カルチャー [書評]

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パーマカルチャー (ビル・モリソン/レニー・ミア・スレイ著 農文協刊)

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文・写真: 内田一成

 7月上旬、ビッグサイトで開かれた東京国際ブックフェアを訪ねた。

 長らく出版不況と言われ続けているが、確かに、ブックフェアの会場を見渡すと、全体の人手も少なく、モーターショーかと思うようなコンパニオンを配したり有名作家のトークショーなどでなんとか盛り上げようとする大手出版社のブースも対して関心を集めていない。

 そんな中、ただラインナップを平積みして並べているだけなのに、立錐の余地もないほど客を集めていたのが、社団法人・ 農山漁村文化協会、通称「農文協」のブースだった。

 農文協といえば、月刊誌『現代農業』を筆頭に、農業や食にまつわるテーマの出版物を長年手がけている専門出版社で、今までは相当に地味な印象があった。そんな農文協が大手総合出版社を尻目に賑わっている。

 妙な活気に引き込まれるようにしてブースに足を踏み込んで、並んだラインナップを見ると、いずれも今もっともホットなテーマである環境や食の安全、そしてサステイナブルなライフスタイルに絡んだもので、みんなが熱心に内容を吟味している。ぼくも、人垣をかいくぐって、片っ端から立ち読みしてみる。

 農文協の本といえば、体裁も内容も地味な印象があったが、そこに並んでいる本は垢抜けたデザインで、内容や文体も専門的な話を取り上げていながら、とてもこなれていて読みやすいものばかりだった。

 結局、今年のブックフェアの印象は、「農文協が時代の波に乗った」の一言に尽きた。ラインナップを見れば、もう、時代が環境志向になることを見込んで、農文協なりの展開を何年も前から図っていたのだろうから、こちらが農文協のセンスに今まで気づかなかったといったほうがいいかもしれない。

 さて、今回紹介する『パーマカルチャー』も、このとき手に取った本の一つだった。

 昔、図書館で借りて読んだ記憶はあるのだけれど、失礼ながら農文協から刊行されたものだとは思わなかった。ブースで平積みになっている懐かしい表紙を見つけて、はじめて気がついた。奥付を見ると初刷が1993年で2008年が17刷となっている。農文協が今、時流に乗ったように、この本も地味に命脈を保ちながら、近年、部数を伸ばしたものだろう。

 以前読んだときは、農業の現場を知らず、将来実現したい田舎暮らしの参考にといった意識だったため、斜め読みしただけで、内容があまり記憶に残っていなかったが、今回は、e4プロジェクトで有機農産物を扱ったり、有機農法に関わる人を取材して記事にしたりしていたこともあって、最初から、心に文章がしみこんできた。

 「パーマカルチャーという語そのものは、パーマネント(permanent)とアグリカルチャー(agriculture)をつづめたものであるが、同時にパーマネントとカルチャーの縮約形でもある。文化というものは永続可能な農業と倫理的な土地利用という基盤なしには長くは続きえないものだからである......

 パーマカルチャーの基盤をなすのは、自然のシステムの観察と、昔からの農業のやり方の中に含まれている智恵、そして現代の科学的・ 技術的知識である。それは生態学的モデルにもとづいたものではあるが、パーマカルチャーは「耕された」生態系(cultivated ecology)を作り出す。すなわち、通常自然の中で見られる以上に多くの、人や動物の食物を生産しうるシステムをデザイン、設計するのである......

 パーマカルチャーは、自然に流動している比較的無害なエネルギーを用い、豊富に得られる食物や天然資源を用いて、しかも絶えず地上の生物を破壊していくこともなしに、われわれがこの地球の上で生存していけるようにするシステムである......」

 e4プロジェクトでは、阿波有機と協同で、有機農法によって農地の健康が蘇り、ナベヅルが飛来するようになった田んぼから獲れた米や、良質で安全な肥料になるミミズ糞土の商品化を進めている。阿波有機がプロデュースする徳島と小松島の農家や農業法人を取材すると、ここで、まさにビル・モリソンがパーマカルチャーで唱えているコミュニティとしての永続的で循環的な農業が実践されていると実感できる。

 そんなバックボーンがあって本書をあらためて読むと、ビル・モリソンが40年近く前にすでに、今、 社会が求めている永続的で健康的な暮らしの具体像を描き、試行錯誤の後に、それを確立していたことに驚かされる。

 環境問題のキーワードとして、永続性=サステイナブルとともによく使われる「多様性」という言葉があるが、本書では、本来自然が備えている多様性を取り戻すことの重要性がわかりやすく説かれる。そして、自然界が多様性を生み出す原理を知り、これを利用することが、パーマカルチャーの本質であることが具体例の積み重ねから理解できてくる。

 阿波有機の取り組みを取材していても、単一作物を大量生産する近代農業よりも、多様な作物を有機で栽培する農業のほうが収量が多い上に、人の手がかからず、また農薬使用によるリスクもなく、 まさに良いことづくめであることが理解できる。

 ただし、それを実践するためには、土地の性質を見極め、常に大地と対話しつつ、迅速に対応していく必要がある。土壌検査キットを使って酸性度やミネラル含有量を分析し、作る作物に合わせた土壌にするために、有機肥料やミネラルを添加する。さらに、作物の生長や病害虫の発生に合わせて、土壌の性質を調整したり、天敵や微生物を利用して作物を守っていく。それは、非常に知的な作業で、農業は高度な科学であり、思想である。

 本書では、さらにグローバルな視点から、気候帯や気象条件に合わせたシステムの構築の仕方とその維持方法が解説される。

 環境問題を云々するとき、頭でっかちの都市生活者の発想では、「地球を守らなければ」 といった上からの目線で地球=大地を眺めているように思える。だが、モリソンは、幼い頃から地球=大地と向き合ってきた大地の生活者としての目線で、環境を保全することは、自分たちが健やかで豊かに暮らすことに繋がると、明快に解き明かしてくれる。

 具体的な生活の方法論の中に、含蓄のある言葉が散りばめられ、時には痛烈な文明批判、反権力の姿勢を表明する。

「......問題は、大規模事業における権力の集中だ。人々に『石油の節約』を呼びかけるのには、多額の金が費やされる。ところが一つのコミュニティ、あるいは小さな街に燃料の自給自足を可能にしてくれるような、あまり金のかからない燃料抽出植物は『不採用だ』 とくる。その意図は明らかだ。つまり、石油会社がアルコール燃料の支配権をにぎるまでは、石油や石油製品、つまり鉛と汚染にとどまることを当然のこととして求めているのだ......

 (現代の教育制度に浸透している)競争心の哲学を、自由な結びつきのなかで協力し合う考え方へ改めること、物質に頼った不安定さを慈愛に満ちた人間性に改めること、また個人意識を集団意識に、ガソリンをカロリー(自分の足であるくことなど)に、金を産物に改めること、そういうことが必要なのだ」

 こうした言説を40年以上前から唱えてきたビル・モリソンの先見に敬意を表すると同時に、破滅的な状況を迎えた今の今まで、それをリアルにとらえられなかったことに恥ずかしさを覚えなければならないだろう。

 そして、改めて、パーマカルチャーの思想とシステムを生かした社会の実現に向かっていかなければ、ぼくたちは、近い将来、死滅してしまうだろう。

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**パーマカルチャーにおける動物が受け持つ機能の図式。生態系の中での個々の生物の役割が、 随所で図式で説明されていて、とてもわかりやすい**

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**ニワトリの体温を利用した温室の保温システム。とにかく、徹底したエネルギーの高効率化がパーマカルチャーの一つの肝でもある**

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**ウサギ小屋の下に土壌改良の切り札であるミミズを置き、糞を自動的に良質の肥料に変換するシステム。ちょうどe4プロジェクトでミミズ糞土を取材し、さらにミミズ糞土の製品化を行っているところなので、ミミズの利用法をとても興味深く感じた**

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**人間が視覚的に「美しい」と感じる風景は、じつは自然界の中では整然としすぎていて不自然であり、安定を欠いている。カオスとまではいかないが、雑然とした中に健全な多様性が含まれている...... 物事の見方をもう一度見直してみる必要があるということを痛切に感じさせられる**

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