カルチャー [映画評]

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モーターサイクルダイアリーズ


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文:内田一成


 あれは27年前の夏。HONDAの250ccのオートバイに貧弱なキャリアを取り付け、キャンプ道具を満載して日本一周の旅に出た。

 当時はコンビニもなく、地方に行くとガソリンスタンドもまばらで、地平線の彼方まで続く砂利道を陽炎を追いかけながら走っていると、気持ちの良い反面、ガス欠の心配にいつも囚われていた。

 ガイドブックもなく、ただ大縮尺の大雑把な地図だけを頼りに、寂しそうな「辺境」と呼べそうな場所ばかりを探して、道を辿っていった。日が暮れて疲れたら、路傍で野宿し、洗濯物がたまってくるとキャンプ場やユースホステルに泊まって、汚れ物を洗った。

 文字通りの貧乏旅行で、地方の名産なんてほとんど口にできなかったけれど、最高に充実した時間を過ごしていた。まだまだ地方色の濃かった風景や個々の土地に刻まれた歴史をしっかりと心の中のアルバムに焼き付けた。様々な人たちと出会い、この世には、いろいろな生き方があることも知った。

 今でもオートバイには乗り続けているが、あの旅の感動以上のものをその後に味わったことはない。

 モーターサイクルダイアリーズは、チェ・ゲバラが若い時に友人のアルベルトと二人で、おんぼろのノートンに跨って南米を旅したときの記録だ。

 DVDで観て、原作を読んで、ぼくは自分自身の『モーターサイクルダイアリーズ』をありありと思い出し、ゲバラの体験と重ね合わせた。

 べつにオートバイでなくたっていい。若い頃の貧乏旅行は、大人になるための...... まともな社会人になるための通過儀礼として必須なものだと思う。

 金がなく、惨めで、自分がどこへ向かって行くのか、何をすればいいのか、皆目見当がつかず、焦りを感じながらも、自由だけはたっぷりあって、それに浸る日々。そんな漂泊の日々の中で、若者は何かを掴み、進むべき方向を模索する小さな一歩を踏み出していく。

 旅をしない若者は、いったい何をもって自分が向かうべき方向を見いだすのだろう?

 今年は"Che!!"二部作が公開され、前編ではキューバ革命へと突き進むCheが、後編では革命を南米全域へと広めようとして夢破れていく姿が描かれている。だが、"Che!!"二部作だけでは、ゲバラが革命へ邁進していく心の原動力が不明確だ。ゲバラの心の奥底と、彼が革命を広めなければならないと使命感に駆られた原因である荒んだ南米社会の様子は、『モーターサイクルダイアリーズ』のほうに、よりはっきりと描かれている。

 おんぼろノートンが途中で壊れ、ゲバラとアルベルトは、脱モーターサイクルのダイアリーズを刻み始める。モーターサイクルに乗っている間は、旅の序章にすぎない。それを捨てて、現地の人たちと同じ足並みで動き始めたときから本当の旅が始まり、南米が......世界が置かれた真の姿が見えてくる。

 映画は、老いたアルベルトがキューバの空をずっと見続けるシーンで終わる。遙か昔に逝ってしまった相棒を回想して、自分の人生もゲバラの人生も原動力は、あの旅にあったと噛みしめる。

 若い日の心に残る旅......それさえあれば、どんなことがあっても逞しく生きていける。そして、道を踏み外さずに進んでいける。

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