっていただく」というテーマでガイディングした例が、だいたい真ん中あたりに出てきます。
文中にも書いてありますが、そのツアー自体の記録はこちら。
◎Ryu's Logbook 2004年9月2日「尻拭いの日?」
ご参考になれば幸いです。
っつーか、いつもこんな風にうまくいくといいんですけどねぇ......。