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ガイドの一般教養講座 研究発表vol.27:危機管理「対処」の実例 - ディズニーランドと学校

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文:リュウ・タカハシ
イラスト:Ryoko
2011年5月30日



■ 天候やたら不順な晩秋 ■

 こんにちは、ガイディング研究所へようこそ。研究員のリュウです。

 2ヶ月も早く冬が来たかと思うような4月末の急な冷え込みに続いて、5月初旬は警報が出るほどの大雨続き。ところが翌週から二週間ほどは汗ばむ陽気続きで庭の梅が狂い咲き。かと思えば先週はまたもや大雨でこの近くでもかなりの洪水被害が出ました。その前線が通り過ぎたとたんにまたポカポカ陽気。何なんですか、これは???
 ニュースでは噴火、地震、竜巻などの被害が世界各地から伝えられてきてます。なんともいやな感じですねぇ。皆さんもくれぐれもお気をつけてください。



■ 当講座のメソッドと、ディズニーランドの実践 ■

 すっかりおなじみのパターンになりましたが、前回の予告を裏切って内容を変更します、スミマセン。
 「予防ステージ」を解説してきた危機管理講座ですが、今回から「対処ステージ」に入ります。「予防ステージ」とか「対処ステージ」とかって何だっけ?って方は、研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」を読み返してみてください。

 先日、面白い記事を見つけました。日経ビジネスオンラインなので無料登録が必要ですが、一読の価値ありです。

 ◎日経ビジネスオンライン「3.11もブレなかった東京ディズニーランドの優先順位」



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 確か当講座でディズニーランド(以下TDR)にふれるのは初めてですが、実はプロガイド・ワークショップなどでは、ひんぱんに話題にしてきました。
 上記記事にもありますが、TDRスタッフの行動基準はまず「安全」を最重要視し、続いて「礼儀正しさ」、「ショー」、「効率」と続きます。一般的な企業理念とは順番が丸っきり逆になっているのが面白いところですね。
 当研究所が注目してきた理由の一つもこれなんですが、今回の震災でこのSCSEと呼ばれる基準が単なるお題目ではなく、実際にスタッフにきちんと浸透していたことが分かって、改めて感動しました。オリエンタルランド社のスタッフ教育の場には、ぜひとも一度お邪魔してみたいものです。

 ま、それはさておき。
 我田引水手前味噌ながら、TDRスタッフがとったような行動原理は、当講座ですでに何度もカバーしてます。実例があると理解が深まりますので、照らし合わせて復習してみることにしましょう。



■ パニックを起こさなかった ■

 まず「パニック」という言葉について前置きが必要ですね。同じく日経ビジネスオンラインから、別の記事を引用します。

 ◎日経ビジネスオンライン「パニック回避の代わりに彼らが失ったもの」

 この記事での「パニック」の用法はおなじみですね。でも当研究所は、少し違うニュアンスでこの言葉を使います。

 まずこの記事のような、遠隔地で情報を得てこれから被害にあう可能性をおそれて起こすヒステリックな行動は、ここではパニックには含めません。災害や事故に直面して、本当に危ない目にあっている人が起こす症状に限定します。
 なぜならアウトドアツアーの現場で問題になるのは、後者のような「直面してるケース」だからです。

 また通常は、ヒステリックな行動をともなうものをパニックと呼び、静かにしていればパニックとはいいませんが、ここでは石像のようにかたまってしまう症状(正常性バイアス)なども静的パニックとして扱います。
 たとえばウィキペディア「パニック」には、「過去の大規模な航空機事故発生時には、逃げ場のない機内で乗客は強いストレスに晒されながらも、一定の理性を保っていたという報告がなされている」とありますが、これも当講座の用法だと、たとえば「動的パニックは起こらなかったものの、ほとんどの人が正常性バイアスによる静的パニック状態だった」ってな書き方になります。
 アウトドアツアー中に非常事態になったら、厄介さはという意味では静的パニックも動的パニックもガイドにとって大差がありませんし、静的パニックの方が圧倒的に多いからです。

 ちなみに引用記事のような、被災地からある程度離れた場所で、駅に殺到して改札を突破する行動は、当研究所だったら「集団ヒステリー」と呼びます。

 さてさて。
 研究発表vol.10:危機管理「日本人の弱点?」の「何が日本人の危機管理の弱点か? 其の参」でふれたように、1万人のスタッフがいれば、8千人が静的パニックで凍りついたり場違いな通常業務を続けようとし、1千人が動的パニックでヒステリックに叫び走り回る、ってな事態が予測できます。
 ところが実際のTDRでは、高校生や大学生のアルバイトでさえ冷静に対処行動をとったようです。何がポイントでしょう?

 答えは同じく研究発表vol.10に書いてありますね。そうです、訓練です。

 TDRの防災訓練は年180回を数えるとのこと。各スタッフが年に何回訓練を受けるのかは分かりませんが、おそらく相当な回数なのでしょう。ひんぱんに訓練をくりかえすことの有効性は、かくして見事に証明されました。ぜひとも見習いましょう。

 ちなみに今までは訓練そのものについては、今までは具体的に何もふれてきませんでしたが、次回は効果的な訓練、効果が期待できない訓練についてキチンとご説明しますので、乞うご期待。



■ 独自の判断で商品を配布した ■

 上司の許可を求めず独自判断でぬいぐるみやお菓子を配ったTDRスタッフ、それを良しとするオリエンタルランド社に対し、ネット上では驚嘆賛嘆の声があがってました。
 まさか一緒になって感心してたアウトドアガイドはいないでしょうね? 独自判断で個々にスピーディに動くのは、「対処モード」の基本中の基本ですから、ガイドが感心してちゃダメですよ、ホント。

 これは研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」 の「第二ステージ:対処」の項で、「シンプルな指揮系統」としてとりあげましたね。
 ではここでクイズです。「現場が判断し、現場が指揮官になって動く」のは、なんのためでしょう?

 簡単ですね、もちろん「スピード」を重視するためです。有事初期の対処行動はスピードが命です。いちいち上司に確認とってたら、被害が拡大します。大事なポイントなので、赤線ひいておいてください。

 でも言うは易く行うは難し。
 TDRのように実際に現場が機能するように運用するためには、ポイントが二つあると思います。じゃ、これが次のクイズ、この二つが分かりますか?

 一つ目は簡単ですね、もちろん「訓練」です。アルバイトはおろか、正社員や管理職だって、訓練なしでいきなり独自判断で動けっつっていわれても、無理に決まってます。訓練の詳細は、やっぱり次回のお楽しみ。

 二つ目はなんでしょう? 正解は「有事には個々のスタッフの判断を尊重する」ことを、組織のコンセンサスとして明確にすること。
 この二つがセットになっていないと、うまく機能しません。はい、これも赤線。

 これは研究発表vol.9:危機管理の話に入る前にの「ツタの正体其の弐」と関連してます。日本は叱る文化なので、つい萎縮しがちだという話、覚えてますよね?
 一刻の猶予もない有事でも、上司の判断を仰いで責任回避しようとする心理って、叱る文化の悪影響です。こいつはなかなか厄介で、他にも何かと危機管理の足かせ、妨げになりがちです。
 ですから組織ぐるみで「有事の現場の判断を尊重する」ことをきちんと確認しましょう。組織が大きくなればなるほど、より大切になると思います。

 ちなみに別の文化をもつ他国の場合は、この限りじゃありません。たとえば褒める文化の代表としてここニュージーランドをあげると、組織が特に明言しなくたって、現場のスタッフは独自判断で勝手に商材を使うに決まってます。ですからTDRスタッフの行動も、ニュージーランドではニュースバリューはありません。
 つまり日本社会で生まれ育った人は、残念ながらこの点では大きなハンデを背負っているんです。しっかり理解しておきましょう。



■ 「夢の王国」の舞台裏をみせる決断 ■

 従業員通路を顧客に開放して避難したことも記事になっていますが、SCSEを公言する同社にとっては、「夢」と天秤にかけて「安全」をとるのって、大した決断じゃなかったと思います。大げさに賞賛してるのは、拝金主義に骨の髄まで毒された企業人でしょう。

 アウトドアガイドにとっても、「ブランドイメージ」なんかより「顧客の安全」が大切なのは当たり前田のクラッカー(分からない人はスルーしましょう)で、天秤にかけるまでもありませんから、このエピソードはあまり重要ではありませんね。

 でも我が業界には、別の天秤の罠があります。さて、これがクイズ、この別の罠ってなんでしょう?

 回答は前回の研究発表vol.26:危機管理「予防」の流れ その2で「経済的なあせり」として軽くふれた、「懐具合」です。
 天候、景気、災害、政治、犯罪、疫病、流行など、ありとあらゆる現象がツーリズム業界に影響を及ぼします。かき入れ時なのに売り上げが芳しくないときは、ちょっと無理してもツアー催行したい誘惑にかられても不思議じゃありません。これが原因のアウトドア事故は、決して少なくありません。



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 さぁ天秤のどっちをとりますか?ここできちんと「安全」を優先できるかどうかで、実力のほどが問われます。ガイドの誇りにかけて、がんばって「安全」を優先しましょう。



■ 学校の例:O小学校 ■

 ここまではTDRの例でしたが、ここからは学校をとりあげましょう。ご承知の通り、明暗がかなりハッキリと分かれたようです。

 まず「暗」の例から。

 ◎ホスピタリティの場所「『「社会する』ことで、半数以上の子どもたちが死んだ:O小学校の津波被害」

 なんとも痛ましい話です。まずはご冥福をお祈りいたします。
 だからといって、そっとしておいても今後の防災には役立ちません。死者にムチ打つようで気分はよくないですが、彼らの尊い犠牲を無駄にしないためにも、がんばってとりあげてみましょう。

 研究発表vol.20:危機管理「三つのステージ」 などで何度もふれましたし、今回もすでに書きましたし、これからだって耳にタコ焼きができるほど強調していくつもりですが、いったん事故や災害がおこって「対処モード」に入ったら、とにかくスピードがポイントです。はい、僕の後について大きな声で復唱しましょう、「有事には、1にスピード、2にスピード、3、4もスピード、5もスピード」、元気な声がでましたか?

 パニックが困るのも、要するにスピードダウンになるからです。いちいち上司に確認なんかとってると手遅れになるぞという悪例として研究発表vol.20で取り上げたのが、奇しくも学校の先生のブログ(あれ、リンク先が消えてますね......)だったのも、何やら暗合めいていますが。
 ともかく、パニックも上司への確認も、スピードダウンという同じ結果に行き着きます。

 今回のケースはパニックでも上司への問い合わせでもないのですが、「スピード」を最重要視しなかった点で、やはり根っこは同じです。
 先生方が「スピード」のかわりに重要視したのは、点呼や整列、あるいは普段の訓練通りにきちんと避難すること、つまり「職務責任」だったようです。引用記事では「社会する」という言葉が使われていますが、僕が使う「責任」と同じ意味です。
 点呼して迷子を出さない、整列させ静粛に移動というのは、平時では当然の職務責任ですが、有事にはスピードを殺してしまいます。よかれと思っておやりになったことゆえに、ホントに痛ましいことこの上ありませんが......。

 危機管理の対処ステージ初期では、とりあえず「責任」のことは忘れて迅速なレスキュー行動に徹するべきだということは、研究発表vol.9:危機管理の話に入る前にでもお話しましたので、お忘れの方は再読してみてください。

 これらのケースに限らず、「責任」は「有事の対処行動」を制限することが多々あります。
 別の言い方をしましょう。「責任をまっとうする」とか「社会的に正しい行動」などは、必ずしも「有事の安全な避難行動」とイコールではありません。つまり有事には「無責任でも反社会的でもいいから、安全な行動」を選択すべきである、ということです。そしてその安全な行動には、スピードが要求されます。

 ここで要注意なのは、まじめな日本人の場合、正常性バイアスを起こすと、ついつい責任感を持って通常業務をのんびりと遂行してしまう可能性がある、という点です。
 O小学校の先生たちも、ひょっとしたら正常性バイアスを起こしてたのかもしれません......。つくづく効果的な訓練の重要性を思い知らされますね。



■ 学校の例:釜石市立小中学校 ■

 一方の「明」のニュースでは、岩手県釜石市の小中学校14校から、一人も被害者が出なかったという話が有名です。

 ◎Google「釜石 片田敏孝」

 群馬大学災害社会工学の片田敏孝教授は、「想定を信じるな」、「その状況下で最善の避難行動をとること」、「率先避難者たれ」と教えていたそうです。

 一つ目はパニック防止に効果がありそうです。
 二つ目はいうまでもなく現場での個々の判断の大切さを説いています。
 そして、三つ目はスピードの大切さを強調すると同時に、日本人に顕著な「多数派同調バイアス」を逆手にとって避難に利用しているところが巧みです。

 多数派同調バイアスってのは、要するに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のことですから、有事に正常性バイアスと組み合わさるとみんなで凍りついたり、みんなで普段通りに行動したりして、悪循環を生みます。
 でも逆に、誰かが率先して「避難の多数派同調バイアス」のきっかけを作れば、みんながどんどん避難するという理屈です。

 なるほどねぇ。効果のほどは、実際に小中学生がそれを証明してくれたとおりです。

 もちろん、O小学校と釜石市の学校とを比較して、「点呼したから被災した、片田教授が教えてたから全員助かった」と結論づけるのは、短絡的な結果論です。そうじゃありません。運だって大きく作用する災害の話ですから、逆の結果だって大いにあり得たわけです。理屈と結果は、分けて考えましょう。

 それでもやっぱり、助かる確率を少しでも上げるためには、対処ステージの初期行動に「スピード」が最も大切だということは、間違いありません。「責任感」とか「社会性」とか「整然」とかはさほど重要でないことは、改めて心にとめておく必要があります。



■ 今回のまとめ ■

  1. パニックを起こさず瞬時に「対処モード」に切り替わる脳ミソは、ひんぱんな訓練のたまものです。
  2. 対処モード初期には、現場での個々のスピーディな判断が決めてになります。
  3. 現場の判断を尊重するコンセンサスの明示は欠かせません。
  4. アウトドアツアー業界の場合、「安全」と「懐具合」を天秤にかけないように注意が必要です。
  5. 学校の場合、「スピード」と「統率責任」を天秤にかけないように注意が必要です。


■ 次回予告&宿題 ■

 今回はまず震災時の実例をとりあげましたが、「スピード」と「訓練」がキーワードだということが見えてきました。
 そこで次回は、「では、どういう訓練がいいのか?」を考えてみましょう。
 いい訓練と役に立たない訓練の違いを考えておいてください。これが次回までの宿題です。回答例を編集部までお寄せいただけると、泣いて喜びます。研究にご協力を!



■ オマケ ■

 最初の引用記事のコメント欄に、報道されなかったTDRのお粗末な対応として、以下のブログが紹介されています。

 ◎気まぐれ日報(HONDA乗りの憂鬱)「ずさんな対応・・・。 」

 TDRの肩を持つつもりじゃないんですが、これに関しても当研究所の正直な見解をのべておきます。

 どんな超一流ホテルでも、必ずクレームは出ます。すべての顧客の期待に完璧にこたえるのは、残念ながら不可能です。
 未曾有の災害時なら、なおさらです。地震後のTDRスタッフの対応に、7万人の来園者全員が満足していたら、かえって不気味です。

 そもそも考えてみてください、7万人のうち少なくとも5万人以上は正常性バイアスを起こしていたはずです。
 1987年11月18日ロンドン地下鉄キングズクロス駅火災事故の犠牲者は31名でした。その中には、正常性バイアスを起こして家に帰ることに固執し、制止をふりきって燃えさかる駅に降りていって亡くなった通勤客が何人も含まれているそうです。信じられないような話ですが、これが正常性バイアスの恐ろしいところです。
 TDR来園者の場合も、同様にむやみに帰りたがってた方が少なくなかったのではないでしょうか。

 また地震はあくまでも「予定外の災害」ですから、園内あらゆる場所で、同じサービスが受けられるはずはありません。これを指して公平性の犠牲という批判もありましたが、「対処ステージの初動段階」において、公平だの民主だの平等だの福祉だなどのタワゴトを気にしてるヒマなんかはないってことは、ここまで読んでくださった皆さんにはもうお分かりかと思います。

 「ゲストを大事にしたんじゃない、自社を大事にしたんだ」というコメントもありましたが、サービス業にとっては「顧客を大事にすること」と「自社を大事にすること」はイコールで、切り離せるもんじゃありませんから、そもそも意味が通ってません。

 不快な思いをされた多くの方々にはお気の毒としか言いようがないのですが、だからといって今回のTDRスタッフやオリエンタルランド社の対応がダメだったとは思いません。当研究所は総じて高く評価します。批判の多くは、被災による不快感をTDRに八つ当たりしているだけのように思えます(ま、お気持ちは分かりますが)。

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